尋問の結果は?
「……、ハッ。今更歴史のお勉強なんて興味が湧かねーよ」
妙に鼻につくような掠れた高い声が人を小馬鹿にするような言葉を返してきた。
それは明らかに見下し、嘲うようなモノだった。だけれど――、
「少しは俺と話をする気になってくれたみたいだね」
それは明確に
「は? ねぇよ、そんなもん。ただあまりにもアンタが一人で長々と気持ちよさそうにしゃべり続けるモノだから鬱陶しくなっただけさ」
鼻で笑うような態度だった。
両手に錠を掛けられたままで厚顔不遜に足を組みなおし、尊大に大きくパイプ椅子の背もたれに寄りかかる様に仰け反って、ニィっと右の口角だけを挑戦的に持ち上げる。どれか一つだけを切り取ってもあからさまな挑発行動に見える。それをわざわざ三つも重ねているあたり相当なものだ。
「……、鬱陶しいかぁ。うーん、そこに関してはまあ同意見ではあるのだけれど、でもかといって俺は君を相手にして黙っている訳にもいかないんでね。俺の言葉が、声が、態度が、鬱陶しいと思うのであれば、素直に質疑に応答して欲しい。そうすればこちらとしても長々君に対して不愉快さを与えなくても済むのだから」
わざとらしいため息を一つ吐き出して、これ見よがしに肩をすくめて首を横に振ってみせた。
「チッ……」
「あれま、そっちがその気なのであれば、俺の方もまだ適当に言葉を尽くすほかないんだよね……。そうだなぁ、それじゃあ今度は龍を殺せなかった話とは別の、どうして龍が渡航入植者と原住民の侵略戦争に横やりを入れることが多々あるのか、についてでも話そうか」
「チッ……!!」
今度の舌打ちは先ほどのモノよりもよく響いた。まるで対面の相手に自らの苛立ちを突き付けるためにわざと鳴らしたかのような響き方。
「君がどう思おうが、こっちにとって意味のあるやり取りが出来るまでは俺のよく回るお口を止める気は一切ないんだけれども。聞いた話だと龍という種はその土地に根付いた命を非常に大事にする傾向にあるらしい。だから、恐らくは龍による介入っていうのはその辺りが主因になるんだろうね」
「いくらなんでも悪態をついて暴れるっていうのは、少しばかり理性が足りていないんじゃないかな? 別に君にとっても完全に分からない感情っていうこともないだろうしね。愛着のあるものの一つくらいは君にだってあるんだろうし」
そんな
「つまりさ、龍にとっての人間っていうのは愛着物の一種ってことなんだよね。例えば、お気に入りのマグカップだとか腕時計だとか、同じメーカーのボールペンをひたすら買い続けてしまうみたいなそういうの」
「いい加減まどろっこしいんだよ、お前さぁ……!!」
「そもそもド直球で聞いても君は口を割らなかったって話だし、決定的なことを引き出せるなんて思ってはいないよ」
「……、あぁ? じゃあアンタは何のためにそこに座ってるんだよ? アタシと日常会話を楽しむためだとでもいうのか?」
「そんなことを馬鹿正直に君に教えたらそれこそ手詰まりになっちゃうって」
透明な強化アクリルパネルに額を擦り付けて睨みつけてくる
「チッ……。話になんねぇな!! もう少し話せるヤツかと思ったが期待して損した」
「……? 期待して……?」
「あぁそうだよ。アンタはアタシの同類だ、この場所に入ってきた瞬間に分かったよ。だってのになんでそんなに腑抜けてやがる?」
犬歯をむき出しにしてガンガンと額をアクリルパネルへと何度もぶつけてくる。それが威嚇であるのか、それとももっと別の意図を持っているのかは不明だった。
「俺と君が同類? つまり君は俺に人殺しの才を見た、ということか?」
「ハッ!! そんなわけあるかよ。アンタは龍の被害者だ。違うか? 違わねぇよなァ? だって、アンタはあのとき、一六年前にあの場所にいたんだからなァ!!」
「は? 一六年前の……?」
そのあと伏せた視線を
「一六年前に俺と君が顔を合わせたことがあったとしても、だからと言って即座に分かるはずはないだろう。小学校に入りたての六歳そこらのときの俺と今現在の俺じゃ照らし合わせて確信が持てるほど同じ顔をしちゃいないはずだし」
「いや、アンタは居たね、間違いなくあの場に居た。顔じゃない、もっと別の感覚がアタシとアンタが同類だって教えてくれてんだよ!!」
手錠が嵌められたままの両手でアクリルパネルが思い切り叩かれ、ダンッ!! という衝撃音が室内に響き渡る。
その行動に少し不安になったのか、腕を組んで状況を見守っていた
「だってのに!! 何だってアンタはそんなに嬉々として龍の歴史なんぞを語っていられる!! アタシにはそれが理解できない!! 気色が悪い!!」
まるで獲物を前にした獣のようにグルルルと小さな唸り声をあげる。
「つまり、動機は復讐か」
口元に指を軽く当てて少し思案した後に短く、本当に短く呟く。
確証のない推測、可能性の一つとして浮上した考えというよりももっとずっと、何かの理由から確信をもって導き出した答えだとでも言わんばかりの強固さがあった。
「ただ、動機が分かったところで手段の方は分からないからなあ……。ついでにそこも話してくれる気にならない?」
そして即座に調子を戻して二の句を続ける。
「アンタ……、気持ち悪いな、その切り替えの早さ……」
喉を鳴らす獣がごとき威勢から一転して
だというのに目の前にいる男はあまりにも穏やかだ。度を越して、異常なほどに穏やかさを保ち続けている。ほんの一瞬だけ自ら穏やかさとは別の感情を引っ張り出して見せたというのに、それすら妙な芯のある淡々とした何某かだった。
五キロのマラソンを十五分そこらで走り終えた人間が汗一つかくことなく、呼吸を乱すわけでもなく、ただケロリと朝食を食べてすぐですという表情で佇んでいるのを見たときのような気持ちの悪さ。
「殺しの被疑者に気持ちが悪いと言われるのは、大分心外なのだけれど、まあそんなことに拘泥しても仕方がないね。それよりも君はどうやって
「……、そんなもの知らないよ。アタシはヤツにただナイフを突き立てただけだ。それ以上のことは何もない」
「答える気はなしか……」
やれやれとわざとらしく溜息を吐きだしてから、ちらりと
それはこの辺りで切り上げても良いだろう、というサインだ。
「まあでも少しは収穫もあったし、今日のところはこの辺りで退散させてもらおうかな。捜査が行き詰まったらまた来るよ」
さっと立ち上がって、パイプ椅子を畳みながら
「……、嫌だね。アンタとはもう二度と会いたくない」
「あら、随分と嫌われちゃったみたいだ。まあそういったところで君の方には黙秘権こそあれど拒否権はないから、無駄だけれどね」
「……、じゃあね」
「チッ……!!」
先に出た二人を追いかけるように
そのあとはバタンとドアがしまって、狭い室内に
物音に背を向けて、三人はただ黙って来た道を引き返して行く。
それから無言で車まで戻り、全員がシートベルトを付けたのを確認した
「そうだ。お前にこれを渡しとかないとな」
アクセルを踏む前にダッシュボードへと手を突っ込んで薄いビニール袋を引っ張り出すと、そのまま
クシャリと音を立ててそれを受け取ると同時に、アクセルが踏まれて車が発進した。
「これは……?」
「お守りだよ。こっから先何があるかわかったもんじゃないからな、気休め程度の願掛けみたいなもんだ」
袋をひっくり返して中身を手のひらに落とすと、それは本当に言葉通りの緑色の小さなお守りだった。
「『交通安全』? 祈願成就、とか厄除けじゃなくてか?」
「何があるか分からないからな。多分それが一番広いだろ」
「まあ確かに広いっちゃ広いか……。それにしても……、はぁー……」
受け取ったお守りを握りしめるようにして、後部座席の背もたれに全身の体重を預けるような格好で大きくため息を吐きだす。
「名演技でしたよ。結構しっかり目に得体のしれないイヤなヤツに見えました」
「本当? それなら良かった……。いや、良かったのか?」
「少なくとも相手のペースに一切飲まれずにやり切ったって部分については手放しで褒めてやるよ。で、お前の中で出た結論を教えてくれ」
「取り合ず動機は恐らく復讐。主因としては恐らく一六年前の竜胆町小学校旧校舎における龍の力の暴発事故関連の何かだと思う」
「……、ヤツの口振りからするとお前もその事故に関わって居たってことになるが……?」
「そう。俺もあの場にいた事故の被害者の一人だ。ただ、俺の記憶が正しければアレは当時小学生の健康診断の再検査とかいう名目だった。だから、俺より二つ年下の彼女がその場に居合わせているとなると何かがズレてるかもしれない」
「お前があの件に関わっていたんなら、その時の話を聞かせてくれ。俺も今回の件の担当に回されたときに過去の龍関連の事件事故について警察内部に残っている資料を軽く調べては来ているんだ。ただ事件の仔細が資料内に残っていなかった。もし今回の件と関係があるというんだったら知っておきたい」
「あー、うーん、いや……、どうだろう」
すっかり肩から力を抜いた
「なんだ? 何か問題があるのか?」
「別に話してしまっても構わないと思いますよ? そもそもあなたには隠し立てする義理だってないでしょうに」
「ほら、
「いや、渋るとか隠すとかじゃなくってさ……、何分昔のことだし、俺も小さいときの話だから……、頭の中に残っているモノのどこまでが本当で、どこまでが勝手な脚色なのかもう判別が付けられないんだよ」
「別にそれで構わんよ。警察内部に残っている資料と話の整合性を合わせる形を取れば何とかなるだろうしな。それに
「ふふふ、それは褒め言葉ですか?」
「えぇ褒め言葉です」
「……、分かった話すよ、当時のこと」
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