迷子のママは?
「
ケラケラと女の子が笑っていると透明感のある細い声がどこからともなく聞こえてきた。
「あっ、ままの声!!」
すっとベンチから飛び降りると両手を水平に広げて一瞬静止して、それから
彼は苦笑いしながら立ち上がると、ベンチに置いておいた白いハンカチを掴んで内ポケットにしまい込み、声の方向へと女の子と一緒に歩き出す。
合流はすぐだった。
駅へと続く曲がり角から全体的にフェミニンな印象の漂わせた花柄のワンピースにクリーム色のカーディガンを羽織った白っぽいハンドバッグを持った女性(全体としては白っぽい印象なのに、何故か足元は黒タイツと派手な光沢を持った真っ赤なハイヒールで主張が強い)が不安げな表情であちらこちらを見回しながら現れた。
「ままー!!」
哉子と呼ばれた女の子が声を上げて駆け出すと、その女性は即座に声のした方へと視線を動かしてほっと安堵の息を吐きだした。
「
「もー、それはこっちが言いたいよー!! ままはすーぐにまいごになっちゃうんだからぁー」
「迷子になったのは
「いひゃいぃ、いひゃいっ……。ご、ごべんなさい……。やこが、やこが悪かったですぅ!!」
ほっぺたをぐにぐにと縦横無尽に引っ張るその様子から、立ち振る舞いの雰囲気や声色と反して意外とパワー系な母親であるのかもしれない。
「あのね!! あのお兄ちゃんが一緒にいてくれたんだよ!!」
迷子の女の子が無事ただの女の子に戻れたようなので、このままこっそりいなくなろうかなと考えて、背を向けたその瞬間に女の子は
さっきまでおじさん呼ばわりしていたのに母親と合流出来た途端にお兄さん呼びに切り替わるなんて、なんて現金な子だろうか。
「あ、アハハ。たまたま近くにいたから話し相手をしていただけですので……」
特に何も言わずそのまま立ち去ろうとしていただけに少しだけ気まずかった。
「でもわたしお兄さんがいたから寂しくなかったよ!!」
「あ、ありがとう……?」
「うふふ、この子もそう言っていますし、何か少しお礼を……」
「い、いえいえ!! 本当にそういうのは全然っ……!! 全然いいんで!!」
「駅向こうのデパートかどこかで何かおいしいお菓子でも……?」
「あれ……? あなた、どこかで見覚えがあるような……?」
その人は不思議そうに首を捻った。
「た、多分気のせいじゃないですか?」
「そうかしら? いやでも絶対にどこかで見たことがあるようなぁ……?」
しかし、目の前の女性は一歩後退すると、二歩近づいてくるので、すぐに距離が縮まった。
「俺は結構そういう、人違いされること、結構あるんで、あの、結構勘違いだと思います……」
(近い、近い、近いっ!!)
あんまり露骨に距離を取るのも失礼に当たると理解しているので、下からぐぃっと覗き込まれる格好に逃げ場がなくなってしまった。
それでも何かから逃れるように目を泳がせると、女の子が妙にニマニマしてこっちを見ているのに気が付いてしまった。
(なっ!? 何、なんなのその表情!?)
きめ細かい肌とすぅっと伸びたまつげに澄んだ瞳、薄く色を纏わせた唇と、至近距離で見るには目の毒だった。逆に眼福ともいう。
「そうなの? 間違われ体質みたいなことなのかしら。何とも珍しいのね。でも若いうちからあんまりお礼に対して謙遜するものじゃないわよ。迷子の家の子を保護してくれたのは母である私からしてみれば、とてもとてもありがたいことなんだから」
そんな大げさなと
「その、待ち合わせをしているので……」
「あら、そうなの? その待ち合わせって何時なのかしら?」
「十三時ですけど……」
ちなみに現在時刻は十四時の十分前である。
「……、連絡ないの……?」
「今のところは」
「すっぽかされてないかしら?」
連絡もなしで一時間近くも待ち合わせ場所に現れない場合そういうことも考えられる。
だが、
「このくらいは想定内ではありますから……」
待ち合わせ相手と時間通りに合流出来ない可能性については始めから想定していたため問題はないという口ぶりだ。
「何が想定内なのですか?」
言葉と同時に
「あらぁ……。デートの待ち合わせだったのね。それは悪いことをしちゃったみたい、ごめんなさいね」
迷子の母親は口元に手を当ててニコニコと笑った。恐らく
「いや、そういうのではないですけれども……」
「お邪魔しちゃってごめんなさいね。でも、最後に一つだけ。
「お兄ちゃんありがとねー」
しかしニコニコと笑う少女の母親よりもその娘の
「あはは、いえいえ……」
そそくさと去っていく二人に軽く手を振りながら曖昧に笑って背中を見送る。それから後ろを振り返った。
そこには健康的な日焼けが特徴的な長身でダークグリーンのタイトスーツに身を包んだメリハリボディの大人の女性が立っている。
背が高いことに対して思うところがあるのか、それとも単に歩きやすさを重視しているのかは分からないが黒いシックなパンプスはヒールが低かった。立ち振る舞いはハイヒールを履いていそうなだけにややギャップがあるかもしれない。
「それであの
「えぇと、迷子とその親御さん」
「迷子……? あぁ、なるほどそういうことですか。私はてっきり暇を持て余した
「
「いえ、ですから何か急に頭のネジでも外れたのかと」
「人間は普通そんなに急に頭のネジが外れたりしないよ……」
しれっとした表情の自分の
「……、今回の件はあなたの頭のネジが外れるには十分な出来事かと思っていました。私が思っているよりもあなたはタフなのですね」
意外と義弟のことをしっかり見て、しっかり理解していたらしいことにちょっと驚きつつ、自分自身の分かりやすさに乾いた笑いがこみ上げる。
「まあしかし、わたしたちは二人ともスーツ姿なのに、ああいった勘違いをされるとは……、少し心外ですね」
「ああいう人種にとってはそういう部分はあんまり関係ないんじゃないかな……。男女が二人並んでたらとりあえずそういう仲って認識するみたいな」
姉弟と言っても義理の姉弟であるため、顔立ちや立ち振る舞い、雰囲気があまり似ていないというのも勘違いの一因ではあるのかもしれない。但しそれはそれとして恋愛脳的な考えかたが強く出てもいるとも言える。
「ああ、もしかすると俺にスーツを着慣れてない感がバリバリあるのもああ言われた一因かも……?」
「まあ確かに、馴染んではいないですね、お世辞にも」
「本当だったとしてももう少しオブラートに包むとかないの……?」
「包もうが包むまいが同じでしょうに」
内心を見透かしたような義姉の口振りに「うぅっ……、」と小なうめき声を漏らしそのまま沈黙する。
「……、元々はわたしの方が大幅に予定をオーバーしたせいなのになんで
「お、お手柔らかに頼むよ……」
しかし精神ダメージを与えているのは
「そういえばバスの時間はどうなっていますか?」
そう言いながら
「ずぅっと待っていたけど一本も見てないから大分遅れているんじゃないかな」
義姉のことを追いかけつつ答えると、視線の先に丁度ロータリーに侵入してきたバスが見えた。
「不幸中の幸い、というやつですね」
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