またしても尋問へ?

 剃り込み頭の男を連行し、そのまま街の南側へと移動した。


 目的の場所は留置場だ。


 昨日と同じように通路を抜けて、昨日と同じようにドアをくぐる。


 そうすれば昨日と同じようにアクリル板の向こう側で島後とうご末理まつりと対面することになる。


 アクリルパネルの正面に奈也人ななとだけが座り、伊森いもり溌希はづきが後ろで腕を組んで静観するところまで同じだ。


「チっ……」


 露骨な舌打ちが面会室の中に響いた。


 正面に座る島後とうごの表情が「昨日の今日でまた来やがって」とありありと語っている。


「事件についてというよりは、ちょっと君自身の人となりを知りたくてね」


 しかしそんなことはどこ吹く風と、これ見よがしに肩をすくませながらため息を吐きだして見せる。


「まずはそうだな。君の動機についてなんだけど……、君は彼女、川柳瀬かわやなせ守莉まもりさんが龍だから殺したいほど憎んでいたのか、それとももっと単純に川柳瀬かわやなせ守莉まもりという存在そのものを殺したいほど憎んでいたのか。一体どっちなのか答えてもらっても良い?」


 それはある意味では些細なニュアンスの違いと言ってもいい。だけれど別の捉え方をするのならば、天と地ほど、月とスッポン、ハゲとカツラくらいには大きく隔たっているとも言える。


「……、」


 今度は無言の間と共にギロリと鋭い眼光に睨みつけられた。


「いや、言いたいことは分かる。その質問は思い切り事件に関係あることだろうって。でも違うんだよね、イタチとフェレットくらい違うことが聞きたい。……、イタチとフェレットは大分似てるな……」


 口早く釈明をした後に、自分のたとえに自分で首を捻った。


「……、そう言えば捜査が行き詰まったらまた来るとか言ってなかったか? なんだ、一日そこらで根を上げたんじゃ、アンタも大したことないな」


 すっ呆けた奈也人ななとの態度をせせら笑うように口角を持ちあげる。


「まあ俺が大した人物なのであればそもそも、君に対しての尋問だってもっとスムースに上手く行っているだろうしね。そこはあんまり否定しないよ」


「チッ……!!」


 奈也人ななとの反応がどうにも気にくわなかったようで、これ見よがしな舌打ちが返された。


「他者を恨むっていうのは、やっぱり大きなエネルギーがいるだろ? 多分、それは俺なんかより君の方がずっとずっと詳しいと思うのだけれど……。で、その恨みとか憎しみとかって代物もやっぱり矛先がはっきりしていればしているほど、濁りが薄くなって、エネルギーの持続がしやすくなるんじゃないかなと思う訳なんだけど……、どう?」


「そんなもんを知ったところで一体何になる……?」


 島後とうごは理解が出来ないモノと相対しているかのような表情を浮かべる。


「何にもならないかな。言っただろう、少し君自身の人となりを知りたいって。俺と君が今共通して持っている話題は、コレ関係の話しかない。だから、このことについて聞いてるってだけだよ」


 そんな答えにますます島後とうごの表情が歪んだ。


「アンタハッキリ言って気味が悪いよ」


「……、心外だ」


「アンタはどうやら他人のことを憎いと思ったことがたったの一度だってなさそうだな。いいよ、教えてやる。大体どんな奴だって自分自身の憎しみの源泉なんか完璧に把握出来ちゃいない……!! そんなもんを把握しようと思ったら自分の性根の醜さと向き合わなくちゃいけなくなるだろうが」


 全ての苛立ちの原因がオマエなのだと言わんばかりの糾弾だった。


「憎しみの源泉を知ることは自分自身と向き合うということ……、か。なんだ中々いいことを言う」


「クソが……っ」


「でも、そういう言葉が出てくるってことは、君自身はきちんと向き合ったんだろう? その時出した君なりの結論って奴を聞かせほしいんだけどな」


 心を見透かすような言葉。一度解いた立体パズルを元に戻してもう一回解いている時のような安易さ。


 突っぱねたところで意味がないような気にさえさせられる。


 偽りを答えたところで、そこから滲みだす別の何かに気が付かれるような気にさせられる。


 本当のことを答えたとして、自分が思っているよりももっと深い何かをドロドロのままで鷲掴みにされるような予感がする。


 まるで洪水と対峙しているような感覚。


「……、気に喰わねぇ」


「この状況で俺のことを気に入るような手合はそれこそ狂人だ」


 それはつまり目の前の相手のことを狂人だとは見なしていないということに他ならない。


「アタシは……、狂人だろうがよぉ!! あぁ!?」


「いや、違う。君は単なる罪人だ。その身で罪を受けることを大前提として行動している。でなければあんな大勢の視線が集まる場所でいきなり刃を振ったりはしない」


「随分知った風な口を聞きやがる……」


「別に事実を踏まえた単なる予測に過ぎないよ、こんなモノは」


 太刀上たちかみ奈也人ななとは目の前にいる女、島後とうご末理まつりのことを確信犯だと固く信じている。


 だから絶対にそのラインから支点を外さずに決め打ちをする。


 その強固たる確信が、島後とうごの目には異様に映り、心を揺すぶり動かす。


「……、少なくとも嫉妬の類ではないってことだけは、明言しておいてやる」


「嫉妬ではない、ね……」


「……、」


 女性としてアイドルへの劣等感が原因ではないという旨の発言だろう。そうであれば男女間における私怨という線も限りなく薄くなる。


「じゃあまた少し話を変えようか。捜査資料を少し見せてもらったんだけれど、君の過去って本当に何にも出てこないのすごいね。正直ちょっと笑っちゃうくらいに過去の足跡がないんだよね。まるで犯行直前にどこかからにょきにょき生えてきたみたいにさ……。実は君ってアルラウネか何かの仲間だったりしない?」


「アタシからすればアンタの方がよっぽどバケモノに見える」


「……、まあ先にバケモノ扱いしたのはこっちだし、心外だけれどそれは甘んじて受け入れようかな。でも、君の住んでいるワンルームの何もなさは流石に少し異常性があるよ。寝具と電子レンジと冷蔵庫と洗濯機とそれに付随する関連物以外のモノがほぼないなんて、現代人としては中々ないでしょ? 携帯端末の履歴とかも調べさせてもらったけど、ゲーム系のアプリだって一つたりとも触った形跡がないみたいだし。……、もしかして現代日本の環境下で仙人になる為の修行でもしてた、とか?」


「……、」


 返答はなく、ガンッ!! とカウンターを蹴とばす音が室内に響き、アクリルパネルが衝撃に震える。


「別に答えたくないならそれで構わないんだけど、もう少し穏当な方法で意思表示できない?」


「死ね」


 モノに対して八つ当たり染みたことをするのを咎めようとすれば、いっそ清々しいほどに簡素な返答が寄こされた。


「君は好きなモノとかはないわけ? 例えば……、流行りのあの曲が好きだとか、あの俳優がカッコイイだとか、あの芸人が面白いだとか、いっそコーヒーがおいしいとかでも、お茶がおいしいとかでも、カレーがおいしいとかでもいいよ」


「……、」


 当然のように返答はなかった。


 ただ鋭い目つきが嫌悪感を露わにするばかり。


 しかしそれはそれで構わなかった。


 相手のことを知るにしても方法は色々とある。


 例えばあからさまな虚偽を言わせる方向へと誘導することで、相手が嘘を吐く時の癖が確認できる。


 例えばわざと答えたくない質問を吹っ掛けることで答えに窮した場合の挙動を観察し、さらに質問を被せることで感情の動きの変化を見る。


 例えば敢えて地雷を踏みに行くことで振れ幅を確かめつつ高ぶった感情のままに言葉が零れるのを待つ。


 太刀上たちかみ奈也人ななと島後とうご末理まつりについて知っていることは警察から共有された捜査資料に記載がある内容と、それから少なくとも心や言葉を偽るプロフェッショナルではないだろうということだけ。


 だからただひたすらに言葉で揺さぶりをかけ続ける。


 感情の揺れ動きから何らかの情報を引き出すために。


「君が話をしてくれないのであれば、俺の話をしようか。あっ、もしかして興味ねぇよとか思った? それなら君の話してほしいんだけど」


「興味はねぇが聞いてやるよ」


 島後とうごは冷めた目で僅かに鼻を鳴らして、奈也人ななとに話を続けるように促した。

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