Episode 1-6 アルドの街で

 神無月の節に、ロージア教国は軍事侵攻を開始した。本格的な冬の寒さまではもうしばらく猶予があるが、短期決戦で勝利を掴みを、都合の良い条件で交渉に臨みたいのだろう、というのが商人ギルドや冒険者ギルドの中での見解だった。

 クライナ王国も国境沿いに王国騎士団を派遣して、防衛線をすでに築いていた。野戦ではなく、防衛策を講じて長期戦に持ち込もうという作戦に違いない。国境沿いの街アルドは王国騎士団の補給地として騎士団が駐屯することになり、普段見慣れない騎士や兵士、傭兵たちの数が増えて、街の様相が一変していた。


 カズとアシュトンの二人はすでに街の中に潜入し、情報収集活動に当たっていた。普段は諜報活動をしないのだが、黒いローブの魔導士もこの戦争に絡んでいるようなので、カズが自分から名乗りを上げたのだった。団長のリチャードはそれを許可し、アシュトンを同行させることにした。

 傭兵団としては前線に出て戦うことはしない。あくまでも後方支援の仕事に携わるとリチャードが決断した。小さい傭兵団の戦力は高が知れている。前線では目立った活躍も難しいだろう。でも、後方支援ならば、地の利も人脈もそれなりにある。

 カズは傭兵団御用達の隠れ家から街の様子を観察していた。隠れ家は酒屋の二階のスペースで、大通りに面している。アシュトンは酒屋の手伝いで配達に出ていた。

 「カズは、どっからどう見ても傭兵だからなぁ」

 アシュトンはそう言って、自分だけ酒屋の手伝いをしながら、情報収集に走り回っていた。カズはその間、大人しく隠れ家で留守番をしている。テーブルの上には街の地図が広げてあり、最悪の場合を想定して準備をしていた。

 ロージア教国が短期決戦で勝利すれば、この街まで一挙に侵攻して来ることになるだろう。その際にクライナ王国騎士団は市街戦に持ち込むはずだ。その時に傭兵団として活躍すれば、それなりの名誉と報酬の両方を手にすることができるかもしれない。そんなふうにリチャードは言っていたが、もちろん、クライナ王国が防衛に成功した場合の話である。

 現状、両国には戦力の差があり、ロージア教国の軍事力は強大である。噂の域を出ない情報も多いが、それでも劣勢であることには変わりはないのだろう、とカズは思った。

 通りを歩く人々の中に明らかに怪しい装いの者が紛れている。間者にしては、目立ちすぎではないかと思うが、あちらこちらに似たような姿を見つけることができた。

 部屋の入り口のほうから足音が聞こえた。ノックが三回された。カズは鍵を外し、扉を開けた。

 「はい、晩御飯」

 アシュトンは開口一番に言い放つと、テーブルに両手一杯に掲げていた買い物袋を置いた。サンドイッチやら果物やらと、チーズや干し肉などの保存が効く食べ物がたくさん買ってあった。

 「おっ、ワインもある」

 カズは手を伸ばし、小さなナイフでコルクを開けた。自分のコップに注いで、アシュトンを見た。

 「僕も少しだけ」

 彼のコップにも少しだけ注ぐ。

 「ここから大通りを眺めてたけど、明らかに怪しい奴がちらほら増えているようだな。ロージア教国の回し者かどうかは分からないけれど」

 「ロージア教国内部で反政府ゲリラが暴動を起こしているって話を聞いたよ」

 「規律や規範に厳しい国なんだろ」

 「と言うよりも、ロージア教の主義思想に異を唱えるものは排斥される」

 「まぁ、秩序と弾圧は付き物か」

 「クライナ王国へも、そのゲリラ達が流れてきていて、今回の戦争にはクライナ王国に与するとか」

 「いや、それは、厄介な種になりそうだな。クライナ王国は、王国騎士団が傭兵やらを掻き集めて戦力としているが、それは実行部隊に過ぎたる力を持たせたくないからに違いない。王国騎士団を特権階級として扱い、差別化して、完全な手駒にし、それ以外の戦力は捨て駒として扱う」

 「王国騎士団と拮抗するぐらいの組織なら、その辺のパワーバランスを崩しかねないってこと?」

 「まぁ、ウチらの傭兵団リベルタスも、そこに付け入ろうとしているわけだが。そもそも俺は、王国騎士団がどれほどの実力なのかよく分かっていないが」

 「うーん、団長の話だと、騎士団には腕の立つ者も多いって。でも、貴族騎士みたいなのも一定数はいるから、指揮系統がごちゃごちゃするらしい」

 「今回の戦争は厄介だな。国同士の争いと同時に組織の権力闘争が水面下では行われている」

 「単純にどっちが勝つかではなく、如何にして勝つか」

 そう言い切って、アシュトンがワインを口に含んでむせた。

 カズは窓の外に目をやる。黒ローブの魔導士が一体誰の為に働いているのか。それが重要である。おそらく、この戦争の最大戦力である魔導士たちがこの勝敗を左右する。

 魔法は鍛錬によって身に付けることができるらしいが、周りの人間に魔法適性の高い者がいないことを考えると稀有な能力なのだろう。

 風の魔法。そして火の魔法。

 こちらが魔法を使えない以上、いずれも苦戦を強いられるであろう。

 それに、実際に戦闘して分かったことだが、魔導士の雰囲気だが身体能力はその辺の傭兵よりも優れている。

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