喫茶店で?
「まずこの件がヤツの単独犯って線はこれで完全に消えた」
昼過ぎの街中の流れに乗って車を流しながら、
「これは……?」
「ヒイラギ製薬に出向いたときに後で担当者とも直接話を出来るように取り計らってくれるって話があったろ? その件の資料だ。俺はお前達をその場所に送ったらもう一人の方から話を聞きに行ってくる」
「分かった。けど、俺と
「担当者はお前の知り合いだから大丈夫だろ」
「あぁ、なるほど。そういうこと……」
「不思議な縁というモノは意外と身近にあるモノなんですね」
「そうだな。それについては同感だ、が、今はその不思議よりも
「単独犯って線が消えて組織的な犯行であるって証言と、
自分でその言葉を引き出したはずだというのに、少し自信がなさそうな言葉尻の濁り方をしていた。
「お前が聞きだしたんだから自信を持ってくれよ。お前に自身がなけりゃ、俺たちは何に自信を持ったら良いんだ」
「いや、ゴメン……。ああいうのはあんまり得意じゃないから……」
思い出したように大きく大きくため息を吐きだす。
面会室で話をしていた時と比べれば数センチほど肩の高さが下がっているようにも見えた。
「中々堂に入ったいい尋問の仕方だったと思いますよ」
「それって、喜んでいいの?」
「褒められたんだ、喜んどけよ。少なくとも俺じゃ出来ないことをお前はやった、それだけで胸を張るには十分だぜ」
「なんかうれしいけど実感が湧かない……」
「お前は警察官じゃないしな。ただ、ああいう自分に有利な話の進め方ってのは、お前の今後の仕事上で役立たないモノではないだろ、多分」
「……、あー、そう考えるとそうかも」
元々の
想定される本来の業務内容については一切、本当に一切知らされていないため、今のところどう転ぶのかも全く分かっていない。だから、実は納得できる理由は何一つ存在していない。
それでも
心のそこから納得したというよりは、それを受けて納得したという自分を作り出すことで余計な考えを外に追い出して事件に集中することにしたという方がより正しいと言えるかもしれない。
「タイミング的なことを考慮すれば、あのときあの瞬間、どこか近くで俺たちのことを監視していた手のモノがいると、そう考えて良いと思う」
「同意見だ。だからそれを確かめる方法として、いくつか案を考えてきた。内容は渡した封書に突っ込んであるから、読んでおいてくれ。くれぐれも音読するなよ、最悪拉致られたときに身体に録音機だの通信機だの付けられてる可能性もあるからな」
「なるほど……? ってソレもっと早く言ってほしかったんだけど……、本当に大丈夫なの……? 俺そのまま留置所に入ったじゃん」
「あそこは盗聴対策はバッチリされてる。録音系の機器なら回収されるまでこっちの情報は漏れないし、通信系の機器なら、電波が途切れてノイズが走るから問題ない」
そこで車の速度がすぅっと落とされた。
「お前らはここな。俺の名前で事前に予約を取っておいたから、カウンターで名前を出せばすぐに案内してもらえるはずだ。一応コレ持っていけ」
小さめの喫茶店の正面に停車する。ドアを開け、
その途中で、今度は封筒ではなく小さなスティック状の機械を投げて寄こされた。
「ただの録音機だ。使うときは一応お相手さんの許可を取って使えよ」
「了解」
「それじゃあ会いに行きましょうか、向井さんに」
喫茶店の店内に入り、促されるまま奥の四人掛けの座席に通される。
そのまましばらく待っていると緊張した面持ちの
「よかったぁ……。
二人が軽く会釈をして挨拶をすると、
「いや、一応俺たちも括りとしては捜査関係者ってことになっているので、そう気を抜いちゃダメなような……?」
あまりの分かりやすさに
もちろん正直に色々と話を聞けるというのは願ったり叶ったりではある。あるのだが、そこまで露骨に安心されると、訊く側としては少しのやり辛さがあるというのもまた事実ではある。
「そ、それもそうかな……? でも、ほら強面の刑事さんとかだったらやっぱり怖いし、気が気じゃなくなっちゃうし……。ボクはコーヒーと、それからこの本日のパフェを一つお願いします」
案内された座席(
「あっ、コーヒー二つで。溌希さんは……、」
「コーラをお願いします」
コーヒーが得意じゃないことがすっかりばれてしまったからか、溌希の注文は食い気味だった。時期的にまだまだ肌寒さがあるにも関わらず他のホットドリンクではなくコーラを頼む当たり、実は結構よっぽどの甘党なのかもしれない。
「……、それにしても、随分包帯を巻いているけど、一体何があったの?」
「あはは、少し色々ありまして……」
注文を受け取った店員さんが奥へと引っ込んでいったのを見届けてから、
「もしかして事件関連のことで、なのかい?? そ、それならあんまり深くは聞かないようにするけど……」
「お気遣い感謝します」
濁すような
「それで、社長の方からはどの程度聞かされていますか?」
「全部正直に話をしてこいと。例えば機材のことだとか、『龍の死権』関連の話だとか諸々を……。や、やっぱりこれってうちの会社何かやってるの?!」
身を乗り出して、少し声量を控えめにしながら耳打ちをするような格好でそう言った。
「……、直接的な嫌疑が掛かっているわけではないという話は聞かされていないのですか?」
「あれぇ……? そうなの……?」
「まあ少なくとも現段階ではという話にもなるんですが……」
「な、なんだぁ……。そっかぁ……、良かったぁ。ぼくはてっきり社長から直々に自社の嫌疑を晴らして来いって任命されたのかと思ってたよぉ……」
ぐったりと後ろに沈み込むように身体全体から力が抜けていくのが見て取れた。
「昨日の段階では、聞いた話との矛盾点もないし、きちんとお答えも頂けているので、疑いの度合として組織としてこの件に大きく関与しているかもしれないとはほとんど考えていない、というのが現時点でのこちらの見解です」
事前に
何をどの程度話してもいいのかという部分の判断には少し自信がなかったが、恐らくこのくらいはセーフだろうという判断だ。
「……、ん? であればぼくは一体何を話せば……?」
酷く安心した様子を見せながら
「ご、ごめんね。気持ち的には楽にはなれたんだけど、一旦落ち込むと身体の方への影響が結構出ちゃうんだよね……」
首元を軽くさすりながらそんな風な釈明をすぐに口にする。
「あー、お大事に……?」
包帯グルグル巻きの状態で人の体調を心配するのも変な感じだったが、
「なんか、今の
「ですよね……」
お互いに思わず苦笑いを浮かべてしまった。
「それじゃあ、とりあえず『龍の死権』まわりのお話伺いたいんですが、良いですか……? っと、そうだ一応念のために録音させてもらっても?」
「うん、分かりました。録音も構わないですよ」
「お待たせしました、こちら本日のパフェとコーヒーが二つ、コーラが一つになります」
「どうも」
「ごゆっくりどうぞ」
本日のパフェはチョコレートの層が中央辺りに作られたイチゴと桃のフルーツサンデーだった。
真っ先に
机の上においた録音機のスイッチをカチリと入れ、録音が開始された表示を確認してから、
「では改めて……。まずは『龍の死権』に関わろうと決めたきっかけまわりの話をお願いします」
「きっかけですか……? きっかけ、きっかけかぁ……」
それは
当然だ、この『龍生特区』は成立こそほぼ先日と言っていいが、その構想自体はもう数年も温められてきたモノなのだから。
「
「……、デビューがいつなのかって話ですか?」
「うん、そうそう」
「もう、ちょっと前になるって憶えはあるんですけど、いつかって言われるとちょっとうーん?」
「実は四年前なんだよね。本当であれば来月に四周年だったんだ。で、その当時既に龍の生存権を保証する特区構想っていうのが議題としてぶち上げられていてね。ぼくはそれをほとんど同時に知ったんだ。
「……、なるほどということは、最初はお一人でってことですか」
「うん。そうなるねぇ。ただぼく自身そういう行政の仕組みに対するコネクションが当時はあんまりなくってね。結構色々苦労したんだけど、そのうち今の主任が会社に入ってきてね。ぼくの仕事に興味を持った主任が、あっちこっちで色々と手伝ってくれたお陰で何とか今の『龍生特区』の成立に力添え出来る形になったんだよね。だから最初はぼく一人で、途中からは今の主任と二人でっていう期間が長かったかな。特区構想が大分まとまってからは、大分人員とか予算とかも大きくして貰えたけど、それまではほとんど二人でだったね」
一気に説明をして喉が渇いたのか、
「ということは、機材関連の話はその主任さんが中心になっているって考えてもいいので?」
「うん、ぼくは研究職ではないから、そっちの方はほとんど主任に任せっきりだね。この特区構想が成立するのを前提として機材のあれこれを決めてた節はあると思う」
しゃくしゃくとスプーンでサンデーをつつきながら、今度はちびちびとコーヒーに口を付ける。やっぱり熱かったのだろう。
「その様子ですと今の職場に不満はなさそうですね」
「そりゃもちろん。色々と自由にさせてもらっているし……。って、あれ……? コレもしかして、会社としては疑われてないけど、単にぼく個人が疑いを持たれてるって話になってる……? う、嘘だよね……?」
サンデーをつついていた手を止めて、やや上目遣い気味に
我関せずといった調子でコーラを飲んでいた
「何にも知らなかったら、そういうこともあったかもしれないですけど……。俺たちはあなたが滅茶苦茶落ち込んでたの知っているので……」
ハッキリと濁すことなく
一応紙性のナプキンで口元を拭いながら
「そ、そう? 良かったぁ……。でも、本当に不思議な話だよね。傍からみて分かるほど落ち込んでいたぼくのことを励ましてくれた相手が今度は警察の協力者としてぼくの前に現れるんだもんねぇ……。なんというか、運がいいでいいのかなぁ?」
「運が良いかについては差し控えるとしても、不思議っていうのはその通りですね。こんな巡り合わせは中々ないですよ」
「うんうん。他には何か聞きたいこと、あるかい?」
「そうですね……。動機の方も機材の方も知りたいことは概ね知れましたので……、」
口元に指を当てて少しだけ思案する。
今すぐに聞いておきたいことについてはあまり心当たりがなかった。
「そう言えば少し変な噂話を聞いたんだよね。今の
「それは誰からの情報ですか?」
「誰というか、うわさ話だから、特定の誰かから聞いたとは言い辛いんだよね。また聞きのまた聞きみたいなモノだし……」
それは情報源としてはあまり信頼性が高くないという予防線のようなモノなのだろう。
「分かりました、それならさわりだけで良いので教えて貰えますか」
「うん。それが竜胆町一七番地区の雑木林に夜になると龍が出るって話でね」
「龍が出る……?」
ちらりと
「うーん。そういう噂が立つ多分人型ではなく元の龍の姿に戻ってるって話だよね、多分」
内容を聞いて
バケモノが出るでもなければ幽霊が出るでもなく、わざわざ龍が出るという具体的な形、具体的な固有名詞を伴なう以上それに先立つ何か自体はあるのだろう。
ただ本物の龍はそういう人々の噂の俎上にあげられるほど迂闊な行動を取るほど愚かな真似をすることは……、恐らくない。
だからその噂の正体が本当に本物の龍である可能性は限りなく低いだろうと、
しかしそれでも――、
「一応警察と協力して夜間の警備を強める方向に持っていくよう努力はします」
調査は必要だと判断する。
そして、
「とりあえず、今夜にでも俺と
警察側と連携が取れなくとも情報を貰った以上は何かしかのことをしなければいけないとも思った。
のだが、
「わたしも一緒に行くの……?
「え゛ぇ?? この流れなら普通一緒に来てくれるヤツでしょ!?」
「
実は
「……、確かにそれはそう。俺が悪かった、一人で行ってくる……」
はぁとため息を吐きだしながら
まだ春先なため夜は結構冷える。ついでに夜の雑木林という所を一人で歩くというのは結構心細いものだと、経験則で知っている。
だからちょっぴり憂鬱だった。
憂鬱だったが、自分の中の義務感から逃げ出せるほどの忌避感は抱けていなかった。
「あはは……、一応、今のうちに地図アプリでまわりのこととか確認しておいたら、少しはマシかも……?」
「うん、そうしましょうか……」
懐から携帯端末を取り出して、地図アプリを開きざっくりと住所を入力する。
そこに映し出されている場所を見ると、ただっぴろい雑木林が広がっているだけで周りには夜間に空いていそうなコンビニの一つも全然ない。
「これは結構しっかりした懐中電灯を持って行った方がいいかも……?」
パフェをつまみながら
「確かに……。アウトドア用の懐中電灯ってこの辺の普通のホームセンターで売ってるかな?」
「えっっとどうかな……? すごいのは買えなくてもそこそこのヤツなら売ってそうではあるよね。……、高いのでも三〇〇〇円くらいっぽいし、普通に置いてそう、かな」
「限定のセール価格っぽいので、実店舗で買うとなるともう少し高くなりそうです」
「えっ? あっ、本当だ」
恐らくは四、五〇〇〇円くらいの出費になるのだろう。
「まーでもこれは必要経費!! 多分、領収書を切ったら経費で落ちる、多分!!」
「ぼくからも少し出そうか? 変なこと押し付けちゃったみたいだし……」
「いえいえ!! 後でこの間一緒にいた警官の人に立て替えてもらうのであんまり気にしないでください」
申し訳なさそうな
「他には何か気になっていることとか、ありますか?」
だからそのままこの話題はもう終わりという気持ちを込めて二の句を続ける。
「ぼくからはもうないかな。
「えぇ、一応は」
「じゃあ何か聞きたいこと思い出したらまたいつでも連絡くれていいからね」
「ありがとうございます。じゃあ
「分かりました」
そうして席を立ち、会計を済ませて喫茶店を出ていく。
向井は二人の背中を見送りながら残っているサンデーを食べてしまおうとスプーンを動かしながら、
「本当にこの件が早く決着つくといいなあ」
小さな声で一人ごちた。
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