Episode 1-7 アルド市街戦
クライナ王国暦76年、ロージア教国暦156年。
この年の神無月の節に、これまでの小競り合いとは違う、大規模な戦争が本格的に始まった。
ロージア教国の教皇プルースト直属の騎士団「黒い牙」が主力となり、軍事侵攻を開始した。瞬く間に国境沿いでの野戦で勝利を収めて、アルドの街へと侵攻して行った。警戒に余念は無く、糧道の確保や後方支援部隊との連携も密に取り行っているようで、アルドの街の陥落も時間の問題かと思われた。
クライナ王国の王国騎士団は前線を寄せ集めの傭兵に任せて、計画通りにアルドの街へと誘い込むように動いていた。
王国騎士団長ルーベンスは真っ向勝負では勝ち目がないことが分かっていた。苦肉の策とは言え、「黒い牙」を直接叩くしか、この戦争での勝ちは有り得ないのだから、アルドの街を戦場にすることを決めたのだった。
「団長、狙い通り敵軍が侵攻して、こちらに向かっているとの報告が入りました」
「ご苦労」
ルーベンスはテーブルの上の地図を睨んでいた。キャンプを設営し駐屯しているのは、アルドの街から少し離れた小高い丘の上だった。街の中にも、街の外にも遊撃部隊を派遣しており、準備は万全である。
「ルーベンス団長」
その声に再び顔を上げると、黒いローブの男がそこに立っていた。
「こちらも手筈通りです」
「あぁ、感謝している。シリウス」
ルーベンスは頭を下げる。胡散臭い魔導士だが、ロージア教国内部でゲリラ活動を行なっているらしく、直接ルーベンスに接触を図り、この戦争に際しては共闘を結ぶことで合意した。
「ところで、ルーベンス団長はこれを機にクライナ王国での権力をのぞみはしないのですか?」
「どういう意味だ?」
時折、唆して来ることがあったて聞き流していたが、今のルーベンスは少し苛ついてしまった。
シリウスは気にも留めず、続ける。
「団長は一兵卒からその地位にまで成り上がりましたが、貴族騎士どもにこき使われているだけではありませんか?近衛警備だけ彼らが行い、辺境の地での戦争では王国騎士団という称号を上手く利用し、団長を送り出す」
「それが騎士という者であろう。王国の為に戦うのが」
「でも、あなたが守ろうとしている王国を貴族どもが腐敗させているとしても、それでも良いと仰いますか?」
「それ以上はよせ」
ルーベンスは睨み付けた。クライナ国王への忠義は揺るがないが、もちろん貴族どもが政治腐敗を引き起こしていることには気付いていた。三代目の現国王はまだ若い。有能ではあるが、優しすぎる側面がある。
「失礼しました。ただお気を付けくださいませ。この戦争に勝利したとて、団長を不愉快に思う奴らは蠢き続けます」
シリウスはその言葉を最後に、消えるようにいなくなった。
「何が狙いだ、あいつは」
夜の闇がアルドの街を包み込んだ頃、街の中に潜んでいたカズとアシュトンはいつでも動き出せる準備をして、その時を待ち侘びていた。
すでに街の住人のほとんどが退避している。街に残っているのは王国騎士団と怪しげ連中だけだ。おそらく敵もそれを把握している。
街中で火の手が上がった。
「ついに始まったぞ」
カズは窓の外を眺めながら言った。
「僕らのターゲットは?魔導士たち、それとも王国騎士団を助ける?」
「魔導士たちは、どちらの味方が分からないが、取り敢えず騎士団と交戦していないところを見ると、日和見かもしれない」
「リチャードにもお世話になっているからな。ここで少しは恩返ししたいから、まずはロージアの連中を相手にするか」
アシュトンは頷いた。
「深追いは駄目だよ、カズ」
「分かっている。防衛戦だ」
「武器やアイテムも多少は用意できたけど、限りがあるから」
「あぁ、その辺は、アシュトンに任せた」
二人は最低限の装備を身に付けて、予備は部屋に隠してから、隠れ家を出る。路地を慎重に進み、敵に遭遇しないように気を付ける。
「あっちに」
アシュトンが声を掛ける。
交戦中の二つの部隊がいた。ロージアの騎士のほうが個々の能力が高いように見えた。三人のロージア騎士が瞬く間に十人の王国騎士を斬り捨てる。
「強いなぁ、あいつら。勝てる?」
「さぁ、どうかな。不意打ちなら、勝機はあるさ」
ぎりぎりまで敵との距離を詰める。
ロージアの騎士たちは少し油断しているように思える。隙だらけなのは意図的なのか、と勘繰ってしまう。
建物の角から覗き込みながら、様子を窺う。カズは振り返って、アシュトンに手振りで指示を出した。頷き合って、カズは一歩踏み出した。
こちらに背を向けている。
一気に距離を詰め、斬り掛かった。
一人目。
不意打ちで一人倒されたにも関わらず動じていない。すぐに応戦してきた。
何度も剣を交えるが、決め手に欠ける。
二対一。
まずは目の前の相手を。
踏み込む。
相手の剣を受け流し、体を反転させ、もう一方の相手に向き直り、剣を大振りにして吹き飛ばす。
すぐに向き直り、差し違える体勢で剣を突き刺した。
吹き飛ばされた敵が迫ってくるが、アシュトンが後ろから斬り掛かる。
斬り込みが浅く、一撃では仕留め切れていないが、敵はその場に倒れ込んだ。
「まだ息があるな。おい、何故、こんなに少数部隊なんだ」
「知るかよ、俺たちはただ雇われただけだ」
カズはアシュトンと顔を見合わせる。
「ロージア騎士団のほうが何枚も上手かもしれないな」
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