助けられた後で?

「おい、にしてもコレやべーぞ……。救急車呼ばねーと」


「そうですか? 出血は大分派手ですけど、傷自体は、打撲と打ち身が中心っぽいので傷口だけ手当をしておけば、多分動き回るのにそう支障はないかと」


 一旦プリン頭の男とその仲間を所轄のお巡りさんに引き渡し、太刀上たちかみ溌希はづき伊森いもり椙臣すぎおみ太刀上たちかみ奈也人ななとの容体を確かめていた。


「おいおい、流石に無理だろ……」


「傷自体は骨折もないようですし、それほど憂慮すべきモノではないですよ。ほら、見てください、この辺りの傷口とかもう固まって塞がりかけていますから」


「……、そういう問題じゃないだろ……。女は血に慣れてるとはよく言うが、流石に溌希はづきさんは肝が据わりすぎだぜ……。とりあえず救急車は呼ぶ、その間に溌希はづきさんは奈也人ななとの応急処置をしてください。俺の車の中に救急キットが一式揃っているので」


「あなたは?」


「捕まえた男の方にちょっと話を聞いてきます」


「良いでしょう。分かりました」


 伊森いもりはその場に脱ぎ散らかされているトランクスとスラックスとベルトを嫌そうな顔で摘まみ上げると、プリン頭の男を拘束している所轄の刑事の元へ足を運ぶ。


「手錠が合っても穿くくらいは出来るだろう、穿け」


 車の中に押し込められたプリン頭の男へと拾ってきた衣類を投げつける。


「ふんっ」


 男は伊森いもりの行動を鼻で笑いつつも、言われた通りトランクスを穿きスラックスを穿く。流石に手錠を付けたままだとベルトを付けるのは難しかったようで、そこは諦めて手に握ることにしたようだった。


「まず、なんでアイツを狙った? 明らかにタイミングが良すぎる。一体どこの誰の差し金だ? 答えろ」


 明らかに怒気を孕んだ高圧的な物言いだった。


「ハッ!! そんなもん、話すわけがねーだろうがヨォ!! こっちゃ金だってたんまり貰ってんだ!!」


「ほう。金を貰っているねぇ」


「あっ……。クソがヨォ……」


「やはり依頼主がいるのは確定か。それで、一体どうやって俺たちのことを知った? あんな短時間で尾行を決行するなんざ、よっぽどの即断即決だよなぁ?」


「ケッ、これ以上は言えねぇな!!」


「……、そこまで義理立てするほどの相手ってことか」


 プリン頭の男の悪意の籠った視線を完全に無視して伊森いもりは腕を組んで少し考えるようなしぐさを見せる。


「はっ!! 依頼人がどうとかは関係がねーんだよ!! こっちゃ信用が命なんだ、それを失くしちゃ死んでも取り返しがつかねェぜ。例えサツに捕まったとしてもなァ!!」


「まっ、今すぐに吐かなかったとしてもどうせ調べりゃ芋づる式に分かるこった」


「知らねーな。それなら勝手に調べりゃいいじゃねーか。調べられてバレるのと自分で口を割るのとじゃ大違いなんだよ、こっちではヨォ!! たわけてんじゃねーぞ、アァ??」


 伊森いもりは悪態をついたプリン頭の男を一瞥し、車内へとぐいっと一歩踏み込むとセーフティーを外さないままで配備されている拳銃を取り出して、軽く見せつけた後で、トントンと男の太ももを銃身で叩いた。


 いや違う。それは銃身で太ももを叩くのが目的だったわけではない。


「あっ、えっ……」


 伊森いもりの冷めた目線と銃口が示す場所の意味を瞬間的に理解してしまい、プリン頭の男は顔を青くした。


 ごちゃごちゃ言ってると、ド玉に鉛をぶち込むぞ。


「今欲しい情報は粗方分かったし、時間を掛けりゃ深堀出来る目途もある。とりあえずは良いってことにしといてやる」


 拳銃をスーツの内側に備え付けているホルスターへとしまい、プリン頭の男へと嘲笑にも似た笑みを投げて、車のドアを外から閉じる。


 それから他の刑事にその男はもう連れて行って貰って構わないことを伝え、再度奈也人ななとの様子を見に戻る。


「すぅ……、あ痛っ、いつつっ……」


 車に備え付けてある担架に乗せて血だまりから引き離され、上衣を脱がされて頭部と上半身の応急処置を受けていた奈也人ななとが丁度目を覚ましたタイミングだった。


「あ、あれ……? 溌希はづきさん? あぁ、椙臣すぎおみも……、あれ? なんでこんなところに……? ん、あぁそういや明るいな……?」


 目覚めてすぐに上体を起こそうと試みたモノの、頭の内側と外側とそれから体のあちこちから生じる鈍い痛みにうめき声をあげる羽目になった。


「おう、目ぇ覚めたか。ったく心配させやがってよ」


「そんなすぐに起き上がろうとしないでください。ケガ自体はそれほどでもないとはいえ、あちこちに包帯巻いているんですから」


「包……、帯……?」


 疑問形で復唱し、痛みの少ない腕と目線を動かして、腹部や首元、頭部の具合を少しばかり確認してみる。


 網目の荒い包帯の感触とその下に添えられているコットンガーゼの感触が身体のあちこちから指先に伝わってくる。持ち上げた腕にも当然のように白い包帯は巻き付けられている。ただ白いとは言ってもあちこちからじわりと血が滲みだして小さな赤いシミが出来てもいる。


「あ、あぁ……、そうか……、俺襲われて……」


「実行犯と見張りの数人はこっちでしょっ引いた。今日もう一か所回る予定だった会社には断りを入れてある。お前はこのまま病院送りだ」


「そっか。……、この場合はありがとうっていうべき? それとも悪いっていうべき?」


「ありがとうでいいぞ。そもそもお前が捕まったことに落ち度はねーんだ」


「じゃあ、助けてくれてありがとう」


奈也人ななとそれよりも一体何があったのですか?」


「何が、って言われても、俺自身正直あんまり把握できてないんだけれど……、ファーストフードの出入口のところで二人組とすれ違ったと思ったら、多分スタンガンを喰らって、それで……。得体のしれない薬品を血管に打ち込まれた……、多分。で、気が付いたらこの場所にいて、ちょっと前までボコボコにされてた、かな」


 意識の混濁と極度のストレス状態から解放されたばかりであるため、自らの記憶が正しいものであるのかどうかさえ、確信が持てなかった。


「薬品を打たれた……?」


「あー、うん。多分……。右腕かな、上腕部、正面側中央辺りに注射痕が多分残ってると思うんだけれど……」


 軽く腕を上げて見せるが、その部分にはがっつりと包帯が巻き付けられていて判別できなかった。


「悪いんだが、溌希はづきさんちょっとそこの包帯取って貰ってもいいか?」


「……、仕方がないですね。ちょっと待ってください」


 留め具を外し、グルグルと包帯を緩め、当ててあったガーゼを取る。


 腕には鉄パイプによって殴打されたときに付けられた大きな青あざがありありと残っていた。


「悪いが少し触るぞ」


「あぁ」


 殴打痕が大きすぎて注射痕が残っているかどうかをぱっと見で判別することが出来なくなっていた。


 そのため腕に指先を当てつつ、目を近づけてよく観察する。


「うっ、痛っっ……」


 大きく広がった青あざに触れるのだから、当然痛みが走るに決まっている。


 ただし、奈也人ななと自身も伊森いもりもそうなること自体は織り込み済みだ。痛いとは言えども止めてくれとは言わないし、痛がっている様子を見ても顔をしかめるばかりで、指を動かすことを止めようとはしない。


「あった」


 腕を覗き込む目を鋭く尖らせながら、短く言い、内ポケットから携帯端末を取り出してパシャリと一枚写真を取る。


「もう包帯を巻きなおしても?」


「あぁ問題ない」


 伊森いもり内ポケットへとスマホをしまいなおして、溌希はづきが再度包帯を巻きなおしていると、救急車のサイレンが聞こえてくる。


「今日は一旦ここまでだ。血液検査の手筈だけはこちらで整えておくから、お前は病院で手当てを受けた後はそのまま入院するなり、家に帰るなりして休め」


「そんな当たり前のこと言われても……」


「分かってるならいい」


 伊森いもりは軽く肩を竦ませて、ヤレヤレと首を横に振った。


 もしかすると、無茶をやらかす先輩か後輩かがいたのかもしれない。本人が一番無茶をやらかしそうな気配があるというのに……。

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