第8話【視点】聖女としての誇り(前)

『聖女フリンデル=クリヴァイムが祈ります。イグニエル王国に雨を降らせたまえ!!』


 アイリス義姉様が家を飛び出してからすぐ、露頭に迷ったあの女に対して聖女としての威厳を見せつけてやろうと思った。

 私が聖女であることは確かだというのに、アイリス義姉様は私のことを聖女ではないと侮辱したのだから。


(あの雨は偶然なだけかと。それなのに聖女だと主張するのは身を滅ぼすかと)


 アイリス義姉様からあのようなとんでもないことを言われた直後、私は言葉を失った。

 普段から臆病でビビリ症のアイリス義姉様がとんちんかんな発言をしてきたのだから。

 私は呆れてしまって何も言えなかったけれど、お父様がアイリス義姉様に愛の鞭を入れてくれた。

 きっと今頃反省しているころだろうが、名誉ある聖女を侮辱したことだけは許せない。


 最初は冗談半分で外でずぶ濡れになって、野生の男どもから屈辱を味わえばいいんじゃないのと言ってしまったが、本気でそうなって仕舞えば良いと思った。

 だから、今こうして聖女としての力を発動したのだ。


 目の前で見ているお父様は感動して涙まで溢してくれている。


「素晴らしい……素晴らしいぞフリンデル!! まさに聖女。祈る動作も姿も美しいぞ!」

「本番はこれからですよ。このあと外は大雨になりますので。アイリス義姉様の服装ならば、ずぶ濡れでお肌は露出。一歩でも人通りが少ない民衆街にでも足を踏み入れれば、自動的に制裁が加わりますわよ」


 同じ女として、そういう危険な目に合わせることが酷いことくらいはわかっている。

 だが、それ以上に私の聖女としての誇りを傷つけられたことは、それよりも更に重罪だ。

 家族が制裁するよりも、野蛮な人間から酷い目に遭わされた方がダメージは大きいだろう。


「フリンデルのおかげで、ようやくアイリス……、いや、ローゼン家の者たちへの復讐に幕を下ろせた気分だ」

「アイリス義姉様が可哀想だと思うときもありましたけれどね。今となっては理解できましたわ。あんな酷いことを言う女だったなんて……」


 聖女になって誇らしい気分なのに、それを害された気持ちの痛みはなかなか拭えない。


「だから言っただろう。そもそもローゼン家の連中は血のつながりが近い俺に対して扱いが酷かった。同じ男爵だというのに、常にローゼン一家が王族から慕われる。俺はローゼン男爵から『そうではない、違う、こうするべきだ』などとアドバイスや指摘という枠を超えて文句しか言わなかった……。まさに地獄だったのだよ」


 私にはお父様の復讐心はよくわからない。

 アイリス義姉様が初めて家に来たときはお姉ちゃんができたと喜んでいたものだ。

 だが、私とは格が違うと思うようになってきて、最近ではダメな義姉様、憎き義姉様に変わってしまった。


「それでアイリス義姉様に同じ苦しみを味合わせていたのですよね?」

「そうだ。だが、最初だけは丁重にもてなした……。アイリスは大火事の中から生還した奇跡のような存在だったから、周りの目も気にしなければならなかったからな。注目も冷めた頃から家に閉じ込め復讐を開始したと言うわけだ。最終的にはゴルギーネ君のような俺に忠実に従ってくれる者へ引き渡し向こうでも地獄を味わせればいいかと思ったが……」


「ゴルギーネ様のような情報提供に関する仕事をされているお方だったら、私の聖女としての威厳を広める役に立ってもらった方が彼のためにもなりますわよ」


「そういうことだ。フリンデルは男に興味がないから代わりにアイリスをゴルギーネ君の元へやろうと思っていたが、どうやらお前も乗る気のようだしな。ゴルギーネ君と幸せになりなさい」

「ありがとうございますお父様! あ、ほら、雲が!!」


 先程聖なる力を出したけれど、思ったより時間がかかったな……。

 だが、しっかりと雲が出てきて暗くなってきたし、すぐに雨が降るだろう。


「ほう!! さすがだ。これでフリンデルが聖女だということはより証明されたようなものだ。雨など滅多に降らなくなった今、お前が祈ったすぐあとに急に天気が変わったのだから」


 少し待つと、外からは雨が降る音が聞こえてくる。

 そろそろアイリス義姉様は恥ずかしい思いをしているかもしれない。

 容赦はするものか。


 更にしばらくすると、ドアのノックする音がした。


「まさかアイリス義姉様!? 泣いて帰ってきたとでも!?」

「もしそうならば朝から夜中まで常に仕事を与える! それくらい俺とて怒っているのだからな」


 お父様はドアを開けたが、そこにいたのはアイリス義姉様ではなかった。

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