Episode 2-1 バラック城下街

 ロージア教国の西側にあるバラック城が教皇直属の騎士団「黒の牙」の居城である。西の大国ユーレシア帝国と南西にあるクライナ王国の動向を監視、警戒する地理的な要衝として機能していた。

 バラック城下街は交易都市として地理的優位を活かし栄えていた。「黒の牙」の統治により治安が維持されていることで、人口も安定し、商業都市としてもロージア教国内で二、三番目の規模である。

 秩序が維持されるということは、ある意味で、自由が奪われている状態と感じる者も街にはいる。ロージア教国では明確な身分制度が設けらけられていて、貴族、市民、そして奴隷と分類される。貴族は特権階級であり、血統重視な面もあるが、実力で伸し上がることも一応可能である。市民は政治に参加することはできないが、ある程度の自由があり、秩序を犯さなければ、平穏に暮らすことはできる。奴隷は最下層の身分で、家畜と変わらぬ扱いを受けることになり、それが合法とされている。

 綺麗事では国民を統治することなど不可能である。西側のユーレシア帝国は人間の自由を理想と掲げ、身分制度廃止を強行したが、現状、帝国内部で権力闘争が起き、国政は腐敗していた。

 それを思えば、ロージア教国のこの体制も悪くない。現に、バラック城下街では貧民地区を除けば、平穏である。

 カタリーナは市街を警らして、不審者を拘束するのが仕事の一つであった。「黒の牙」に所属しているコマンド級の騎士なので、警らなどは部下に任せれば良いのだが、時間のある時は自ら警らに赴くように心掛けていた。

 富裕層が多く住む地区は静かで、街並みは整然として綺麗である。商業地区は賑やかで騒がしいが、活気があると言うほうが適切だろう。

 女性騎士は珍しいのか、街行く人々が丁寧に挨拶をする場合が多い。否、「黒の牙」に対する畏怖なのかもしれないが、少なくともこの街の住人に対して理不尽な処置を施したことはないはずである。

 街中を一通り警らするのは良い運動にもなる。日々の鍛錬としても欠かすことはできない。女性騎士は残念ながら男性騎士と対等に扱われない場合もあるので、明らかに差が出る筋力はどうにかして補う必要がある。それには鍛錬しかない。戦いにおいては、力が全てではない。それ以外の全ての能力が必要なのだが、単純な力だけで評価される傾向が強い。それでも、ロージア教国は諸外国に比べて女性騎士が多いという話を何度も耳にしたことがある。

 貧民地区へと進んで行くと、先程までとは雰囲気が変わってくる。同じ人間なのだが、目が明らかに死んでいる者も多い。

 カトリーナが通り過ぎても、誰も視線をこちらにやらない。軽装とは言え、騎士の格好なので、関わり合いにならないようにしているだけかもしれないが。

 少し離れたところから、騒ぎ声が聞こえて来た。裏路地に大柄な男たちが若い女に言い寄っているようだ。まだ白昼だと言うのに、塵みたいな人間はすぐに沸いて出る。

 カタリーナは静かに彼らの背後に近付いた。若い女と目が合う。助けて、と言葉にはできないが、その目が必死に助けを求めていた。

 「おい、お前ら、何をしている?」

 「なんだ、お前」

 「邪魔すんなよ」

 「あっ、こいつも良い女じゃないねぇか」

 好き勝手な返答ではない言葉を発して、彼らはカタリーナを囲んだ。

 「女性騎士様、一人でこんなところに居たら危ないですよ」

 一人の男が馬鹿にしたように言った。

 「そうそう、どうせ、体でも使って」

 その言葉が言い終わる前に、彼は崩れ落ちた。

 カタリーナの剣先には汚い男の血が滴っている。

 残った二人は短刀を構え、襲い掛かってきたが、彼女の敵ではなかった。

 「大丈夫か?」

 「ありがとうございました」

 若い女は丁寧に頭を下げた。

 「路地裏は危ない、気を付けるんだぞ」

 「はい、本当にありがとうございました」

 足早に去って行こうとした彼女を呼び止めて、カタリーナは三人の死体から銅貨の入った袋を掴み取り、彼女に渡した。

 「それで、美味しいものでも食べろ」

 深々と再度お辞儀をして彼女は去って行った。

 貧民地区での揉め事はちらほらあったが、カタリーナが剣を抜いたのは路地裏の無礼な男どもに対してだけだった。

 市街地の警らを終えて、バラック城内に戻った。

 「今日も警らかい?ご苦労様」

 騎士団の中でも紳士的な振る舞いで人当たりの良いハンスが声を掛けてきた。

 「ただの日課の鍛錬ですよ」

 「鍛錬かぁ、まぁ、程々に。しばらく外征はなさそうだし、のんびりしなよ」

 ハンスはニコッと微笑み、片手を上げて、通路の奥に消えていった。そちら側には訓練場がある。彼はこれから一汗流すのかもしれない。

 カトリーナは城内の居住区へ移動し、自分の部屋に戻った。

 「お帰りなさいませ、カエデ様」

 執事のセバスが仰々しく声を掛けてくる。

 「カエデ様はやめて。カトリーヌよ」

 「申し訳ありません、つい」

 セバスは頭を下げる。

 「まぁ、良いんだけどね。あぁ、お腹が空いたなぁ、セバス」

 警らで歩き回って、当に昼食時は過ぎていた。

 「すぐにご用意致します」

 「ありがとう」

 扉が閉まると、カタリーナは軽鎧を脱ぎ、身軽な服装に着替えた。午後に軍務の予定はなく、今宵は緊急招集もなさそうだ。城内の雰囲気で何となくそう思っただけだが。

 

 

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