第9話 水族館デート

 早速、俺と愛莉朱は入場して見ることにした。

水族館なんていつぶりだ?

愛莉朱は水族館すごい好きだけど、体の都合上、片手で数えられるほどしか行ったことがない。

俺は水族館にあまり興味がなかったから、小さい時は数回行く程度だった。


「あ、ねえねえお兄ちゃん! 」


「ん、なんか面白そうなのあったか?」


「うん! あれ見てみたい!」


「じゃあ行ってみようか!」


 俺の手を引っ張りながら、愛莉朱と俺は水槽へ向かった。

やはり愛莉朱が最初に目についたのは巨大な水槽だった。

 おお、サメ泳いでる。

小魚とかいっぱい泳いでいるけど大丈夫なのか?

サメのごちそうがそこら辺にいっぱいいるけど……。


「――――」


 愛莉朱は水槽の中で泳いでいる魚たちに夢中なようだ。

じっと見ながらすごい楽しそうな顔をしている。

 こういうところを見ると、愛莉朱も子供なんだなって思ったり……。

まあ、愛莉朱もまだ14歳だしな。

子供なところもないとだめか。


「あ、あそこの魚がくるくる回ってる」


 愛莉朱が指を差す方向を見てみると、水槽の真ん中辺りだろうか、なにやら2匹の小魚がぐるぐる回っていた。

へえ、魚ってこんな動きもするんだな。


「なんかダンスしてるみたいだね!」


「はは、そうだな。確かにダンスしているようにも見える」


 すると、愛莉朱の手の握る強さが変わった。

さっきよりさらに強く俺の手を握ってきた。


「――――どうした?」


「えっ、えっと……わたしが大きくなったら、こんなふうにダンスできるのかなって思って」


「え?」


 愛莉朱はいきなり変なことを言い出した。

ダンスが出来るってどういうことだ?


「わたし、自分の病気があるからずっと家にいるでしょ? だから、こうやって魚のダンスみたいに楽しく出来たらなぁって……思って……」


 表情を見てすぐ分かった。

愛莉朱は――――すごく悔しいんだ。

アルビニズムという難病を抱え、普段から外に出る生活をしないというのはかなりキツいことだ。

特に愛莉朱はずっと家に居るけど、結構動き回ってちょっと落ち着きがない性格だから余計つらいし、見ている俺も結構つらいと思うこともある。


「――――俺もその気持ちはよく分かる。でも、愛莉朱は基本家にいなきゃいけないのは分かってるよな?」


「――――うん……」


「ずっと家に居るのは確かにつらい。でも……俺がいるだろ?」


「――――それは分かってるけど……。お兄ちゃんはつらくないの? ずっとわたし付き纏ってる感じなのに……」


 またこの言葉を聞いてしまったな。

愛莉朱はナーバスになってこの話をし始めると、絶対にこれを言ってくる。

自分は本当に俺とずっと一緒に居ても良いのか、と。

でも、俺が返す言葉はいつも同じだ。


「――――はあ……。愛莉朱、俺は愛莉朱にとってどんなやつなんだ?」


「――――お兄ちゃんは……お兄ちゃんは、わたしの大好きな人。ずっとこうやって傍にいたい、甘えてたい、大好きなお兄ちゃん」


「そうか。なら、俺は全然つらくないな」


「そう、なの……?」


「だって……」


 俺は愛莉朱の耳元まで口を近づけた。

そして、俺が愛莉朱に言う定番の言葉をかけた。


「だって、俺は愛莉朱の兄で……俺の大事な彼女なんだから」


「――――!」


 この言葉を聞いて、驚く表情も見慣れた顔だ。

でも、この顔は何度見ても好きだ。

だって……。


「ほ、本当!? わ、わたしがずっと一緒にいてもつらくないの?」


「ああ、つらくない。俺は愛莉朱が毎日楽しく過ごしてくれていれば良い。何度も言ってるだろ? それが俺の役目、使命だってな」


「――――!」


 びっくりした顔をした後、すぐに嬉しそうな顔をして俺に抱きつく。

この瞬間が俺は好きだ。

表情豊かな愛莉朱だからこそ見れるし、多分俺しか見ることが出来ない。

だから、もっと見たいって思ってしまう。


「さて、そろそろ次のところ行くか?」


「うん!」


 いつも通りに戻って良かったな……。

そう、この感じこそ俺の妹って感じ。

完全に子供っぽいっていうのかな。

そんな愛莉朱だからこそ、笑顔を毎日見せてくれるのが、俺の一番の生きがいなんだから。


「あっ、ここにドクターフィッシュいる!」


「ドクターフィッシュ……。確か手を入れたらめっちゃ来る魚だったよな?」


「うん! くすぐったいけどちょっと癖になっちゃう面白い魚だよ!」


「なるほどな。俺も癖になったりしてな」


「お兄ちゃんも絶対癖になるよ!」


「そうかそうか。愛莉朱がそう言うなら絶対そうだな! 早速行ってみようぜ!」


「うん!」









◇◇◇









「はぁ〜、楽しかった!」


 水族館に行けてご満悦の様子の愛莉朱。

そしてお土産として、ショップで売っていたサメのぬいぐるみを買った。

愛莉朱はそれを手に持ちながら、ほっぺをぬいぐるみにスリスリしている。

 まあ、俺にとってはまじで天使にしか見えないんだけどさ。

だって考えてみて?

こんなにも可愛い妹がさ、ぬいぐるみを愛でているんだぜ?

可愛すぎるに決まってるだろ!

 俺の場合は、ぬいぐるみじゃなくて愛莉朱にスリスリしたいけどな……。

――――失敬、さすがにこの発言はキモすぎたか。


「それ何ていうサメのぬいぐるみなんだ?」


「これ? ネコザメだよ〜。可愛い〜」


 ネコザメって確か、タッチプールにいる小さくて大人しいサメのことだったよな。

本当に何もしてこないよな? とか思って、ちょっとビビりながら触ったけど、本当に大人しいサメだった。

ブサカワな感じで愛嬌がある感じだったな。


「お母さーん。見てこれ」


「ん? うわっ、気持ち悪!」


「ひどーい!」


 愛莉朱が前に座っている母さんに、ネコザメのぬいぐるみを突き出した。

一瞬見たけど、すぐにそっぽ向いたな……。

でもそう思うのは仕方ないことだ。

だって実際ちょっと気持ち悪い顔してるし……。


「お兄ちゃんも同じこと考えてない……?」


「い、いやぁ? 俺は可愛いと思うけどな」


「そうでしょ? わたしも可愛いと思うんだぁ〜!」


 ちょっと嘘ついてるのに罪悪感を感じた。

『ブサカワ』だと思ってるから可愛い要素も入ってるけど、どちらかというと気持ち悪いのほうが勝ってる。

嘘というわけではないけど、嘘をついているように感じてしまう。

 ごめんな妹よ……。

大好きなお兄ちゃんは、ちょっとだけ見栄を切ってしまう、哀れな男なんだ……。


「俺はめっちゃ可愛いと思うけどなぁ、そのぬいぐるみ」


「ええ〜? 玄ちゃんの目が腐ってるんじゃないの?」


「おう……結構グサッとくる言葉が返ってきたな……。そうか? 俺はそれ結構好きだけどな」


「やった! 玄ちゃんも可愛いって言ってくれた!」


 おっと、家族内で意見が真っ二つに割れたな。

気持ち悪いと思う母さんと俺、可愛いと思う愛莉朱と玄ちゃん。

これは戦争が勃発しそうだ。


「ん〜。可愛いぃ〜」


 ん〜、愛莉朱が可愛いぃ〜。

そんなことを何度も思いながら、気づけば自宅についていた。

はあ、俺ってまじで愛莉朱のこと好きすぎだよなぁ……。

 後で母さんから聞いたんだけど、俺は車に乗ってる間、ずっと愛莉朱を見つめたままだったらしい。

そして、小言でずっと「可愛い」って連呼していたらしい。

マジで恥ずかしいんだけど……。

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