尋問の結果は?

「……、ハッ。今更歴史のお勉強なんて興味が湧かねーよ」


 妙に鼻につくような掠れた高い声が人を小馬鹿にするような言葉を返してきた。


 それは明らかに見下し、嘲うようなモノだった。だけれど――、


「少しは俺と話をする気になってくれたみたいだね」


 それは明確に奈也人ななとへと向けられた言葉である。今までの一方的にまくし立てるような状況よりは一歩も二歩も前進したと言えるだろう。


「は? ねぇよ、そんなもん。ただあまりにもアンタが一人で長々と気持ちよさそうにしゃべり続けるモノだから鬱陶しくなっただけさ」


 鼻で笑うような態度だった。


 両手に錠を掛けられたままで厚顔不遜に足を組みなおし、尊大に大きくパイプ椅子の背もたれに寄りかかる様に仰け反って、ニィっと右の口角だけを挑戦的に持ち上げる。どれか一つだけを切り取ってもあからさまな挑発行動に見える。それをわざわざ三つも重ねているあたり相当なものだ。


「……、鬱陶しいかぁ。うーん、そこに関してはまあ同意見ではあるのだけれど、でもかといって俺は君を相手にして黙っている訳にもいかないんでね。俺の言葉が、声が、態度が、鬱陶しいと思うのであれば、素直に質疑に応答して欲しい。そうすればこちらとしても長々君に対して不愉快さを与えなくても済むのだから」


 わざとらしいため息を一つ吐き出して、これ見よがしに肩をすくめて首を横に振ってみせた。


「チッ……」


 島後とうごの期待した返答とは違ったのか、ただ忌々しそうな舌打ちのみが返される。どうも彼女は単に黙して語らずを貫いているだけで、感情そのものを抑える気はさらさら無いようだ。


「あれま、そっちがその気なのであれば、俺の方もまだ適当に言葉を尽くすほかないんだよね……。そうだなぁ、それじゃあ今度は龍を殺せなかった話とは別の、どうして龍が渡航入植者と原住民の侵略戦争に横やりを入れることが多々あるのか、についてでも話そうか」


「チッ……!!」


 今度の舌打ちは先ほどのモノよりもよく響いた。まるで対面の相手に自らの苛立ちを突き付けるためにわざと鳴らしたかのような響き方。


「君がどう思おうが、こっちにとって意味のあるやり取りが出来るまでは俺のよく回るお口を止める気は一切ないんだけれども。聞いた話だと龍という種はその土地に根付いた命を非常に大事にする傾向にあるらしい。だから、恐らくは龍による介入っていうのはその辺りが主因になるんだろうね」


 島後とうご末理まつりが苛立ちを爆発させるようにガンッ!! と白いカウンターを蹴りつける。それに反応してか背後で溌希はづきがきゅっと自分自身の身を軽く抱いた。


「いくらなんでも悪態をついて暴れるっていうのは、少しばかり理性が足りていないんじゃないかな? 別に君にとっても完全に分からない感情っていうこともないだろうしね。愛着のあるものの一つくらいは君にだってあるんだろうし」


 そんな島後とうごの悪態を意に返すことはなく、ただ涼し気な表情でただただ言葉を繋げていく。


「つまりさ、龍にとっての人間っていうのは愛着物の一種ってことなんだよね。例えば、お気に入りのマグカップだとか腕時計だとか、同じメーカーのボールペンをひたすら買い続けてしまうみたいなそういうの」


「いい加減まどろっこしいんだよ、お前さぁ……!!」


 島後とうごが乱暴に立ち上がる。勢いで座っていたパイプ椅子が跳ねてガチャンッ!! と金属音が立った。


「そもそもド直球で聞いても君は口を割らなかったって話だし、決定的なことを引き出せるなんて思ってはいないよ」


「……、あぁ? じゃあアンタは何のためにそこに座ってるんだよ? アタシと日常会話を楽しむためだとでもいうのか?」


「そんなことを馬鹿正直に君に教えたらそれこそ手詰まりになっちゃうって」


 透明な強化アクリルパネルに額を擦り付けて睨みつけてくる島後とうごに対して肩をすくませて苦笑いを返す。


「チッ……。話になんねぇな!! もう少し話せるヤツかと思ったが期待して損した」


「……? 期待して……?」


「あぁそうだよ。アンタはアタシの同類だ、この場所に入ってきた瞬間に分かったよ。だってのになんでそんなに腑抜けてやがる?」


 犬歯をむき出しにしてガンガンと額をアクリルパネルへと何度もぶつけてくる。それが威嚇であるのか、それとももっと別の意図を持っているのかは不明だった。


「俺と君が同類? つまり君は俺に人殺しの才を見た、ということか?」


「ハッ!! そんなわけあるかよ。アンタは龍の被害者だ。違うか? 違わねぇよなァ? だって、アンタはあのとき、一六年前にあの場所にいたんだからなァ!!」


「は? 一六年前の……?」


 一瞬奈也人ななとの眉間にしわが寄った。だがすぐさまそれを自覚して、軽く目を伏せ少しだけ息を吐きだす。


 そのあと伏せた視線を再度島後とうごへと合わせて首を振って見せる。


「一六年前に俺と君が顔を合わせたことがあったとしても、だからと言って即座に分かるはずはないだろう。小学校に入りたての六歳そこらのときの俺と今現在の俺じゃ照らし合わせて確信が持てるほど同じ顔をしちゃいないはずだし」


「いや、アンタは居たね、間違いなくあの場に居た。顔じゃない、もっと別の感覚がアタシとアンタが同類だって教えてくれてんだよ!!」


 手錠が嵌められたままの両手でアクリルパネルが思い切り叩かれ、ダンッ!! という衝撃音が室内に響き渡る。


 その行動に少し不安になったのか、腕を組んで状況を見守っていた伊森いもり溌希はづきへと軽く視線を投げる。溌希はづきは小さく身を抑えながらも、目を瞑って首を横に振って見せた。それはもう少し奈也人ななとに話を続けさせても大丈夫だろうという意思表示の現れだった。


「だってのに!! 何だってアンタはそんなに嬉々として龍の歴史なんぞを語っていられる!! アタシにはそれが理解できない!! 気色が悪い!!」


 まるで獲物を前にした獣のようにグルルルと小さな唸り声をあげる。


「つまり、動機は復讐か」


 口元に指を軽く当てて少し思案した後に短く、本当に短く呟く。


 確証のない推測、可能性の一つとして浮上した考えというよりももっとずっと、何かの理由から確信をもって導き出した答えだとでも言わんばかりの強固さがあった。


「ただ、動機が分かったところで手段の方は分からないからなあ……。ついでにそこも話してくれる気にならない?」


 そして即座に調子を戻して二の句を続ける。


「アンタ……、気持ち悪いな、その切り替えの早さ……」


 喉を鳴らす獣がごとき威勢から一転して島後とうご末理まつりが一歩後退る。


 太刀上たちかみ奈也人ななとという人物は今まで彼女が出会ってきた人間の中でもっとも異質な存在だった。強い感情を向けられたときに、どんな人間だったとしても多少の動揺、感情の揺れが現れるモノだ。


 だというのに目の前にいる男はあまりにも穏やかだ。度を越して、異常なほどに穏やかさを保ち続けている。ほんの一瞬だけ自ら穏やかさとは別の感情を引っ張り出して見せたというのに、それすら妙な芯のある淡々とした何某かだった。


 五キロのマラソンを十五分そこらで走り終えた人間が汗一つかくことなく、呼吸を乱すわけでもなく、ただケロリと朝食を食べてすぐですという表情で佇んでいるのを見たときのような気持ちの悪さ。


「殺しの被疑者に気持ちが悪いと言われるのは、大分心外なのだけれど、まあそんなことに拘泥しても仕方がないね。それよりも君はどうやって川柳瀬かわやなせ守莉まもりさんに凶刃を突き立てたのさ? あんなチャチなナイフが『龍の防衛能力』を超えられるわけがないんだ」


「……、そんなもの知らないよ。アタシはヤツにただナイフを突き立てただけだ。それ以上のことは何もない」


 島後とうごは苦虫を噛み潰した様な表情を浮かべて後退った先で膝の裏にパイプ椅子のヘリがぶつかり、そのまま忌々し気にストンと腰を下ろす。


「答える気はなしか……」


 やれやれとわざとらしく溜息を吐きだしてから、ちらりと伊森いもりへと視線を走らせると、彼は即座に頷いて見せる。


 それはこの辺りで切り上げても良いだろう、というサインだ。


「まあでも少しは収穫もあったし、今日のところはこの辺りで退散させてもらおうかな。捜査が行き詰まったらまた来るよ」


 さっと立ち上がって、パイプ椅子を畳みながら奈也人ななとは宣言する。


「……、嫌だね。アンタとはもう二度と会いたくない」


「あら、随分と嫌われちゃったみたいだ。まあそういったところで君の方には黙秘権こそあれど拒否権はないから、無駄だけれどね」


 奈也人ななとが他人事みたいに苦笑いを浮かべながらパイプ椅子を片付けている間に伊森いもり溌希はづきはさっさと部屋のドアを開いて撤収していく。


「……、じゃあね」


「チッ……!!」


 先に出た二人を追いかけるように奈也人ななとも外へむかって、退室際に軽く手を振って挨拶をすると、ガンッと壁を蹴飛ばした音と舌打ちが返ってきた。


 そのあとはバタンとドアがしまって、狭い室内に島後とうご末理まつりだけが残される。


 奈也人ななとたちが面会室の外へと出ると、シャッターの向こう側からバタバタとした人の足音が聞こえてきた。恐らくは数人の看守が面会室にいる島後とうごを独房へと引き戻すために動いているのだろう。


 物音に背を向けて、三人はただ黙って来た道を引き返して行く。


 それから無言で車まで戻り、全員がシートベルトを付けたのを確認した伊森いもりがエンジンを吹かす。


「そうだ。お前にこれを渡しとかないとな」


 アクセルを踏む前にダッシュボードへと手を突っ込んで薄いビニール袋を引っ張り出すと、そのまま奈也人ななとへ向かって投げてよこす。


 クシャリと音を立ててそれを受け取ると同時に、アクセルが踏まれて車が発進した。


「これは……?」


「お守りだよ。こっから先何があるかわかったもんじゃないからな、気休め程度の願掛けみたいなもんだ」


 袋をひっくり返して中身を手のひらに落とすと、それは本当に言葉通りの緑色の小さなお守りだった。


「『交通安全』? 祈願成就、とか厄除けじゃなくてか?」


「何があるか分からないからな。多分それが一番広いだろ」


「まあ確かに広いっちゃ広いか……。それにしても……、はぁー……」


 受け取ったお守りを握りしめるようにして、後部座席の背もたれに全身の体重を預けるような格好で大きくため息を吐きだす。


「名演技でしたよ。結構しっかり目に得体のしれないイヤなヤツに見えました」


「本当? それなら良かった……。いや、良かったのか?」


「少なくとも相手のペースに一切飲まれずにやり切ったって部分については手放しで褒めてやるよ。で、お前の中で出た結論を教えてくれ」


「取り合ず動機は恐らく復讐。主因としては恐らく一六年前の竜胆町小学校旧校舎における龍の力の暴発事故関連の何かだと思う」


「……、ヤツの口振りからするとお前もその事故に関わって居たってことになるが……?」


「そう。俺もあの場にいた事故の被害者の一人だ。ただ、俺の記憶が正しければアレは当時小学生の健康診断の再検査とかいう名目だった。だから、俺より二つ年下の彼女がその場に居合わせているとなると何かがズレてるかもしれない」


「お前があの件に関わっていたんなら、その時の話を聞かせてくれ。俺も今回の件の担当に回されたときに過去の龍関連の事件事故について警察内部に残っている資料を軽く調べては来ているんだ。ただ事件の仔細が資料内に残っていなかった。もし今回の件と関係があるというんだったら知っておきたい」


「あー、うーん、いや……、どうだろう」


 すっかり肩から力を抜いた奈也人ななとはうめき声をあげるように軽く首を捻る。


「なんだ? 何か問題があるのか?」


「別に話してしまっても構わないと思いますよ? そもそもあなたには隠し立てする義理だってないでしょうに」


 伊森いもりが片眉をあげて表情を崩すのがバックミラー越しに奈也人ななと溌希はづきに伝わる。そして伊森いもりの要望に応えて話をした方がいいと溌希はづきも背中を押す。


「ほら、溌希はづきさんのお墨付きも出たことだしとっとと話せよ」


「いや、渋るとか隠すとかじゃなくってさ……、何分昔のことだし、俺も小さいときの話だから……、頭の中に残っているモノのどこまでが本当で、どこまでが勝手な脚色なのかもう判別が付けられないんだよ」


「別にそれで構わんよ。警察内部に残っている資料と話の整合性を合わせる形を取れば何とかなるだろうしな。それに溌希はづきさんだって俺が初めてあった時と対して背格好が変わってないんだし、お前の記憶だって案外変質してないってことも十分ある」


 伊森いもりが大真面目なトーンで最後に冗談を付け加えた。


「ふふふ、それは褒め言葉ですか?」


「えぇ褒め言葉です」


「……、分かった話すよ、当時のこと」

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