Episode 1-10 救いのない終局

 傭兵団リベルタスの砦が近付くにつれて、異変を感じていた。明らかに静かであり、人や動物の気配もしない。普段のこの辺りは鳥の囀りが聞こえ、砦に住み込んでいる子ども達の声が聞こえたりもする。見回りの傭兵団が随時待機しているはずだ。

 誰もいない。

 砦に辿り着き、二人は馬を降りた。見知った顔の傭兵団の仲間が息絶えて倒れていた。生き残っている者は一人としていない。

 無惨に壊されたテントが放置された広場の中央で傭兵団のラウルが絶命していた。無数の切り傷の痕が残っていた。

 「あの魔導士の連中か」

 カズは拳を握り、呟いた。

 手分けして砦の生き残りを探したが誰も見つからない。食料や金品には手を付けられていなかった。それに女性や子どもの死体は見つからない。

 「万が一の時は隠し通路から逃げ出せるようになっているはず」

 アシュトンがそう言って、その場所を示す。団長のリチャードが事務室として使っていた物置小屋の中に隠し通路の入り口があった。強盗が押し入ったかのように散らかっていた。しかしながら、隠し通路の入り口はきちんと閉じられていた。察するに、意図的に部屋を散らかしたのかもしれない。

 「ここから、ちゃんと逃げ出せていると良いけど」

 「あぁ、そうだな」

 二人は目下、何をすべき分からないが、誰かがこの場所に戻ってくる可能性を信じることにした。取り敢えず、仲間達の遺体は火葬することにし、その火を囲むようにして、夜を明かすことにした。蓄積されていた疲労感が一気に二人を眠りへと誘った。


 夢を見ていた。

 夢を見ていると、何故かしら、そう感じていた。

 ここは。

 声が聞こえてくる。

 聞き覚えのある声。

 懐かしい声。

 傭兵団の仲間の声ではない。

 誰の声だ。

 ハンドルを握っていた。

 これは、車か。

 座席に座り込み、運転している自分の姿が見える。

 傭兵ではない。

 服装は全く違うが、その顔は自分に違いなかった。

 高速に走る乗り物、車だ、それを運転している。

 笑い声が聞こえてくる。

 自分も笑っている。

 車は加速していく。

 前方に別の車が走っている。

 カーブに差し掛かるが、車は減速しない。

 駄目だ、駄目だ、駄目だ。

 曲がり切れない。

 そう思った。

 否、そう思ったことを思い出した。

 

 カズは目を覚ました。目の前には火葬の為の炎が大きく燃えている。記憶が混乱していた。曖昧だった過去の記憶が戻ったように感じたが、辻褄が合わなかった。傍にある剣を触れる。

 傭兵である自分。

 夢の中の自分は傭兵ではなかった。

 自分は何者なのか。

 思い出せそうだ。

 もう少しで。

 「思い出したかな?」

 カズはその声がしたほうに振り返った。

 黒いローブの魔導士がそこにいた。

 傍に置いた剣を掴む。

 「待て。わしはそなたの敵ではない。この黒衣はこの世界の魔導士には一般的なものだ」

 話し方から、目の前の魔導士は年老いていることが分かる。

 カズは剣から手を離し、彼の話を聞くことにする。

 今、思い出せそうだった自分の存在について、この魔導士の老人は何か知っているのかもしれない。

 「お主はおそらく異世界から迷い込んだ人間なのだろう。過去の記憶がはっきりしない。そうじゃろ?その様子だと、戦う術を知っているのに、何処でそれを覚えたのかも判然としない」

 「あぁ、その通りだ。異世界ってのは何だ?」

 「現世と言うのか、現実の世界と言うのか、もはや、わしもその言葉を忘れてしまったがな。お主は最初から、この世界の言葉が話せたのかな?」

 「いや、聞き取れるが、こっちの言葉が通じなかった、最初は。でも、何がきっかけは分からなかったが、突然会話が通じるようになった」

 「わしも同じじゃった。ずっと昔じゃがな」

 そこで一度、彼は言葉を止めた。

 「そこから、この世界で生き抜いた。戦いに明け暮れて、気が付けば、こんな醜い老人の姿になってしまった。異世界とは言え、老化はするようじゃ。でも、ここまで生きて来れたのには理由があってな」

 彼は指輪を見せた。それはカズが持っているものと似通っている。

 「黒銀の指輪と言う。これを百個集めた者は現世に、元の世界に戻れると言うのじゃ。わしは今、九十九個、手元にある」

 カズは彼から殺気を感じた。

 彼の狙いは指輪か。

 アシュトンは目覚める気配がない。

 「彼は目覚めないよ。ワシもお主と同じだ。違うとすれば、魔法が使えるようになったことかな」

 彼が印を結ぶよりも先に、カズは剣を抜き、斬り掛かった。血飛沫が上がり、彼の顔が歪んだ。その顔に見覚えがあった。

 衝突した軽自動車の運転席の男。

 カズは思い出した。

 カズではない。

 自分は佐藤一晃だ。

 彼の名前は知らない。

 でも、自分は彼の命を奪ったのだ。

 おそらくは。

 自分は事故を起こし絶命した。

 その後の記憶は持ち合わせていない。

 「あぁ、やっと、お主を見つけたのに。やっと、復讐を果たせると思ったのに、歳を取りすぎてしまったかのう」

 「何故だ?魔法で俺を殺せたんじゃないのか?」

 「もう殺すのに疲れてしまったんじゃよ。この世界でワシは九十九人のプレイヤーを殺して、黒銀の指輪を奪った。本当かどうかも分からない、戯言を信じてじゃ。途中で、それが戯言であると気付いたが、引き返すことができなかった」

 カズは、否、佐藤一晃は崩れ落ちた彼の傍に座り込んだ。

 「おい、しっかりしろよ」

 彼を揺さぶるが既に息絶えていた。

 「せっかく記憶を取り戻したのに、何なんだよ、これは」

 気が付けば、目の前にあったはずの彼の肉体が、うっすらと消えていく。目の錯覚かと思ったが、まるで蛍の光のような優しい輝きを放ち、肉体は消滅してしまった。その場に残されたのは黒のローブと衣服、そして、二つの袋だった。その中には黒銀に指輪が詰まっていた。

 自分の指輪を取り出して、そこに放り投げた。

 その瞬間、世界が一瞬で暗転した。

 

 

 

 

 

 

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