論理的な正しさはだけれどそれ以上を示すことはできない

一呼吸おいては?

 翌日、身体の調子を少し確かめてから太刀上たちかみ奈也人ななと太刀上たちかみ溌希はづきは警察署へと出向いた。


 溌希はづきは昨日と同じタイトスーツを着ているが、奈也人ななとは昨日のスーツとは違うえんじ色の真新しいモノを身に着けている。


(まさか予備をこんなに早くに卸すことになるとは思わなかった……)


 ネクタイもジャケットもスラックスもシャツも何もかもが自分の血でベチャベチャにされてしまったのだからクリーニングに出すほかなくなってしまったのだから仕方がない。


「おう来たか」


 警察署、最上階会議室。


 その場所には長机の上に資料を広げ、ホワイトボードに何枚かの顔写真を貼り付け、マーカーペンを動かす伊森いもり椙臣すぎおみの姿があった。


「来たってことは、身体の調子はもういいのか?」


「まあ。ついでに言うと検査結果がこっちに回されるって話になってるらしいからそれを確認したいって気持ちも大分大きいな」


「本当ですよ、どうして奈也人ななとの身体の検査なのに結果を直接、奈也人ななとに教えてくれないのですか!!」


 タハハと、少し笑いながら頭に巻き付けられた包帯を軽く撫でる奈也人ななとの隣で溌希はづきが腕を組んでふんっと鼻を鳴らした。


 警察側の対応に大きな不満を持っているのは奈也人ななと本人よりも溌希はづきの方であるらしい。


「えぇ? なんだそりゃ、俺はこっちにも回すように要請しただけで、お前達に直接結果を伝えないようにとは言っていなかったはずなんだが……?」


 文字を書き終わった伊森いもりがペンに蓋をしつつ首を捻り、ペンを置いて長机の上から一枚の封書を掴み上げる。


「お前らにももう結果が渡ってると思って俺が先に一人で見ちまったぜ」


 開封された封書から中身を取り出して二人へと差し出す。


「……、どれどれ?」


「特別の異常は見当たらずと書かれていますね」


 二人が揃って診断結果を覗き込む。


 白血球赤血球の量から、血圧、血糖値までびっしりと数値が書き込まれ、その全てが正常の範囲内であると記載されている。


「そうそう昨日の男から押収したモノの中に注射器と薬品があった。注射器の方からはお前の血と同じDNAが検出された。だからお前は昨日間違いなくその薬を注射されたってことになる」


 奈也人ななと自身はその薬の影響でその出来事自体の記憶に自信が持てなくなっていたため、それを聞いて、やっと記憶の中の出来事がすべて真実だったという確証が出来て少しほっとした。


(……、いやホッとするな。薬を注射器で打たれたんだぞ、大事ないとはいえホッとするようなことじゃない……!!)


 直後に軽く頭を振って自分の考えを否定する。


「その薬というのは、一体どのようなモノだったのですか?」


「……、鑑識が言うには龍の血を原材料に含む麻酔の一種であるらしい。効果は強力だが、後遺症の出るようなモノではないってことだったな、良かったなコカインとか打ち込まれてなくってよ」


「……あはは、笑えない冗談言うの止めてくれる?」


 奈也人ななと自身が一番心配していた部分についての疑問も解消され、大分気が楽になった。


「悪い悪い。っと、昨日の男についてだが、正直まだ裏取りをしている段階だから確定ではないんだが、どうやら市外の反社組織と直接の繋がりがあるらしいことが分かった」


「……、じゃあその薬品もそっちの伝手ってことか?」


「そこは捜査中。ただまあ可能性は高いな。むしろ問題なのはお前に使われたこの薬品がいわゆる違法薬物の類じゃないってことだ」


「それは、正式に認可された薬品という訳ですか?」


「そう、医療用の麻酔として流通が認められているもんだ。まあ特定の医療機関以外への販売流通は取り締まりの対象になる部類のもんだから、お咎めなしという訳ではないがな」


 ホワイトボードに貼り付けられた注射器の写真をコンコンと指の背で軽く叩いて見せる。


 その横にプリン頭の男の写真も貼り付けてあった。写真の下には衣魚根ほんくいもとさい(29)と氏名と年齢の記載がある。随分と読み辛い名前だ。


 さらにその横には島後とうご末理まつりの写真と名前も貼り付けてあった。


「……、何か繋がりが分かったのか?」


「いや、まだ何とも言えないな」


「事件の捜査って大変なんだな」


「大変じゃないなら警察はいらないからな。っとそうだ、これから向かう会社のことについて少し話をしておくか」


「確か希龍血株式会社だったよな? 随分怪しいって話らしいけど……」


 奈也人ななと昨日伊森いもりから受け取った資料をの内容を思い出しながら言葉を選ぶ。


「あぁ。正直昨日の尾行やらお前の拉致やらにこの会社が何らかの関与をしている可能性すらあると思っているぜ」


 伊森いもりは少し渋い顔をしていた。


 もしかすると、昨日の今日でこの会社に奈也人ななとを連れていくべきではないかもしれないと考えているのかもしれない。


「お前がそう思っているのであれば……、俺を置いて行くのはなしにしてほしい」


 奈也人ななとは彼の心情を察したのか、それとも別の理由があってなのかは分からないが、ともかく昨日と同じように自分も同行する形を取ってくれと主張する。


「いいんだな?」


「あぁ。あのままこの会社から背を向けたんじゃ、今後一生俺はこの会社に対して怯え続けなくちゃならなくなる。そんな気がする。それはイヤなんだ。俺は何にもビクビクと怯えることなく日の光を浴びて生きていたい」


「なんだそりゃ……」


「ふふっ、奈也人ななとらしいですね」


 二人から呆れが半分、面白が半分といった反応が返ってきた。


「分かった、それじゃあ今からいくぞ」

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