Episode 1-4 新たな魔導士
ごろつきに尋問して、聞き出せそうなことは聞いた。街の貧困地区にごろつきの隠れ家があることを知り、その場所まで案内させることになった。
「出任せじゃないのか?」
カズは小さな声でアシュトンに問い掛けた。
「おそらくは。でも、根城を潰さないと、あの居酒屋はとばっちりを受けるかもしれないから」
「なるほどな。斬り捨てるか、ここで。手っ取り早いかもよ」
「まぁ、待って。どの道、そうなりそうだから」
町外れの一角は明らかにそれまでと雰囲気が違う。腐臭も漂い、そこに住む人間は覇気がなく、こちらを見ないように視線を合わせてこない。
「あの右手の建物だ。親分なら、その変な魔導士のことを知っているかもしれない」
大柄なごろつきは足早に進んでいく。
「さてと、簡単には話を聞けないよな」
「うん」
二人は警戒しながら、その建物の入り口に近付く。不自然なほどに人の気配がまるでしない。
先に中へ入ったごろつきが声を上げ、騒いでいる。
「どうした?」
警戒しながらも、建物の中に入った。
二人は異様な光景を目の当たりにした。黒焦げの焼身死体がいくつも転がっていた。
「そんな、くそ、あの胡散臭い魔導師がやりやがった」
ごろつきは慌てふためいて余計な事を口走ったことに気付く。
「お前も知ってるんだな、その魔導士を」
カズが鋭い視線を送った。
その時、裏口の扉がゆっくりと開いた。
ごろつきは一瞬そちらに視線をやった。次の瞬間、その扉が火の玉が飛び出し、ごろつきに直撃した。
「うわぁ、なんだ、これ」
衣服に燃え移ったのを転がりながら消した。
扉から黒いローブの魔導士が現れた。以前、森で出会った魔導士によく似ているが、この魔導士は火の魔法を使うようだ。
「役に立たないな人間だな。野盗ってのは馬鹿の集まりなのか」
吐き捨てるように言うと、何かしら詠唱を始めた。
「やばいぞ、外に出るぞ」
カズは危険を察知し、アシュトンと共に建物の入り口に向かって走り出した。部屋の中に残っていたごろつきは一歩遅れたが、必死にこちらに向かおうとしたが、先ほどよりも大きな炎が彼を包み込んだ。
石造の建物には引火しなかったが、入り口まで炎が一瞬広がり、すぐに消えた。
「嘘だろ、反則じゃないのか、これは」
カズがそう言うと、アシュトンは蒼白な表情で答える。
「前の奴より強いんじゃない?」
「さぁ、どうかな?ともかく接近戦に持ち込むしかない。アシュトンは隠れてろ、良いな。俺が引きつけるから」
「でも、それじゃ」
「さっさと行け。で、作戦を練ってくれ」
カズは入り口に出て来た魔導士に斬り掛かる。アシュトンは忍足で遠ざかった。二人の姿がぎりぎり見える位置まで離れる。
間髪入れずに攻撃を仕掛けるが、魔導士には届かない。しかし、魔法を放つにはどうやら詠唱する時間が必要なようだ。
カズは間合いを詰め、切り掛かるしかない。ただ、魔導士の身のこなしもなかなかのもので、攻撃が当たらない。
「どうした?連続で攻撃しないと、魔法を喰らうことになるぞ」
心の中を見透かしたような言葉を発する。
魔導士が両手で印を結ぼうとしたが、それをさせまいと剣を大きく振り翳し、斬り掛かる。上手に飛び避けて、詠唱を始めた。カズは強振の為に体勢を少し崩していた。
印を結んだ手の中に火の玉が生じて、それがこちらに飛び出そうとした瞬間、魔導士の動きが止まった。
「ぐふっ」
口から黒い血を吐き出した。魔導士の胸から剣が突き出ていた。その剣先にも黒々とした血が付いている。
アシュトンが剣を引き抜くと、魔導士はふらふらと前に進んでいく。カズは真っ直ぐに距離を詰め、斬りつけて、留めを刺した。
「危ない、危ない」
カズは笑っていた
「無我夢中だったよ。途中で気付かれたら、どうしよって思いながら」
「まぁ、その時はその時だ」
「にしても、厄介な敵なのかもしれないな。黒いローブの連中は」
本来の任務をこなして、砦に戻った時には陽が暮れかかっていて、暗い夜に備えて松明に火が灯されていた。帰路は馬車に乗ることができたので、それほど疲れることはなかった。
団長のリチャードに報告を済まし、それから食堂へと向かった。食堂とは言っても、屋根が壊れていて、テントを立てて、そういうスペースを作っている。そのせいで、雨が降ると食事が貧相になるのだった。
カズがこの傭兵団に入って、もう何日になるだろうか。居心地の良さを感じているが、何か大切なことを忘れてしまっているような気もする。
相変わらず、過去の記憶は戻らないが、それなりに剣の腕があるのだから、兵士か傭兵かだったに違いない。躊躇わずに敵を斬ることが出来る。少なくとも、そちら側の人間なのだ。
アシュトンが食事を運んできてくれた。彼と一緒に食事をする機会が多い。彼を通じて、他の団員とも少しは仲良くなったように思う。もちろん、傭兵団において、妙な馴れ合いは命を落とすことに繋がるかもしれないのだが、それでも、傭兵団リベルタスは大きな家族のような組織だと感じた。
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