Episode 2-2 黒の牙
カタリーナは中央廊下を進み、中庭を迂回して、軍議の間に向かっていた。「黒の牙」のコマンド級騎士はそれぞれに下級騎士を部下として集団を形成し、軍務に当たることが多い。軍事作戦によっては、複数人のコマンド級騎士で合同で実務に当たることもある。その作戦指示が為されるのが軍議の間であり、その実権を握っているのが「黒の牙」団長のフォルクスである。
「早速で悪いんだが、南の村で野盗どもが暴れているらしく、そいらを討伐して欲しい。自警団を組織させていたが、死傷者が出たようでね」
「分かりました」
カタリーナは短く返答した。
「すまない。こんな任務が多くなって」
フォルクスは頭を下げた。
「治安維持の任務は、そなた以外に適任者がいない。野党狩りだけなら、荒くれ者でも構わないのだが、狩った後が大切だからね」
「任務に対して全力を尽くすのみです」
カタリーナは敬礼する。
「ありがとう。少し先の話になるが、アルド陥落の暁には、我々もアルドに前線基地を構えようと思う。その時には同行してもらうよ」
「はっ、仰せのままに」
一礼をして、部屋を出る。団長との謁見はいつも緊張してしまう。軍務の遂行に関しては厳格で残酷な部分もあるが、普段は比較的、穏やかな振る舞いで、団員に対しても丁重に接していた。個性的な団員をまとめるリーダーとしては、貴族にありがちな高圧的な姿勢では人を動かせないと理解しているのだろう。
彼女が出て行った扉とは別の扉から、男が入って来た。
「団長、カタリーナだけで大丈夫ですか?」
「オルドア、うん?不安か、彼女では」
オルドアと呼ばれた男は首を横に振った。
「彼女の腕は、私も充分に承知しております。ただゲリラ活動も頻発しているので、戦力損失の懸念があります」
「確かにな。ゲリラも女性騎士なら油断して攻めてくるかもしれんな」
「団長、まさか、彼女を囮に」
「実際に野盗が暴れているらしいという報告は受けている。そいつらを討伐してもらうだけで充分なのだが、ゲリラの動向も気になるからな」
「別働隊を?」
「ハンスに任せてある。カトリーナとは気が合いそうだからな」
「プロキオンが不満を抱きそうですな」
「あやつにはユーレシア帝国への警戒任務を割り振ってあるからな、くれぐれも余計な情報を入れるなよ」
「御意」
「ところで、オルデアよ」
「はい」
「教皇陛下は本気でクライナ王国を攻め滅ぼすつもりだと思うか?」
「いえ、我が国の人材状況では、攻め滅ぼしたとて、その後の統治がままならないでしょう。従属させるのが賢明かと」
「とは言え、従属させるには、それなりの打撃を与えねばならないか」
「王国貴族どもは自分たちの事しか考えてはいないようです。厄介なのは王国騎士団かと。すでに探らせておりますが、そこさえ叩けば、円滑に事は進むかと」
「前線には慎重に動くように伝えておいてくれ。真っ向勝負で兵力を損なうのは愚策だ」
「仰せのままに」
オルドアが部屋を出て行った後も、フォルクスはしばらく席に着いたままだった。王国貴族どもと同様に、ロージア教国の貴族どもも同類である。遅かれ早かれ、粛清されなければならない。その為には、もっと力が必要である。
バラック城から南東に二時間ほど馬を走らせた村落では、野盗に襲われたと嘆いている村民がカタリーナに状況を説明した。
この辺りの農耕地は肥沃であり、幾度も野盗の被害に苦しめられていたが、自警団創設によって、野盗被害も減少していたと言う。
「それなのに、どうして?」
村民の一人が答えた。
「野盗の中に魔法を使えるものがいて、明らかに今までとは戦い方が違って」
「なるほどな。魔法か。この辺りの村には、魔法適正が高い者がいるのか?そういった者が潜んでいるのか?」
村民たちは口籠る。
「正直に申せ。罪には問わぬ」
過去に魔法適正者は一斉に連行されたことがある。その能力をロージア教国の戦力にしようという教皇庁の意図によるものだ。
「実はほとんど者が連行されたのですが、一部、近くの村に隠れ住んでいるという話で。日常的に魔法を使う者などはおりません。少なくとも私は会ったことがありませんし、おそらく気付かないでしょう」
「そうか、よく分かった。この村を我々の駐屯地として使用しても構わぬか?」
「もちろんでございます」
おそらく一番年長の村長が恭しく言った。
カタリーナは部下に指示を出し、軍営キャンプを設営。村の周りの巡回に数名派遣し、それ以外の者には最低限の業務を与え、順番に休憩を与える。
村の助力により、水や食糧の心配はないが、軍務中は節制を徹底していた。その程度の意志を持たぬ者など、自分の部下に必要ないというのがカタリーナの考えであり、それは徹底されている。
「隊長、この辺りの地図によると、野盗の潜伏先はこの近くかと」
即席のテーブルに地図が広げられている。
「偵察を派遣しろ。状況次第だが、夜襲ではなく、早朝に奇襲する」
「はい」
地理的に不利な状況での夜襲は得策ではない。とは言え、真昼間に堂々と討伐に出るも悪くないが、野盗が一箇所に集まっているわけではないだろうから、残党狩りが面倒になる恐れがある。
カタリーナが空を見上げると、宵闇に包まれていた。まだ月が見えぬのは、向こうの空に雲が掛かっているからだろう。
月夜ならば、夜襲も良策かもしれない、と彼女は思った。
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