Episode 1-5 団長の苦悩

 怪しげな黒のローブを見に纏う魔導士の調査は継続して行われていたが、有益な情報はなかなか集まらなかった。カズによって魔導士二名が既に返り討ちに遭っている状況を踏まえると、何かしら不穏な動きがあっても良いだろう。

 傭兵団リベルタスの団長リチャードは自分専用の部屋として使っている物置小屋で細かい雑務をこなしていた。人事、物資、金策と考えなければいけないことは山のようにある。ただ野盗狩りをしているだけでは、傭兵団を維持するのは経済的に難しい。護衛や防備の仕事は実入りが少ないし、寄せ集めの傭兵団にはそこまでの信用はない。

 部屋がノックされた。返事をすると、カインが物置小屋に入って来た。

 「リッチ、狭いなぁ、ここは」

 「一人部屋だ」

 リチャードは笑って答える。

 「どうかしたのか?」

 「いや、ここ最近は面と向かって話をしてなかったからな」

 「あぁ、悪いな、仕事を押し付けすぎかな」

 「そうじゃないよ。俺は平気さ」

 「適当に座ってくれ、狭いけれど、密談にはもってこいの場所だ」

 カインは木箱の上にそっと腰掛けた。

 「ラウルの傷も癒えたので、そろそろ、もう一部隊編成するのはどうかなぁって、そう思って」

 傭兵団リベリタスは三部隊編成で、A部隊は前線部隊、B部隊は諜報部隊、C部隊は護衛部隊として役割分担をしていたが、C部隊が襲撃され被害を受けたことにより一旦C部隊そのものを無くしてしまった。

 「そうすることに異存はないのだが、ただ、仕事依頼がそれほど多くないのが現状なんだ」

 「あぁ、なるほどな。それは頭が痛いな」

 「商人ギルドの護衛の仕事は割安で引き受けているから、数をこなしても、あまり利益にならないんだ」

 野盗狩りをするにも、この周辺の野盗は一通り退治してしまっている。治安の良し悪しで言えば、以前に比べれば改善されているだろう。

 「そろそろ根城を変えるか?」

 「もう一年以上になるな、ここに住み着いて」

 リチャードは普段、人前で悩みを打ち明けることはない。団長としての威厳と傭兵団の統率の為に、そう演じるしかないからだろう。カインとはクライナ王国の冒険者ギルドで知り合って以来の付き合いになる。

 その当時のリチャードは傭兵として王国に仕えていた。王国は直属の騎士団を有していたが、戦力を補う為に傭兵を上手に活用していた。騎士団を拡大させると、派閥ができ、内輪の争いの火種になる可能性がある。それを回避するために、低コストの使い捨ての傭兵を用いることが王国運営では必要だったのだろう。

 「王国での傭兵仕事を辞めてから、何とかここまでやってきたが、活動場所を変えるの手かもしれないな」

 カインは神妙に頷く。

 「同じ場所で下手に組織を大きくすると厄介なことになりそうだしな」

 「ただ、地理的に、この場所は素晴らしい。団員のおかげで、この辺りの正確な地図も出来上がりつつあるし」

 一通り、悩める団長との会話を済ますと、カインは立ち上がった。

 「そうだ、言い忘れるところだった。ロージア教国が国境沿いに、新たに兵を集めているという情報が流れている」

 「こないだの戦闘では痛み分けみたいな感じで終わったからな。今度は叩き潰しに来るのかもしれないな」

 「単純な戦力ではクライナ王国には勝ち目がないとは言え、ロージア教国がそこまでして、この辺の地域に執着する理由があるのか?」

 「クライナ王国は小国だが、ここ数年、新たに鉱脈を発見し、その採掘で国全体が繁栄しているからな」

 「初耳だな。鉱脈なんて。それが狙いか」

 カインは断定する。

 「王国内でも鉱脈についての情報は統制されているからな。それぐらい貴重な鉱物が採掘できるのかもしれない。まぁ、十中八九、ロージア教国はそれの利権が欲しいのだろう。この辺りの土地よりも」

 カインが部屋を出て行った後も、リチャードは雑務に励んでいた。

 近々、戦争になるのなら、それに乗じて、上手く傭兵仕事を請け負う必要がある。戦争があるところに傭兵の仕事がある。この砦は隠れ家あるいは秘密基地としては最適だが、血生臭い仕事を探すのなら、それなりの場所へと進出すべきなのだろう。

 扉がゆっくりと開いた。ノックの音は無かったように思う。

 「誰だ?」

 リチャードは低い声で言った。

 小さな人影。

 「パパ」

 可愛らしい声が聞こえてきた。

 「リベルか。入っておいで」

 遠慮がちに部屋の中に入って来た。きょろきょろしながら、リチャードの傍にやっと来る。手にはコップを持っていた。

 「どうしたんだい?」

 「紅茶を淹れたの」

 「えっ、ありがとう」

 コップを受け取って、一口飲む。

 「旨いな、これは」

 「ちょっと上品な茶葉だって」

 リベルはニコッと笑った。

 「パパは、ここに街を造るの?」

 彼女の突然の質問に、リチャードは笑ってしまった。

 「それも良い考えかもしれないな」

 傭兵団に拘る必要もない。ただ、今いる仲間とその家族の生活さえ成り立てば、それで充分ではないか、と思う。

 彼女は真剣な眼差しでリチャードを見ていた。冗談を言ってつもりはないようだった。その目が緋色を帯びている

 「この傭兵団をどうしていくべき、本当に悩んでいるんだよ」

 その緋色の目を見つめ返し、真剣に答えた。

   

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