尋問の中身は?

「そ。じゃあそのまま失礼して……。俺は昔っから龍が好きでね。ずっと龍について調べたり、人に聞いたり、おとぎ話とか史実とかを読んだり、自分なりに解釈したりしてたんだ。なんで好きになったのかとか聞かれると今一自分でも理由を言語化出来ないんだけれどね」


 島後とうごの冷めた目はさらに細められて、目尻にキッと力がこもる。


 その様子に気が付いた奈也人ななとはわざと薄らと笑みを浮かべて見せた。


「龍は確かに実在しているし、言葉だって交わすことが出来るはずなのに、どういう訳かほとんど人前には出てこなかっただろ? 小さい頃の俺にとってはそれが不思議で不思議でしょうがなかったんだよ。例えば幽霊とかはさ、コミュニケーションが取れたという記録も無ければ、実在を示すデータだってない。でも龍は違う。ずっと昔から人の傍に存在しているということは確信に近いレベルで文献が残っている。だというのに『人の感覚』以外の方法では立証出来ていなかった。確かに実在していて、存在を誰も疑っていない。だのにも関わらず立証がされないというのはあまりにも不可解だ。子供ながらにそんな風に思っていたんだよね。最近は龍の実在を証明する論文や研究結果も公表されるようになったし、こうして『龍の生存権』が公に認められる都市も出来たんだけれどね」


 とりとめのない言葉だった。


 話始めと言葉終わりが直接的な繋がりを持たない、ただ本当に漫然となんとなくぱっと頭に思い浮かんだことをさらりと吐き出したような言葉の連なり。


 だけれど、それは。


 いや、だからこそそれはというべきだろう。


 島後とうご末理まつりの気を激しく逆撫でした。


「分かっていてわざわざそういう話するってのは随分と趣味が悪い……!!」


 両拳をカウンターに向かって力任せに振り下ろして、ドンッ!! と派手な音を立てる。


「分かっていて、とは?」


「アタシが龍を嫌っていることを分かっていて、って意味だよ。どうせわざとなんだろ?!」


「……、まあ君自身の言葉で女性としての川柳瀬かわやなせ守莉まもりを殺したかったわけではないというのは聞いているし、そう捉えられても仕方なくはあるか」


 応答というよりは独り言や独白に近い物言いだった。


「はっ。まさかそんな意図はありませんでしたとでも言うのか? あり得るわけがねぇだろ!!」


「そうは言われてもこちらとしても君の人となりなんて分からないし、今君自身が何を考えているかも正直良く分かっていないからね?」


「白々しいんだよ、クソがぁっ!!」


 両拳を握り込め、手錠を嵌められたままの両手を大きく振りかぶって、目の前のアクリルパネルへと叩きつける。


 透明なアクリルパネルが微細な振動を起こしてビリビリと音を立てた。


(少し露骨に揺さぶってみるか……)


 ふっと肩の力を抜くように息を吐きだして、それから目を細め――、


「それじゃあ君は龍が憎いってことで良いのかい?」


 確信に近い一言を投げかける。


「……、」


 だが、訪れるのは沈黙ばかりで答えは返ってこなかった。


「まあそりゃすんなりとコトを話してくれるのであれば、君の尋問のお鉢が俺に回ってくることもないだろうしね」


 もうすっかりお馴染みのヤレヤレと軽く肩を竦めるポーズを取って、そのまま言葉を続けていく。


「ただ正直不思議なんだよね。この五〇年で龍に関する事件や事故は公的には二件しか起きていない。しかも一件は君自身が起こしたものだ。だから君が龍に対して恨みを持つきっかけとでもいうべきモノに該当するのはただの一件しかない。でもその事件は一六年前に起きたモノだ。俺が六歳の時で、君はもう少し年下の時。あのときの被害者に五歳以下の子はいなかったはずだ。まあそれとは関係なく君の家系に古くからの龍との確執がある可能性ってのも無くはないのだろうけれどね」


 ガンッ!! と今度は額がアクリルパネルに叩きつけられた。


「よぅく分かってんじゃねーか。よくもまあペラペラペラペラとこっちの気分を逆撫でしてきやがって……!!」


「それは答えになっているようでなっていない」


 口元に貼り付けたような笑みを浮かべて、首を小さく横に振る。


「チッ……!!」


 バッ!! っと沸騰したやかんを素手で触ってしまったときのように反射的な身体の引っ込みがあった。単に機敏な様子で上半身を引いただけとも言える。


 苛立ちを見せつけるように、パイプ椅子にドカッ!! と腰を下ろして、枷のついたままの足をこれ見よがしに組んで見せる。


「分かった、少しだけ付き合ってやるよ」


 それは苦虫を噛み潰した様な表情で、絞り出すような声色だった。


「それは助かる。じゃあまずは何を聞こうか、手始めはそうだな……、君の趣味趣向でも教えて貰おうか」


「……、そんなものを聞いても意味なんかないだろ。ふざけてんのか?」


「意味ならあるさ。俺が君の好きなことを知りたいからね」


「……。好みとかそんなものはない」


 ギリリと奥歯が軋む音がした。


「なるほど。今まで一度も恋をしたことがない、と」


 したり顔で奈也人ななとが頷く。


「頭、イカレてんのか……?」


「認識に齟齬があるのであれば、君の口から君自身の言葉で訂正して貰えると助かるんだけどね。相互理解っていうのはお互いの認識をすり合わせた先にしかないのだから」


「……、調子に乗ってんじゃねーぞ!! こっちは別にアンタに興味なんか一切ないんだよ!! ただ、気味の悪いヤツの言葉を一方的に聞かされるのに耐えかねたってだけなんだし!!」


 ドガッ!! とまたしても島後とうごがカウンターを強か蹴りつけた。


 だけれどその様子は先ほどまでとは少しばかり毛色が違うような感じがある。


 確かに言葉には怒気が込められているし、暴力的な行動も据え置きだ。だというのに、今までとは少しだけ何かが違う。


(カッとなって感情が昂ってるのを自覚して直後に抑制している……、といったところか)


 それは明確な変化だった。


 今まではただだんまりを続けつつ、感情的な発露によって取り付く島を失くすようにしていた節がある。


 それが変化したということは、つまり目の前の相手に対してそういうことをしても効果がないと判断を改めたということだ。


 そうであれば――、


「それは、言葉通りに俺のことを知りたくないという意味ではないよね? 例えば、……そうだな、過去に同じものを見たはずなのに、自分とは全く違う考え方に辿り着いた相手のことを知ってしまうのが怖い、とか。いや、怖いというよりは認めたくないという方向性の方が近いのかな」


 更に推測を飛躍させていく。


 今度の反応には激しさはなかった。


 ただ、視線だけで命を奪おうとしているかのごとき鋭さが突き付けられる。


「何もかも計算ずくって訳かよ……」


「何もかもって……、それは買い被りがすぎる。単に俺が勝手に判断したことを勝手に言語化しているだけでしかないよ」


「そういうところが気に食わねえ……!! したり顔をするなら最後までして見せろよ。何なんだ、アタシのことを見透かしています見たいな態度をしたかと思えば、のらりくらりと躱しやがって……、そういう意味わからないバランスの取り方が鼻に付くんだよ!! 本当にッ!!」


 背後で見守る伊森いもりが「ヒュー」と口笛を鳴らそうとして失敗し、スッカスカの呼気音を立てる。もしかすると伊森いもりなりに何か意図があってそういうことをしようとしたのかもしれないが、口笛をうまく吹き鳴らすことが出来なかったので、溌希はづきに呆れたようにため息を吐かれるだけに終わってしまった。


「俺が君の感情を読むための努力をすることと、俺が君のことを知っているかどうかってのは全く別の話だからね。だから理解しようと一生懸命君の言葉を解釈しながら逐一確認を取っているに過ぎないよ。別に深い他意があるわけじゃない」


 ある意味では非常に情熱的な言葉と言える。もちろんこの場所が留置所の面会室で、被疑者と審問官というお互いの立場から目を背けられればの話ではあるが。


「……、キショい。言っていることがかなりキショい……」


 わざとらしく肩を震わせてガタガタとパイプ椅子まで音を立てさせる。


(いくらなんでも殺害の実行犯にキショい扱いされるのは痛烈に納得できない……。どう考えたって俺なんかよりそっちの方が何倍も何十倍もキショいだろ……)


 思わず素のため息を吐き出しそうになった。が、意識して呼吸を整えることでそれを飲み込む。


「まっ、何と言われようが別に構わないけどね。どれほど女性特有の言葉のナイフを持ち出したところで君と俺の立場に変化が起きるわけでもないし、踏み込みを緩める理由にも、もちろんならない」


「……チッ」


 露骨に感情に訴えるような真似をしてくるのは初めてだった。それもやはり島後とうごに変化があったことを証明する。


「ただし、そっちがテコでも俺と言葉の応酬をしたくないって言うんなら、何を言われても完全に沈黙し通すという手はあるけれどね。何せ時間は無限じゃない上に、俺は君と無限の根競べを続けられるだけの時間は持ち合わせていないから」


「はっ!! いいのかよ、そんなことをアタシに教えてくれちゃってもさぁ!!」


(急にレスポンスが早いな……)


 やや食い気味な島後とうごの反応に思わず笑いそうになってしまった。


「対等な立場とは到底言えないけれど、だからと言ってフェアネスを欠くようなこともしたくないからね」


 軽く咳ばらいを挟んでからすぅっと視線を合わせにいく。


「なんだそりゃぁ……。フェアネスって……、フフ、フハハハ……、アハハッ、アッハハハッハハハ!! 本当に何から何まで気にくわねぇ……!!」


「それに俺は信じてもいるからね」


「あぁ? 何を信じるって言うんだよ」


「どれほど君が口を閉ざし続けたとしても、この件を捜査する関係者の全員が意思を持って真実を追い求めていけば、必ず最後には答えに辿り着くことが出来るってことをさ」


 楽観論のようにも聞こえる物言いだった。


 だけれど、そこに浮ついたような感覚は存在しない。


 浮ついた理想論としてではなく、その言葉を事実にしていくための努力を放棄するつもりがないということを自らの胸に刻み込むための言葉なのだから。


 奈也人ななと島後とうごの視線がかち合う。


 しっかりと、見つめ合うように。


 お互いに視線を離さなかった。


 島後とうごが前歯を使って僅かに下唇をむ。血色の良かったその箇所は頬に余計な力が入ることによって圧迫され白んだ。


 頬だけではなく、アゴの方にもグッと力が入っていることが見て取れる。それは、そのまま下唇を前歯が突き破るのではないかとさえ思えるほどのモノだ。


 眼前できつく噛みしめられる唇の様子に一瞬目を奪われてしまいそうになるが、ぐっと堪えて島後とうごの目へと視線を固定したままでいる。


 このまま次の相手の言葉を待つ必要があると、そう感じていた。


「……、少しだけだ。少しだけ話をしてやる。そもそもアタシが何も語らないのは、アタシ自身はほとんど何にも知らないからだ。今回のことはアタシが自分自身で計画して実行したわけじゃない。アタシは多分たまたま実行部隊として選ばれただけの存在だよ」


 しばらく見つめ合った後でやや自嘲するように目線を外し肩の力をガクっと抜いて話し始める。


「誰が計画を立てたかは知らないし、どうやってアタシのことを選んだのかも知らない。知っているのは、接触してきた相手が男だったことと、妙に響く靴音を鳴らして歩いているヤツだったこと。そのくらいだ、他は知らない」


 今までの気性の激しさが嘘のような穏やかな口調で、含み笑いを零しながらそう言った。


 ほとんど何も知らないままで操り人形のように動かされた自分自身のナニカを笑っているのかもしれない。


「なるほど……。話してくれてありがとう。もう一つだけ聞きたいことがあるだけど、良いか?」


「言うだけ言ってみな。答えるとは限らないがな」


「じゃあ失礼して……。この件で君は何かを得られたのか?」


「さぁどうだかね……。それが最後の質問なんだったら、もうさっさと帰れ。いい加減いいだろう」


「……、そうだね、そうさせて貰うよ」


 言葉と共に立ち上がってパイプ椅子を畳み振り返ると、溌希はづき伊森いもりはもう既に面会室のドアを開けて部屋から出ようとしていた。


(行動が早い……)


 パイプ椅子を元の場所に片付けて、二人の後を追いかけるように出入口へと寄る。


 部屋の外へと出る前に島後とうご末理まつりを一瞥すれば、ギロリとまたしても睨みつけられた。


「もう来るなよ。アタシはオマエになんか二度と会いたくもないんだ」


(まあ殺害の実行犯に好かれたいとも思っていなかったのだけれど、それにしても随分と嫌われたモノだ)


「……、それじゃあ、さよならってことで」


「ハッ!! 清々するぜ」

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