話し合いは?

「これはこれは、それじゃあ一つ失礼します」


 ソファの前におかれたガラステーブルへと視線を落とせば、そこには確かに湯気の立つ湯呑みと、木編みのザルに詰まれた個包装の最中が置いてある。


 それらに今の今まで全く気が付かなかったのは偏にこの部屋の内装と社長の風貌による影響が大きい。


「おお、美味い!!」


「提携企業から評判のいいものを取り寄せていましてね!! それで、話というのは……?」


 ずずぅっと音を立てて小さな湯呑みから一口お茶を啜った東字が軽く眉を持ち上げる。


「例のセレモニー関連の聞き込み調査の一環で伺いました」


「そうかぁ……。守莉まもりちゃんの件かぁ。俺あの子好きだったんだよ」


 東字は軽く天井を仰ぐ様に上を向いて、目元を抑えた。


 この部屋を見たら誰だってすぐに、この男が川柳瀬かわやなせ守莉まもりのファンであることには気が付く。そのくらい分かりやすく色々なグッズが揃っている。


「心中お察しします……。それで、いくつかお答え貰えればなと」


「それは構わないんだが……。俺が答えるよりも龍関連のは直接の担当者に話を持って行った方が詳しいことが話せるんじゃないかと思うんだよな」


「なるべく多くの人から話を聞ければそれに越したことはありませんので、お時間があれば、後日改めて担当者様と話をする機会を作っていただけると助かります」


「……、今日じゃダメかい?」


「一応この後にも他社のモノとのアポイントの予定がありまして……」


「先約があるならば仕方ないか。で、まずは何から話せばいい?」


「それならば、まずは『龍の死権』によって発生する素材の競売の話ですね。龍由来の素材の流通先としては貴社はここ数年の新規参入組なわけですが、にしてはこの行政区の成立における支援金のかけ方が少し大きすぎる。その辺りはどういったご理由で?」


「おーん、アレは何年前だったっけかなぁ、この市が龍生特区になるかもしれないって政策が周りに出始めたころのはずだから……、三、四年くらい前か。うちの研究者の一人が、『龍生特区が成立するのであれば、本社が特区内になるからそれを見越して動いた方が良い』、と言い出してね。それで確かに関われるのであればビジネス的にも、開発研究的にも、おいしいかもしれないと思って、それでだな。だから、もうほとんど最初の段階からこの市内が龍生特区に指定されるということを前提にして予算回してたんだよな。まあ警察からするとちょっと不自然に大きな金を動かしてるようにも見えると思う」


「なるほど……。この特区構想が成立すると早くから決め打ちしていたと」


「そういうことになるねぇ。ただ逆に成立が決定する直前と直後では金の動きに大きな変化はないはずだし、その辺りも洗ってもらえれば、俺の話とも辻褄が合うのは分かって貰えるはず」


 東字あづまじは腕を組んでしたり顔をしつつ、話しながらうんうんと自分自身で首を頻りに縦に振っている。


「では、近年の傾向として芸能事務所CTYforRとの提携を強めている理由についてをお聞かせ願えますか?」


「理由ね。つっても、大仰な理由があるわけでもないんだよな……、まあしいていうなら俺と担当者の趣味ってとこだな。あそこさんも地元の企業だし、知名度の高い大手と組むのもそりゃ良いけど、やっぱり同じ地元の企業としては地域の活性化にも携わっていきたいじゃないの」


「趣味、ですか……?」


「あぁ、趣味だね」


 地元の企業との提携を大事にしたいという想いは立派だ。そしてその言葉に嘘がないことはこの社長室にべたべたと貼り付けられているポスターが証明してくれている。何せ全てのポスターの右下に小さく『芸能事務所CTYforR』の企業ロゴがしっかりと記載されている。


「刑事さんはアイドルとか好きじゃないのかい?」


「そうですね、自分はちょっと守備範囲外でして……」


「守備範囲外かぁ……。そうだせっかくだしそこのCDを二、三枚持って行ってくれてもいいぜ?」


 そんな軽い提案に対して、伊森いもりは瞬間的に真剣に考え込む様子を見せる。


 そして――、


「……、ご厚意はありがたいのですが、贈収賄に抵触する恐れがあるので……」


 妙に神妙な声色を作ってそう言った。


「贈収賄……、アイドル布教しようとして贈収賄はシャレにならないぜ……」


 今日一番低い声だった。


 そのあとで二人そろってガハハと笑う。


 これまでのやり取りの中でほとんど感情を動かすことなく受け答えをしていたというのに、ここにきて東字の顔に驚愕と哀愁の感情がありありと浮かび上がった。どうやらこの男は物凄くアイドルが好きらしい。


「一旦置いて、次の質問よろしいですか?」


「よし、良いだろう。なんでも聞いてくれたまえ。しかし、もうそろそろ答えられることなくなってきたような気もすんだよな」


「では……、ここ数年の取引記録を照会させて貰ったところ、社内のかなりの部分で龍の素材にも対応出来る設備、機材に置き換わっていっているみたいですが、これはどういう意図で?」


「あぁ、そのことか。それもそこまで深い意図はないよ。基本的には新しい機材を入れるときは担当の部署と相談しつつ、あがってきた案と使える予算の兼ね合いを見て決めるんだが、ウチは技術者畑の人間が管理職にも結構多めなんだよな。だから、やっぱり機材もそれなりのグレードのモノを色々理由を付けて欲しがるんだ。で、まぁ基本的に変えたら変えた分の成果もあげてくるし、予算を大幅にオーバーしてなきゃ渋る理由もあんまりないし、であれよあれよという間に、という感じだな。機材に投資すれば単なる創意工夫だけじゃ解決できない問題を解決出来たりもするし」


 この東字あずまじライラックという男は必要なものを必要な分だけ先行投資すれば利益は後から回収できると考えているタイプの人間であるらしい。


「大手に負けないようにとは口が裂けても言えないけどな、それでもまあ社員がやりたいことは出来る限りやらせてやりたいし、それに成果が付いてくるっていうならなおさらだ」


「明け透けに話して下さって、こちらとしてはありがたいですが、いいので?」


「それが俺の流儀なんでな。不義理になりそうな事は出来る限りやらない。何事も隠し立てせずにしっかりと明白にする。ずっとそうやって来たし、これからもそういう風にやっていくつもりだよ」


 ぐっと胸を張って豪快に笑いながら言い放つ。


 伊森いもりは言葉を返さず、ただ黙って数度頷いた。その様子を見て東字あずまじも数度頷き返す。


 一口分お茶を啜ってから伊森いもりが再度ゆっくりと口を開く。


「これは事件とは直接的な関係がある話ではないのですが……。貴社は市内の病院に多額の寄付をしていますよね。一病院に直接の寄付っていうのは、少し珍しいなと思いまして」


「それかぁ。それはなあ……、俺からはちょっと言い辛くはあるんだが……。でも隠すようなことでもないんだよなぁ……」


 うーんと腕を組んで少し困ったように首を捻って見せる。


 しかし最終的には説明する気になったらしく、一度深く呼吸を挟んでから二の句を繋げていく。


「うちの社員から病院に直接寄付をしたいが、個人名義で名前を出すのは避けたいんだが、どうにかならないかって相談があったんだよ。詳しい理由は個人的な事情とか色々あるから割愛させてもらうけれど、対応としては会社からもいくらか出して共同寄付という形にすることにしたわけだ。そいつは個人名が出ることを嫌がっていたし、何というか注目されるのが耐えられない性分っぽいから、まあこの辺りは深く詮索しないでくれた方が嬉しいぜ」


「そういう事情ならば、あまり首を突っ込むのは野暮ですね」


「おうともさ」


 伊森いもりと東字()はお互いに僅かに目を瞑って小さく頷き合う。


 何かお互いに感じ合うモノがあるのだろう。


「それじゃあこれが最後の一つということで」


 伊森いもりは懐からおもむろに手帳を取り出して、一旦視線を落とした。それから再度手帳を懐へとしまいなおす。


「娘さんの活動が大成すると良いですね」


 今までの質疑応答の声色よりと比べると随分と柔らかなモノだった。


「なっ……!! なんで、知って――――、」


「背後関係を洗っているときにたまたま見つけてしまいまして……。親として娘さんを応援したい気持ちは分かりますが、娘の所属事務所に出資するのは少しやり過ぎじゃないですか?」

 東字あずまじライラックの一人娘、東字あずまじ弥奈みな。芸名、東字聖名華みなか芸能事務所CTYforRに所属しているタレントの一人で、川柳瀬かわやなせ守莉まもりの直接の後輩に当たる人物。


「やっぱり娘の道を応援してやりたいって思うのが親心ってもんなんでね……」


「そういうモノですか」


「そういうもんさ」


 目に暖かいモノを浮かべる東字に軽く会釈をしてから、三人は起ちあがる。


「それでは我々はこれで。有意義なお話ありがとうございました」


「いえいえ!! 捜査の方期待していますよ!!」


 そうして三人はヒイラギ製薬の社長室を後にする。

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