Episode 2-3 野盗とゲリラ

 日の出前には野盗の住処を包囲した。野盗の中には魔導士がいるという情報があり、その点だけが気掛かりであった。こちらの戦力は圧倒的であり、野盗を殲滅するのは容易なはずだが、不確定要素として魔導士の戦力は測りかねる。

 「隊長、準備できました」

 カタリーナはその言葉に頷いた。

 「速やかに夜襲を掛ける。接近戦で殲滅する。生け捕りにするのは魔導士だが、抵抗が激しいのなら殺せ」

 「はい」

 部下たちが返事をした。

 カタリーナは見張りの野盗の姿を捉えた。

 彼女の部下の一人が速やかに動き、仕留める。それを皮切りに、雪崩れ込むように野盗の住処に侵入した。

 夜襲に全く備えてなかったようだ。

 瞬く間に野盗の死体ばかりが増えていく。

 部下の一人が火を放ち、その炎を合図に反対側に潜んでいた部下たちも現れた。残った野盗はリーダー格と思しき男だけである。

 廃屋の中で拘束された男は跪いていた。

 「魔導士の類はいないのか?」

 カタリーナは詰問した。

 彼は何も答える気はないらしい。

 「もう一度、同じ質問をする」

 鞘から剣を抜き、切先を彼の喉元に向ける。

 どうやら沈黙を守るらしい。

 「なかなか立派だな。布袋をそいつの頭に」


 朝日が上り、空が明るくなった頃、黒のローブを纏まった魔導士が野盗の住処に現れた。辺りの異変にすぐに気付いたが、住処の中を歩き回っている。廃屋の中に、拘束した野盗を見つけて、声を掛けるが、その野盗は首を大きく横に振った。

 「罠か。所詮、野盗は役に立たないということか」

 ローブの中から短剣を取り出し、その野盗を突き刺した。

 それと同時に、カタリーナの部下が魔導士を囲む。

 「お前は何者だ?」

 魔導士に向かって、声を掛けた。彼は、おそらく男性であろう、短剣を身構えたまま、こちらに顔を向ける。

 ローブのフードを被っていて、表情ははっきりとは見えない。

 「ゲリラの一味か?」

 「誘き出すつもりだったのだろう?でも、こちらのほうが一枚上手だ」

 「何だと?」

 廃屋の外から、声が上がった。

 魔導士は一瞬の隙を付いて、こちらに襲い掛かって来た。短剣による素早い連続攻撃に防戦一方でカタリーナは受けた。必要以上に攻撃を繰り返さず、逃げ出して行った。

 カタリーナは追い掛けるが、魔導士たちに囲まれていることに気付いた。すでに負傷した部下もいるようだ。

 彼らは同時に詠唱を始め、印を結んだ。

 「全員退避」

 カタリーナは叫び、自らはその魔法攻撃を縫うように魔導士に斬り掛かった。周囲は炎の魔法により、炎上している場所もある。

 接近戦で斬り倒していくが、最初に相手になった魔導士以外は剣技が大したことはない。

 部下たちもそれぞれ持ち直し、反撃に出ている。事態はすぐに収束したが、先程の「一枚上手」と言った魔導士だけが逃亡したようだ。

 「負傷者の手当と安全確保だ。残党が潜んでいるかもしれん」

 冷静な彼女の指示だけがその場に響いた。


 カタリーナの部隊が駐屯キャンプの村に戻ると、「黒の牙」の騎士ハンスの部隊がキャンプ場所を占有していた。

 「あれ、早いお戻りだったね」

 「うん?これはどういうつもり?」

 「いやいや、怒らないで」

 「怒ってはいない」

 「まだ、しばらく野盗狩りかなって思って」

 カタリーナは睨む。ハンスは慌てて自分の部隊に移動を命じた。

 「あれ、誤解のないように言っておくけど、団長の指示で、応援として派遣されたんだよ」

 「ただの野盗狩りに?」

 「ゲリラの話は聞いているだろ?」

 カタリーナは頷いた。

 「君が出発してから、いくつか野盗の動きを聞き付けてね」

 「アルド侵攻の隙を狙ってか?」

 「否、アルド侵攻に俺たち全員を向かわせないようにする為かも」

 「クライナ王国とゲリラが手を結んでいるということか」

 「さぁ、推測でしかないが」

 ハンスは頭を掻く。

 この二つの部隊が野盗狩りに振り回されることによって、ロージア教国のアルドへの軍事侵攻が延期になるようなことはなかった。クライナ王国騎士団とロージア教国内のゲリラ組織の共闘のように当初は思われていたが、共闘にしては陽動の規模が小さく、結果としてアルド陥落は速やかに実行された。同時にクライナ王国騎士団は壊滅し、その戦いで王国騎士団長ルーベンスは消息不明になった。ゲリラ組織のリーダーがシリウスという男であり、彼が「黒の牙」の騎士プロキオンの兄であるという事実をカタリーナが知るのは少し後の話である。

 そして、「黒の牙」がロージア教国教皇直属の騎士団であるという特権を利用して、クライナ王国を従属化させ、「黒の牙」が実質支配する。

 アルド陥落が決定的となった時、カタリーナはバラック城内でその知らせを受けた。王都侵攻をするのかどうか気にはなるが、それ自体は容易くとも、反乱分子の鎮圧には手間取りそうである。

 野盗を斬るのに躊躇いはないが、敵国の騎士を殲滅するのは治安維持の意味でも、心情的にも、カタリーナは抵抗を感じる。

 ただ、抵抗を感じるからと言って、斬れないわけではない。

 斬らなければ、自分の部下が斬られるのだから。

 そして、いずれは自分も。

 

 

 

 

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アンチファンタジィ「黒と白 Black and White」 神楽健治 @kenji_van_kagura

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