再会は?
「さて、次だ」
ブレーキがかかって、身体が後ろへ引っ張られる。
車外へと出ると大きな建物に著しく主張の激しい『ヒイラギ製薬』という立体看板が真っ先に目に入った。
奇抜な、というわけではない。
ただただデカいのだ。一文字が大体成人男性一人分くらいのサイズ感がある会社のロゴデザインが立体看板として目の前に鎮座している。
こういう言い方は良くないのかもしれないが、実に清々しいバカバカしさが感じられた。
ヒイラギ製薬。
先日知り合った中年男性、
入口の自動ドアをくぐり、受付ロビーに声をかけると貝塚工業薬品グループのときとは違い、穏やかな来賓対応をして貰えた。
しばらく待つようにと伝えられた
「あれ……? もしかして、
丁度タイミングよく開いたエレベーターの中から見知った顔と出くわすことになった。
やや小太りで少しくたびれた印象の強い中年男性、
「こんにちは。なんていうか、成り行き上の偶然とでも言えば良いのかな……」
軽く頭を下げて挨拶をする。
先日出会ったばかりのときと比べると随分と顔の血色がよくなったように思える。そう日は経っていないので、きっと彼の中にあった酷いわだかまりが少しは軽くなったのだろう。
「フッ、フフフフ……。ふふ、フフフ……。なんだい、
「先日しょげてる僕を見かねて相談に乗ってくれた人なんですよ」
「ほうぅ、ふふ、フフフフ、なるほど。部下の恩人というわけか……。これはワタシもきちんとお礼申し上げねばならないようだな、ふ、フフフ」
少しばかり不気味な笑い声を漏らしながら小太りの
レンズの大きな眼鏡を掛け、顔立ちは
「ワタシは
この
「いえ、そんなお世話だなんてとんでもない。ちょっと世間話をしただけですよ」
不気味な含み笑いをしつつもしっかりと頭を下げているので、
「あっ、ととと、自己紹介をしていなかったですね、失礼しました。俺は
奈也人が軽く頭を下げると、
一瞬どう応じれば良いのか少し迷って、
それならばと差し出された手を握り返して、
「どうぞよろしく」
もう一声言葉を重ねる。
「ふ、フフフ、ふふ。こちらこそ」
大きめのレンズの眼鏡が反射でキラリと輝いた。同時にカカッと足元からやや硬い音が鳴る。
「ふ、ふふ、フフフフ。これは失礼……、実は緊張すると踵で地面を軽く叩くのが癖になってしまっていてね……。ご容赦願いたい……。こう見えてワタシは結構人見知りな
「あはは」
変な癖を持っている人もいるものだなと、あなたが人見知りがちな性質を持っているのはあまり意外でもないな、という二つの感想が即浮かび、声や態度に出ないように即座に押し込め、曖昧に笑っておく。多分それが一番いい。
「にしても何だって
「いや、あー、えぇっと……」
どこから何をどうやって話したらいいのか、どこまで話してもいいのかをすぐに判断することが出来ずに、助けを求めるように
「実は俺たちはこういうモノでして」
やや苦笑い交じりにため息を吐きだして、それから警察手帳を胸ポケットから取り出し開く。
「け、警察……?」
目を丸くした
「つまり、
「えぇと……。……、厳密には違うんですけど、今の立場だけで言えば、そんな感じでも間違っちゃいないです」
しっかりと事実を説明しようかと考え込んで、それから口外してはいけないことのラインがどこにあるのかを見極めることが今の自分に出来ようはずもないということにも気が付いて、だからふんわりと適当に言葉を濁して肯定するに落ち着いた。
「あはは、彼らは我々の捜査協力者という名目ですので、純粋な警察官とはまた少し違いますね。元の所属がどこかというのは明かせませんが」
パタンと手帳を畳んで懐にしまいながら
「いやー、なんかもう色々驚いちゃって……、もう、なに、なに……?」
「あはは、気持ちは分かります」
「あぁ、でも警察としての用事というならこれから一緒にお昼でも食べないと誘うのは良くなさそうだねぇ……」
「一応は職務中ですので……」
「それはまた機会が、あればということで」
「じゃあ、なんの仕事かは敢えて聞かないけれど、頑張ってね。あっ、もしこの会社が脱税とかしてるのであれば、教えてね!! 僕すぐに辞めるから!!」
「ふふ、フフフ、ふふフフ。しゅ、守秘義務は大事だぞ、
「何言ってるんですか、そんなこと分かっていますよ、主任」
「なあ、
「深い意味はありませんよ、なんとなくタイミングがなかったというだけで」
「それは深い意味があった方が良かったんじゃ……?」
「デリカシーという言葉をチリトリで集めて捨ててしまったんですか? あなたは」
「まぁまぁ……」
「お待たせいたしました、社長室へご案内させていただきます」
「よろしくお願いします」
それから案内役の人に連れられて三人は社長室へと通される。
ドアの中はごちゃごちゃしていた。
まず目につくのは壁一面に貼り付けられたアイドルポスターの数々。部屋中の壁を埋め尽くしているのではないかと思うほどの大量さだ。その中には
社長室と言われるよりはアイドルオタクの私室ですと言われた方がまだ納得できる。
「いやー、待たせてしまって申し訳ない!! どうぞどうぞ、そちらに掛けて下さい」
部屋の中央におかれた高級そうな革張りのソファへと
「どうも、それじゃあ失礼します」
特徴の薄い紺色のスーツを纏った男だった。ただし、特徴が薄いのはあくまでスーツだけだ。シャキっとアスパラガスのように尖った黒髪頭の超高身長で筋骨隆々な中年男性。いっそボディビルダーがスーツを着てそれっぽい格好をしているだけだと言われた方がすんなり納得できるかもしれない。
ヒイラギ製薬代表取締役、東字ライラック。人呼んで服装は地味だが名前と背丈が派手な男。
「まずは急なアポイントだったにもかかわらず快諾して頂いた御礼を」
「そりゃあ警察から話を聞かせてほしい、なんて言われたら時間を作らないわけにはいかないでしょう。小市民としては」
背丈の大きさに比例しているのではないかと思うくらいに大きな声だった。
そして、そこで言葉を区切るのかと思えば――、
「って、いや小さくねえって!! 俺で小さかったら他の人らの小ささはなんなんだってなっちまうぜ!!」
即座に自分自身で言葉を続けて勝手にツッコミを入れだす始末。
随分とファンキーな人柄であるのかもしれない。
しかし
「確かに!! 社長さんが小市民だったとすれば俺たちはさしずめ
ただ一人、
「いやー!! 冗談の通じる刑事さんで良かった!! ささ、お茶と茶菓子は用意させてもらってますから、遠慮なく!!」
言葉と共に東字は三人の真正面のソファの中央へと腰かける。座るときにドカリと地面ががっつり揺れた気がした。やはり体が大きい分質量も大きい。
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