18話 『なぜ美弥子は亜久里に固執するのか』
「それで、その最初の一人目があたしってこと?」
そう尋ねたのは
亜久里の動画に映っていた、ダンス部のキャプテンだ。
亜久里とも親友の仲。今回の一件も、まだ設立したてのダンス部を応援しようと動画を撮影したところから始まっている。
丞は、事件を捜査するならまずはここから始めることにし、放課後に瑠美を空き教室に呼び出した。
「ああ。いろいろ話を聞きたいんだけど、いいかな? 君にはあまり話したくないことかもしれないけど……」
「いいに決まってんじゃん。なんでも聞いてよ。亜久里のためなんでしょ?」
そう応える瑠美の表情は、むしろ丞よりも切実に見える程だった。
「あたしのせいで、亜久里にヤバい迷惑かけちゃったし……ねえ、亜久里のチャンネル、なくなるとか噂だけど、嘘だよね?」
「……そうはさせない」
「……わかった」
丞の返答で、どういう状況なのか瑠美にも理解できたようだった。
「まず今更な質問なんだけど、前提として、あの事件は偶然だったんだよな?」
「もちろん。あの日あたしらが屋上で撮影したのも、校舎の窓ガラスが割れたのも、クソウザいバカな二人が空き教室で隠れてヤッてたのも、全部偶然。これは誓ってホントだから」
「そうか。なら、ひとまず亜久里に悪気はなかったという主張は問題なくできそうだ。次は被害だけど、……あー……例の二人組については何か知らないか?」
「ヤッてたバカ二人? 知るわけないじゃん。もし知ってたらあたしがぶん殴ってるとこよ!」
バシン! と右手の拳を左掌にぶつける瑠美。
目と歯を剥いて怒りを顔全体で表現していた。
「あいつらのせいであたしも亜久里も……マジ許せない! 見つけて一言言ってやりたいから探してるけどまだ分かんないの」
「そ、そうか……」
あまりの迫力に押されて鈍い相槌を返す。
亜久里は例の二人に対して罪悪感を感じていたが、瑠美は怒りを覚えているようだ。
瑠美にとっては自分は加害者ではなく被害者という意識の方が強いらしい。
個人的な恨みで二人を特定しようとしていたようだが見つかっていないらしい。
これだけ熱を入れている瑠美が見つけられていないのだ、もう今から捜査をしても特定はできないだろう。
できれば件の二人にも話を聞いてみたかったが、ここはもう諦めるしかない。
美弥子もさすがにそんな情報は掴めないだろうから、『例の二人は結局特定できないし、今後もされないだろう』という形でこの件は進むと想定していいはずだ。
「あまり乱暴な真似はするなよ。動画の件とはまた別の問題になりそうだ。その二人だって悪気があったわけじゃないんだから、これは誰にとっても不幸な事故だったと割り切った方がいい」
「……それは、まあそうだけどさ。でもさ、ムカつくじゃん? そいつらのせいであたしらの部活のチャンネルだって休止することになるかもなんだし」
「そうか、そういえば君も先生から事情聴取を受けたんだったな」
亜久里と同じタイミングで、別室で受けていたらしい。
その際に同じく今回の処分を言い渡されたはずだ。
「君も卒業までチャンネル休止と言われたのか?」
「え? いやさすがにそこまでじゃないけど。教頭先生にはニ、三カ月って言われたかな」
ほう、と意外そうに丞が呟く。
てっきりダンス部とそのMeTubeチャンネルにも亜久里と同じ処分が言い渡されていると思っていたが、そうではないらしい。
厳密にはどちらの処分も次の会議を経て決定されるだろうから、これもまだ本決定ではなく仮の状態のはずだ。
だがそれにしても亜久里との差は大きすぎて違和感を覚えた。
「……二、三カ月、か」
おそらくその数字そのものには大きな意味はないと丞は感じた。
この期間は『騒ぎが収まるまでは』という意味合いが強いだろう。
三カ月あれば炎上も十分鎮火しているだろうし、チャンネルの自粛期間としても短くない。
「……そうだよな。普通はそれくらいが妥当だよな」
改めて、美弥子がもたらした影響の大きさを実感する。
彼女は教師含め満場一致で決まりかけていた処分を、口八丁のレスバでここまで重くしてみせたのだ。
それだけ美弥子が違反者へ厳罰を課すことに執着しているということなのだろうが……そうなると少し腑に落ちないことがある。
「――ちなみに、君は音姫先輩から何か言われたりしてないか?」
「音姫……ってあの生徒会長の? ないけど」
「そうか……」
美弥子は瑠美の処分に関しては関与するつもりはないのだろうか?
確かに動画をアップロードしたのは亜久里だ。だがそれを依頼したのは瑠美。
その二人の処分に大きな差があることを、美弥子は今日までスルーしている。
次の会議でまとめて取り上げるつもりだという可能性ももちろん残っているが、仮にも事件の重要人物の一人をそんなついでみたいな扱いにするだろうか。
「亜久里に個人的に固執してる……?」
美弥子に限ってそんなことはなさそうだが、そう考えると辻褄が合うのも事実。
以前丞が美弥子と中庭で話した時にも似たような質問を投げかけた。
亜久里に対して特別な悪感情を持っているから強く当たっているわけではないのか、と。美弥子の返答は、
〝――乾のことは普通に嫌いだぞ。だから――そうだな。強いて言えば、容赦なくやれたのは間違いない。良心は全く痛まなかった〟
確かそのようなことを言っていた。
「…………」
そのときは気にならなかったが、改めて思い返してみると非常に微妙な言い回しだ。
丞の問いかけを認めたとも、いなしたとも取れる。
『亜久里が嫌いだから容赦なく全力でやれたが、厳罰を課したのはいつも通り』という意味で丞は脳内変換していたが、瑠美の話を聞いた今では別の解釈もできる。
『亜久里のことが嫌いだから、個人的な恨みも込めて厳罰を課してやった』
という趣旨の話だったとしても、先の美弥子の発言は説明がつくし、嘘もついていない。
「……」
もしこれが美弥子の信念に基づく審判ではなく、彼女の個人的な私怨による、いわば嫌がらせのような行為なのだとすれば……これは教師達の心象を一気に覆す突破口になるかもしれない。
可能性は低く感じるが、捜査というのはそういう切り口から徹底的に洗っていくものだ。
「亜久里と音姫先輩の関係について、何か知らないか?」
「さあ……でもたまに電話で愚痴ってるよ。まああんたとの惚気話に比べれば少ないけど」
「そもそもどうして二人は仲が悪いんだ? いつからとか、原因とか、知ってるか?」
「知んない。興味ないし。あんたこそ彼氏なんだから知らないの?」
「原因は聞いたことがないな……そう言われてみれば俺達が付き合いだした頃にはもう仲は悪かったような気はするな」
ということは、亜久里と美弥子の仲は半年以上前から悪かったことになる。
丞の知らない確執があるのなら、そこに美弥子の動機を探るヒントがあるかもしれない。
「分かった、一度亜久里に直接聞いてみるよ。話に付き合ってくれてありがとう」
そう礼を言って別れようとしたとき、「ちょっと待って」と瑠美が呼び止めた。
「あたしにできることあったら何でも言ってね。あれから亜久里に何度も話しかけてるけど、ずっと元気なくて……でも昨日からやっといつものあの子に戻ったの。あんたのおかげなんでしょ? やっぱすごいね、彼氏の力って」
「前は『あんたに亜久里は任せられない』って言ってたのにな」
「やめてよ、昔の話じゃん。だって絶対すぐ別れると思ったんだもんあんたら。でも……亜久里はほんと、いっつもあんたの話してるよ。――あの子のこと、助けてあげてね」
「もちろんだ」
丞が迷いなく即答すると、瑠美は安心したように微笑んだ。
その日の夜、丞は亜久里に電話をかけて早速美弥子との関係を尋ねた。
『いつからっていうか、まあずっと仲は悪かったけどね。だってウザくないあいつ?』
「ウザいかはともかく、きっかけはなんだったんだ?」
『きっかけって言われても……服装チェックとかでイチイチ絡んできたのは一年の頃からだし』
亜久里は今でこそ、風紀委員である丞も指導できないほど制服をギリギリまで着崩す術を身に着けているが、それは丞と付き合い始めていろいろとアドバイスを受けてからの話だ。
それ以前に丞よりも厳しい美弥子の服装チェックを受けていたのなら、それこそ指摘を受けまくっただろう。
普通の生徒ならそこで多少の嫌味を言うくらいの反抗がせいぜいだろうが、亜久里は持ち前の負けん気で度々美弥子に食って掛かった。
それが以前から気に食わなかった、というのは美弥子も認めていた。やはりそれで個人的に嫌われたというのが自然だろうか。
「なら思い当たる節はなしか……本当にただ嫌い合ってるだけなのか?」
『ぶっちゃけ、うちはあいつが絡んでくるからウザいと思ってるだけだし。あいつがなんもしてこないなら、うちだってあんな奴マジどうでもいいって感じなんだけど』
今はともかく、亜久里の視点では『美弥子がダル絡みしてくるから反撃している』という認識らしい。まあ確かに亜久里から絡んでいく理由はない。
「音姫先輩が絡んでくるのは、服装チェックのときか?」
『いや、なんかことあるごとに、って感じ。いつからだろ……一年の夏休み明けとか結構多かったかも』
「別に夏休みは関係ないだろ」
『いや、ほんと明らかに変わったんだって。それまでは普通にウザい感じだけど、夏休み明けからはガチ寄りのウザさ爆盛りって感じなんだって』
この辺の表現のニュアンスを、亜久里と数カ月交際してきた丞もようやく少し理解できるようになってきた。
亜久里によると、夏休みを境に明らかに美弥子からの態度が変わったらしい。
それまでは普通に一生徒と生徒会役員という関係性での不和だったが、夏休み明けからその枠を超えて亜久里を過剰に敵視するようになった……と亜久里は感じているようだ。
「夏休み、音姫先輩と何かあったか? それとも、今回みたいに何か生徒会に目を付けられるような問題を起こしたとか」
『なんもしてないし。てか丞も知ってるでしょ? 去年の夏休みは、うちMeTubeやりまくっててそれどころじゃなかったじゃん』
「確かにな……」
去年の夏休みのことは丞もよく覚えている。
まだ二人が交際をしておらず、初期の頃ほど険悪ではないが友人と呼べるほど仲良くもない……そんな微妙な距離感だった時期。
去年の夏休みは、それまで低迷していた亜久里のMeTubeチャンネルを伸ばすために亜久里がいろいろなことにチャレンジした夏だった。
そのイベントに丞も少なからず関わっていた。
もちろん活動の全てを見守ったわけではないが、当時亜久里のアンチだった丞が見ていた限りでは、生徒会や美弥子に睨まれるようなことはしていなかったはずだ。
やはり『今回の裁定は美弥子の個人的な嫌がらせによるもの』という主張をぶつけるのは難しそうだ。
もしそんな主張をするなら、誰の目からも明らかな決定的な証拠を突き付けて論破する必要がある。
「……この筋で攻めるのはよした方が賢明そうだな。君も会議でそういう主張はするなよ?」
『音姫がうちのこと嫌いだから嫌がらせしてる説? いやぁうちそれあると思うんだけどなー。あいつ私情は挟みません的な風を装ってるけど、絶対そんなタイプじゃないよ。もっと陰湿なサイテー女だから、これガチ』
「……うーん」
それはもうなんとも言えない。
普段からいがみ合っている亜久里にはそう思えるのも理解できるが、丞には音姫美弥子という人物は、秩序や風紀のために熱心に活動している、厳格な生徒会長にしか見えない。
だが亜久里のこの手の『そうに決まってる論法』は、割と的を射ることが多いというのをこれまでのレスバで丞も知っていた。
「仮にそうだとしても、言っちゃだめだからな? 先生方に根拠のない言いがかりに見えてしまたら、マイナスの印象を与えるだけだからな」
『あ、そっか……そういうのも考えなきゃいけないんだよね。いつものレスバと勝手違うからややこしいよね』
好き勝手に自分の思うことを言えばいいだけのレスバとは違うということを、亜久里も理解できたようだ。
だが一度その辺について詳しく打ち合わせておいた方がいいかもしれない。
「――よし、明日は会議の練習に当てよう。亜久里もそれでいいよな?」
『もっちろん! 丞と一緒にいられるならなんでもオッケーだし。ね~?』
亜久里の言葉に、丞も優しい笑みで賛同した。
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