聞き込み調査は?

「さて、着いたぞ」


「えぇと、貝塚工業薬品グループの本社、ってことで良いんだよな……?」


「あぁ、渡した資料は車の中に置いて行けよ」


「分かってるよ」


 奈也人ななとの昔話が終わってから伊森いもりが二人に渡した資料に名前のあった企業のうちの一つが貝塚工業薬品グループだった。


「あんまりこういう会社には明るくないから、資料見ても今一ピンと来ていないんだけれど……」


奈也人ななとあなただって、HOTATEエナジーくらいは耳にしたことあるでしょう……」


 車のドアをバタンと閉めた奈也人ななとに対して溌希はづきが呆れたように肩を落とした。


「……、あぁ、あの不健康そうなエナジードリンクの販売元なんだ……。確かネット広告をよく出してるし、PR案件も結構良く見かけたっけ。まあ俺のところには話来なかったけど」


奈也人ななとがそう言うことに興味がなさそうなのを先方も分かっていたんでしょうね。つまり、人間性を見透かされていたってことですよ」


「ぐっ……!!」


 ふふふ、という含み笑いを込めながらの溌希はづきの発言が奈也人ななとの胸に突き刺さった。ざっくりぐっさり突き刺さった。ぐぇぇっと鳴いて口から肺がまろびでるくらいに深く深く突き刺さった。


「じゃれてねーでさっさと行くぞ。あちらさんをあまり待たせるわけにもいかねーんだ」


「あぁ。にしてもなんでこんな会社が『龍の死権』に関わろうって気になったんだ?」


「ネット広告の関係でエナジードリンクの方が有名になっちまってるが、元々は漢方系の製薬会社なんだよ、ここは」


「なるほどそれでか……」


 龍の血や肉は適切に加工を施すことで長期間腐らず、薬効の落ちない薬の種として扱うことが出来る。


 龍由来の素材と一口に言えども、角から核から血肉までその利用先は多岐に渡る。


 この貝塚工業薬品グループは主に血や肉といった『なま』の素材をメインに競り落としたいと考えている企業ということになるのだろう。


「でもそれなら、さほどの怪しさもないんじゃないか?」


「ざっと目を通す時間はあっても読み込む時間は無かったろうから答えるが、金の動きが少し大仰でな。いくら龍由来の素材が確保し辛く貴重なモノだったとしても、ちょっと手を回した先が広すぎるんだよ」


「そういうもんなのか」


「断定は出来ないがちょっと踏み込んで調べてみようって気にさせられる程度には不自然に見えるな」


 そんな話をしながら正面入り口から受付ロビーの受付員に警察手帳を見せつつ面会に来た旨を伝えると、周囲が少しばかりざわついた。


「昨日の内にアポは取っているはずなんだがな……」


 何かを取り締まったり、押収したりするための来訪ではないことは事前に伝えてあるはずだというのに周囲のざわつきは伊森いもりが想定していたよりも幾分か大きなモノだった。


 そう言った通達がなされていたとしても、実際に警察官が自社ビルに足を踏み入れてくるというのは圧を伴って大きな緊張をもたらすものなのかもしれない。


「しかし、ここまで明確に拒絶反応を出されるとちょっとメンタルに来るぜ」


 アポイントの照合をしに奥へと引っ込んでいった受付員を待っている間に伊森いもりが小さな声で溜息を吐きだす。


「あー、そのなんだ……。後でコーヒーでもおごろうか?」


「いや、いいさ。別にチクチク刺さるってだけで本気で凹んでる訳じゃない」


 現状、奈也人ななと自身も拒絶されている側なのだが当事者意識は低かった。元より奈也人ななと本人が組織の色に未だ馴染んでいないというのが一つと、それからそもそも奈也人ななと自身は出向している身なので自分が警察官という立場にいると思っていないというのがもう一つ。なりたくて警察官になったモノと、警察官と同行しているだけの別の部署の人間では良くも悪くもそのくらい意識の差がある。


「お待たせしました。確認が取れましたので、案内のものが来るまであちらにお掛けになってお待ちください」


 奥に引っ込んでいた受付員のお姉さんが手元の書類に目を落としながら、素っ気ない素振りで手を開いて、受付ロビーに設置されている真っ赤なベンチへ案内するように指し示した。


「手間かけさせて悪いね、ありがとう」


「いえ」


 伊森いもりは一言礼を付け加えるが受付員のお姉さんは目線を伏せたままで軽く首を横に振る。


 愛想笑いが若干引きつった。


 人間工学に則った流曲線系の形の真っ赤なベンチへと腰かけると、


「愛想ってなんなんだろうな?」


 伊森いもりは深々とため息を吐き出す。


 本当だったら「もてねぇな、俺はよ……」とでも言いたいところだったが、聞き込みの仕事中にいう言葉ではないためそこはかとなくオブラートに包んでいた。


「し、仕方ないんじゃないか? やっぱりほら、警察官だってこともあってみんな警戒しているし……」


 目の前で露骨な反応をされているのを見てしまった手前、奈也人ななとにはやんわりとフォローすることしか出来ない。それがフォローとして成立しているかどうかについては一考の余地があるかもしれないが……。


「そのうち良い人が現れますよ、きっと。諦めたらいけない、ファイトっ!」


 うふふという含み笑いを漏らしながら、溌希はづきが茶化しているのか、応援しているのか分からない言葉を投げかける。


 ただし、


「明らかに他人事なのが、眼中にないって言われてるみたいでなんかちょっとした哀しみがあるな……」


 その良い人の候補の中に自分が含まれている可能性が全くの〇であるという口振りなことには否定の余地がなかった。


「いや、そのなんだ……。顔だって悪くないし、真面目だし、面倒見だって良いし、きっかけや出会いさえあれば、どうとでもなるって……、きっと……!!」


 仕方ないので奈也人ななとが何とか励ましの言葉を捻りだす。


 実際問題として伊森いもりがとんでもない不細工なのかと言えばそんなことは全くない。しいていうならば、気難しい表情を浮かべがちなために怖そうな人という第一印象を与えがちであるというくらいだろう。


「本当か? 本当に出会いときっかけで何とかなるか??」


「……、多分、そう、メイビー……」


 断言は出来ないのでそっと目を逸らす羽目になった。


 未来のことは誰にも分からない。


「仕方ない、この件が終わったら縁結びの神社にでも行ってくるか……」


 伊森いもりはもう一度大きく溜息を吐きだして肩を落とした。


「お待たせしました。ご案内いたします」


 横合いから掛けられた声の方へと振り向けば、赤基調のタータンチェック柄のベスト型のタイトスーツに身を包み「遠島えんどう」というネームプレートを胸元にくっつけた女性が丁寧に腰を折って頭を下げていた。


「ご丁寧に、どうも」


 代表して伊森いもりが言葉を口にして三人揃って軽めに頭を下げる。


「よろしくお願いします」


 立ち上がった伊森いもりが握手をと右手を差し出すと、赤いスーツの遠島えんどうさんはふいっと顔を背けて、そのままこちらから背を向けてしまった。


「ご案内いたしますので、そのままついて来て下さい」


 表情は見えないが、声色から嫌悪感が滲みだしていないあたりが一抹の情けなのかもしれない。


 しかし、伊森いもり椙臣すぎおみへの追撃としてはそれで十分すぎるほどだった。


「酒は付き合えないから、コーヒーとそれから美味いスイーツくらいはおごるよ、何なら好きなカフェを選ぶ権利も」


 奈也人ななとが思わず伊森いもりの肩に手をのせて小声で軽く慰めてしまうレベルだ。


「……、持つべきものはやはり友か……」


 うぅっと小さく嗚咽をもらしながら拳を握りしめて喉から絞り出された。


 別に下心があったわけでもないのに、三連続で露骨にすげなくされると非常に強烈なメンタルダメージが発生してしまうらしい。今回は三回とも女性だったが、恐らく三回とも男性だったとしてもそれなりに深刻なメンタルダメージになったような気もする。露骨に人に冷たくされるとシンプルに心が荒むのだ。


(アホアホですねぇ……)


 奈也人ななと伊森いもりの背中を後ろから眺めながら歩く溌希はづきは自分が元凶の一人であることをすっかり忘れたご様子で苦笑いを浮かべる。


 しかし、思ったことを言葉にしない優しさだけは持ち合わせていた。


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