Episode 1-9 アルド陥落

 アルド市街は炎に包まれていた。怪しげなローブの連中は、やはり魔導士であり、彼らは見境無く、炎の魔法を行使して街を焼き払っていた。

 カズとアシュトンは遭遇する魔導士たちを手当たり次第、倒していくが、キリがなかった。倒した魔導士たちは、人間のようなのだが、奇妙な行動が目立っていた。以前に相対した魔導士に比べて、理性が欠如している。そして、明らかに身体能力が低い。だが、その一方で、躊躇わずに魔法を連続で行使してくる。

 「あいつら、何か変だよ。魔法をあんなに連続で唱えたら、普通の人間は身体が耐えられないって。魔法に関する書物には、そんなふうに書いてあったはず」

 「俺は魔法に関してはよく分からないが、異常なのは分かる」

 瓦礫を盾にして、魔導士たちの魔法攻撃を防いでいた。炎の魔法が先程から続いていた。

 「何発も真面に喰らったら、さすがに耐えられないな」

 その時、遠くのほうで竜巻が発生しているのが見えた。

 「あれは?」

 アシュトンが目を丸くしている。

 自然現象にしては、あまりにも突然で、その場所以外の空は薄暗いが、雲は少ない。

 「何か状況が変な感じだな」

 「うん、取り敢えず、街を抜け出して団長たちと合流しよう」

 「あっちか?」

 「道順は任せて」

 カズは頷き返すと、手振りで指示を出す。

 彼は瓦礫から飛び出し、炎を掻い潜って、魔導士を斬り倒していく。魔法の連続攻撃は厄介だが、一定間隔で攻撃に間が開く。その隙に接近してしまえば、仕留めるのことは造作もない。アシュトンの指摘通り、魔法に特化している為か、基本的な身体能力が低下しているようだ。

 どうにか街の外れまで辿り着き、一息吐いた。

 「あっ、まずいよ、あっちの方角に煙が上がっている」

 「リチャード達はあの辺りか?」

 「うん、間違いないと思う」

 「少し距離があるな」

 「待って、地図を見るから」

 アシュトンは地図を確認し、馬房の場所を指さした。伊達に潜入していたわけではない。

 「さすがだ」

 二人は敵に遭遇することなく、馬房で馬を見つけて、すぐに飛び乗った。明らかにクライナ王国軍は劣勢であり、街にいた騎士や兵士は壊滅的な被害を受けていた。

 「急ぐぞ」

 二人は燃え盛るアルドの街から離れて行った。


 後方支援の駐屯地。強襲を受けて、駐屯部隊はほぼ壊滅状態となっていた。そこに居た傭兵団リベルタスの隊員も散り散りになって、撤退を余儀なくされる

 カインは既に目の前で仲間を何人も失っていた。ロージア騎士に囲まれて、もはや為す術はないが、最後まで戦い抜くことしかなかった。

 「やるなぁ、降伏しない?」

 小柄な男がそう言いながら、近付いて来た。彼だけは仮面を付けていなかった。明らかに上官なのだろう。周りにいた騎士達が少し後ろに下がった。

 「最期まで戦うの?見たところクライナ王国の兵士じゃなそうだよな。引き際も肝要だ」

 「貴様は何者だ?」

 目の前の男の飄々とした態度に少し動揺したが、カインは声を発した。

 「『黒の牙』のエルバーゼ。お見知り置きを」

 彼は軽くお辞儀をした。

 「あくまでも戦うのかな?」

 カインはその言葉が終わる前に動き出し、斬り掛かるが、軽く往なされてしまう。既に疲労困憊とは言え、万全の状態でも太刀打ちできるかどうかは分からない。それほどに相手は強い。

 「どうだい?降伏して、ロージア騎士団に入らないか?君ならすぐに出世できそうだけどな」

 「何故、すぐに留めを刺さない?どういうつもりだ?」

 「今回の任務はクライナ王国兵の殲滅で、傭兵を殺すことには興味がない。それに強い傭兵は仲間にしたいからね」

 「戯言はそこまでだ」

 カインは最後の力を振り絞って、剣を振り上げたが、簡単に躱されてしまい、気絶させられてしまった。

 エルバーゼは周囲の騎士に拘束しろと命令した。


 カインが拘束されていた頃、その場所から離れた場所でリチャードもまた奮戦していた。仲間も数名しか残っていない。それでも、他の仲間を見捨てることができず、身動きが取れなくなっていた。

 「団長、ここはもう撤退しましょう」

 「もはや、救いようがありません」

 残された仲間が苦渋の表情で言った。

 ロージア騎士団は明らかにクライナ王国騎士団や王国兵を狙っていた。傭兵を追撃することはなく、そのおかげでリチャードと生き残った仲間は逃げ延びることができた。


 カズとアシュトンが駐屯地に辿り着いた時には、死屍の山しか残っていなかった。その多くはクライナ王国の兵装であり、傭兵らしき者も含まれていた。

 アシュトンが傭兵団リベルタスの仲間を見つけ声を掛けようと近付いたが、明らかに息をしていなかった。

 「遅かったか」

 カズは呟いた。

 辺りは既に夜の帷が降り始めようとしていた。このまま、この場所に留まる事はできない。

 「アジトに戻るしかないな」

 「うん、急ごう」

 二人は完全に陽が落ちるまで、できるかぎり馬を走らせて、傭兵団リベルタスの本拠地の砦に向かった。

 こうして、後にアルドの戦いと呼ばれる、この戦争は終局を迎えることになる。ロージア教国の圧勝であり、クライナ王国はすぐに停戦交渉を求めることになった。このまま進軍を続けて、王都を目指すかと思われたが、「黒の牙」が率いるロージア騎士団は進軍をやめて、停戦交渉に応じた。

 もちろん、従属を強要されるような条件を突き付けられる事になるのだが。

 

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