雑木林で鬼ごっこ?
(マズイマズイマズイマズイ……っ!! 銃は無理、銃は無理、銃は無理っ!!)
走り出してすぐに懐中電灯の明りは落とした。
こんな真っ暗闇の中であんなに目立つ光をそのままにしておくのは的になりかねない。
もっとも目が眩んだからとはいえあの至近距離で弾を外していることを考えると、多少の楽観視は許されるかもしれない。
ただそうだったとしても丸腰と拳銃ではやっぱり到底話にならない。
そもそも
(とにかく一旦距離を取って隠れろ。大丈夫、幸い今日は月も出てないしこの辺りは外灯もない。木の陰とかを使って何とかやり過ごせるはずだ)
右脚も左脚もプリン頭の男に強か蹴りつけられて大きな痣が出来ている状態のままなため、力を入れてある程度の距離を走り続けるということ自体に無理がある。
タァンッ!! タァンッ!! と続けざまに発砲音があった。
明らかに狙いを定めずに適当に引き金を引いている。
ただそれでも
「はぁ……、はぁ……、はぁ……、はぁ……」
スタミナ切れ以外の理由で息があがった。
とにかく一旦落ち着きたかった。
「逃げないで出てきてくれないかな!? こんなことを長々としていたら流石に警察に通報されかねないからね」
どこに潜んでいるか分からない
とにかく相手に聞こえていればそれでよく、反撃される可能性は全く考慮していないような態度。
恐らくは今の
(通報……、通報……)
ダッフルコートのポケットへと手を突っ込んで、ぴたりと手を止める。
(違う。暗闇に光を灯させたいんだ。明りがあれば俺の場所が分かるから……。何をするにしてもせめて三〇メートル以上は離れておきたい)
あがった息を無理やりに整えるために一旦樹に背中を預けて深呼吸をする。
(とかく今はこの場を離れる。それが大事だ。幸い相手は暗視ゴーグル等の備品を持っているわけではないっぽいのだし……!!)
「どっちかなぁ……? こっちかなぁ……? 近いかなぁ……?」
恐らくは
(これ以上近づかれるとまずいか……)
短くを息を吐きだしてから軽いジョギング程度の速度で走り出す。
「あぁこっちだったか。少し方向がズレてたみたいだね。にしても、そんな体でよく動けるモノだ。若いって素晴らしいね」
(……、集音機?)
暗闇で足元がおぼつかないという条件は同じであるはずなのに、やけに真っ直ぐ声が近づいてくるので反射的にそう考えた。
真偽のほどは分からない。
確かめる術はない。
ただその可能性に行き着いてしまったのであれば、そういう小細工がされていると仮定して動く以外の選択肢がなくなってしまう。
(どこまで聞こえている……? 最低足音は聞こえているよな……。息遣いや心音まで聞き取れるようなモノを使われているのならば一息付けるほど距離を取ることすら難しいか……?)
もし
だけれど今の奈也人では軽いジョギング程度の速度で走るので精いっぱいである。だから逃げる方向が筒抜けになっているのであれば、距離を取るという単純なことが相当な難易度に跳ねあがる。
「そう逃げないでくれよ。あまり逃げられると手間じゃないか。ワタシも色々君のことを調べさせて貰ってね。君は実に丁度いいんだよ。だからさ、ワタシのために死んではくれないかな?」
カツカツカツカツ、と雑木林の腐葉土を進んでいるというのに妙に甲高い靴音がよく響いた。
引っかかる言葉はあった。
だけれど、今は興味を引いて大きく声を出させるためのモノであると決め打ちしなければいけない状況だ。
故に何も取り合わずにただ懸命に足を動かす。
「全くつれないなぁ……。ワタシは悲しいよ、この間はあんなに優しそうだったのに……!! もしかして、これが裏の顔ってヤツなのかい?」
軽く舌打ちをしたくなる言い草だった。
だけれど、それはグッと飲み込んで、
(流石にこれだけの敵意と銃口を向けられた状態でさえ笑顔を作って平然と立っていられるほどまともな感性を捨てた覚えはないって……!!)
ただ内心で毒づく。
直後にミシリとふくらはぎが強烈に痛んだ。
「っ……!!」
骨に異常があるわけではないとはいえ、身体に負荷をかけるにはまだまだ辛い状態である、というのもまた拭いようのない事実。
「大人しく出てきてくれないのであれば、仕方がないかな。ちょっとした奥の手を使ってしまおうか」
いうが早いか
ただの素人の上手投げにしては良く飛んだ。
雑木林の木々の隙間をうまいこと縫うように、緩やかな放物線を描いていく。
バシャッ!! と水が飛び散る音がした。
しかしその水音が
だけれど、それは確実にちらりと振り返った彼の目を奪う。
地面に激突して飛び散った液体が、煌々と輝きを放ったのだ。
「なんっ……!?」
「なるほど、そんなところにいたんだね。そんな身体なのに随分とよく走る」
思わず声が出てしまった。
「どうだいワタシの発明品は、随分と明るいだろう? 龍の血に付随する因子と酸素の反応による発光現象を応用してみたんだ」
まるで気化した水分が光を放っているかのように空間そのものが明るく照らされている。
「この距離で当てる自信はないし、もう一個違うのも使ってみようか。そーれっ!!」
さらに懐から何かを取り出して、今度は明りに照らし出されている
ほぼ同時に走っていた
「まずっ……!?」
受け身も取れずつんのめるような形でゴロゴロと地面を転がった。
そして、背中目がけて投げつけられた何某かは少し横に逸れたらしく、実距離にしておよそ二〇センチほど左に生えていたブナの樹にぶつかって弾ける。
またしてもバシャリ!! と飛沫音がした。
その一部が転んだ
「……ッ!! あづっ……!?」
首筋には焼けるような感覚が、背中には氷のような冷たい感覚が、それぞれ伝う。
だけれど転んだままの状態でのたうち回っていられるような状況ではないため、無理やりに身体を起こして立ち上がる。
一回目の着弾場所は淡く光り、二回目の着弾場所は白い霧状の煌きを放っていた。
「……、液体窒素か……!!」
首筋の焼けるような痛みと背中に感じる凍えるような冷気、そして空気が白く煌く現象を繋ぎ合わせて即座に答えを推察する。
しかし一体どうやってそんなものを球状に包み込んでぶちまけたのかが分からなかった。
「頭の回転が早い!! おまけのネタバラシをしておくと、君に投げつけたボールの素材は龍の鱗を薄く引き伸ばしたモノを使っているんだ。ここまで言えばもう分かるだろう?」
付け加えられた言葉に反応する猶予は一切なかった。何故なら既に二投目が投擲されているのだから。
今度は狙いにズレが生じることはなかった。
いやむしろ逆に、奇跡の一投とさえ思えるほど真っ直ぐ吸い寄せられるような軌道を描いてる。
何せ
だというのに投げたそれはきれいな放物線を描いて
どう考えても避けることは間に合わなかった。
そもそも転んだ原因だって痛めつけられた足が悲鳴を上げたことなのだ。さらに鞭打って即座に足に力を入れられるはずもない。
だから、
だから、
だから、
コートを脱いで前に広げるようにして投げつける。
飛んできた何かが広がったコートとぶつかり、軌道が曲がった。
ボスッと少し離れた地面へと落ちる。
「はぁ、はぁ、はぁ……。あぁぁぁぁぁぁっぁぁぁ!!」
それを見届けた直後に、
両のふくらはぎが酷く腫れてしまっているのが感覚として理解できる。出来てしまう。
しばらくはまともに立つことさえ出来ないだろう。
「ナイスアイディアだったけど、身体の方が持たなかったみたいだね」
カツカツカツと柔らかい土の上を歩いているとは思えない靴音を鳴らしながら
互いの間が三メートルを切った程度のところでぴたりと足を止め、手にした銃口を
先ほどの失敗から学習したのか、今度はしっかりと腰を下ろして両手で構えていた。
「正直あんまり近づきすぎるのもちょっと怖いんだよね。君何か隠し持っていてもおかしくない気がするから」
「……、はぁ、はぁ、はぁ……。一つだけ聞きたい」
完全に追い詰められているという状況と強烈な足の痛みに依って荒くなった息を無理やり整えるように大きくゆっくりと呼吸しながら、地面に這いつくばるような格好で首だけを使って、銃口を突き付けてきている
「冥途の土産というヤツかい? 大人しく殺されてくれるっていうのであれば、疑問に答えるくらいはやぶさかではないさ」
逆光で
ただ大きなレンズの丸眼鏡が怪しく輝くのみ。
「それじゃあお言葉に甘えて……。今回の件、全ての首謀者はあなたということでいいのか?」
「君の言う全ての範囲がどれほどかにもよるけれどね、でも概ねのことはワタシだね」
「随分あっさりと認めるんだな」
「死に逝くモノへの手向けのようなモノさ」
かちゃりと引き金に指が添えられる。
懐中電灯による目くらましも、一度見せてしまっている以上先ほどと同じ効力は期待できない。
何より目くらましした後でこの場から離れるための足が完全に使い物にならなくなっている。
打つ手なし。
八方ふさがりだった。
ぎゅぅっと拳を握り込み、奥歯を食いしばる。
最後の瞬間を直視するかのように
そして――――、
「じゃあさよならだ」
パァンッッ!!
銃声が雑木林に残響する。
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