Episode 1-8 黒の牙と魔導士

 「これはどう言うことだ」

 ルーベンスは激昂した。

 伝令の報告によるとアルド市街戦で戦闘している相手はロージア騎士団ではなく、雇われ傭兵が変装しているということだった。

 「敵の本体は何処だ?」

 テーブルに広げられた地図を囲んで、王国騎士達が困惑の表情を浮かべていた。本陣とは別に、アルド市街を中心に部隊を五箇所に分けて、遊撃するように指示していたが、ロージア騎士団の囮部隊に翻弄されてしまったようだ。

 新たな伝令が駆け込んできた。

 「第一、第二部隊が全滅しました」

 「何?それは確かか?」

 「はい、それぞれの駐屯地が襲撃を受け、乱戦になった模様です。現状、第三部隊、第四部隊が救援に駆け付け応戦中ですが、『黒の牙』が相手のようで苦戦を強いられているとのことです」

 ルーベンスは深く息を吐いて、思考を巡らす。

 「ゲリラの魔導士たちは?」

 「市街に火を放っているようです」

 「何だと」

 テントの外が騒がしくなった。

 「敵襲だ」

 外から叫び声が聞こえてくる。

 「くっ、謀られたか。すぐに撤退だ。私がここで時間を稼ぐ」

 「団長、我々がここで食い止めるので」

 テーブルを囲んでいる騎士たちはルーベンスと死線を越えてきた仲間でもある。ここで失いたくはない。

 「少しだけ時間を稼ぐぞ、いいな」

 渋る数名の部下を撤退命令を下し、それ同時に残りの部下はルーベンスと共に討って出ることにした。

 すでにロージア騎士たちが侵入し、誰もが必死に応戦していた。ルーベンスは彼らの侵入路へと真正面に突き進んでいく。

 獅子奮迅。

 王国騎士団団長の名は伊達ではない。

 ロージア騎士団を斬り倒して行く。

 「ほう、骨のある奴がいたのか」

 明らかにリーダー格の騎士が嬉しそうに笑っていた。彼だけは仮面をしていなかった。ロージアの騎士は仮面をしているのだが、騎士にもクラス分けみたいなものが存在しているのだろう。厳格な身分制度と序列がロージア教国では守られているという話を聞いたことがある。

 大柄なその男は部下から両手持ち用の斧を受け取ると、素振りをした。

 「あんたが団長さんか?確か、名前は」

 「ルーベンスだ。お前は?」

 「『黒い牙』のアンガスだ。光栄だな、団長をヤレるなんて」

 「そう上手くはいくかな」

 「こいつは俺の獲物だ、手を出すなよ」

 ルーベンスは身構える。おそらく自分よりも強いと本能的に察するが、単純な戦闘狂の雰囲気も感じる。

 「仲間を逃す算段か?心配するな、ここで全滅する」

 そう言うや否や、斧を連続で振り回し、威嚇してくる。

 ルーベンスは間合いを図るが、下手に近付けば一刀両断される可能性が高い。

 「慎重だな、団長さんは」

 アンガスは重いはずの斧を振り上げると、一気に距離を詰めてきた。

 ルーベンスは横に体を逸らしながら、相手の懐に潜り込むように近付く。

 至近距離ではあの大きな斧よりも剣のほうが優位である。

 剣を鋭く突き、喉元を狙う。

 アンガスはそれを籠手で弾いた。斧からすでに両手を離していた。空いているもう一方の手には短剣が握られていた。それが強振される。

 何とか受け止めたが、ルーベンスは吹き飛ばされた。

 馬鹿力か。

 「俺をただの筋肉馬鹿だと思っているのか?これでも、それなりのレベルのナイトのつもりなんだけどな」

 短剣を鞘に戻すと、長剣を抜き、構える。

 殺気が消えた。

 溢れ出していた狂気が消えてしまった。

 ルーベンスは、次の攻撃が彼の渾身の一撃に違いないと思った。

 彼は騎士なのだ。

 その構えから、そう主張していると感じた。

 ただ剣を振るうだけなら、騎士も剣士も戦士も変わらない。

 しかし、騎士道を信じている者が騎士なのである。

 もちろん、騎士道も様々であり、理解できぬものもあるが。

 鍛錬により己を磨き、技を磨く。

 両手で剣を握り直し、刀身を少し低く構えた。

 「行くぞ」

 ルーベンスは真正面から突進していった。

 斬撃の応酬。

 周りいる者たちは、自分たちの戦いを止めて、そこに注目し始める。

 剣が触れ合うたびに激しい音が響く。

 「どうした?もう終わりか」

 「惜しいな。ロージアの騎士でなければと思うよ」

 それはルーベンスの正直な気持ちであった。

 本来、騎士は私怨で戦うことはない。

 「ここ最近では一番まともな騎士だぜ、団長さんは。でも、遊びは終わりだ」

 アンガスは一瞬で間合いに踏み込み、剣を振るった。

 ルーベンスの剣が宙を舞った。

 「終わりだ」

 アンガスが一撃で仕留めようとした瞬間、炎の弾丸が降り注いできた。彼はそれを剣で薙ぎ払う。ルーベンスは剣を拾い上げ、距離を取った。

 「誰だ?邪魔をしたのは?」

 「名乗るほどの者でもないですよ」

 その言うとすぐに、黒ローブの魔導士シリウスが印を結びながら、詠唱を始めた。

 「吹き荒べ、狂嵐、フェネジィテムペスト」

 シリウスを起点に暴風が巻き起こり、あらゆるものを吹き飛ばしていく。

 草木を、武具を、テントを。

 既に生き絶えた者たちさえも簡単に吹き飛ばれる。

 生きている者も必死に暴風に耐えているが、抵抗すれば、暴風の中に引き摺り込まれ、ばらばらにされてしまう。

 暴風の中心で大木が粉砕されていた。

 瞬く間にキャンプ陣営そのものが暴風で消し飛ばされてしまった。

 その場所には何も残らなかった。

 魔導士シリウスを除いては。

  


 

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