12話 炎上騒動

「ねえたすく……うち大丈夫かな……めっちゃ怒られちゃう系なのこれ?」

 放課後の教室で、亜久里は今にも泣き出しそうな顔で丞に声をかけた。


「大丈夫だよ亜久里。今回の件はさすがに事故みたいなものだし、その後の対応もちゃんとしてただろ? 心配いらないよ」

「そうだぞ乾。あんまり深く考えんなって。ちょっと怒られて、ちゃちゃっと謝ってこの件は終わらせちまえって。ワハハ」


 丞と綱一郎が一緒になって亜久里をなだめる。

 その言葉に亜久里も少し安心した様子を見せた。


「そうだよね、ちょっと怒られるのは仕方ないよね……」

「怒られるといっても、多分厳重注意くらいだろう。今から多目的室に呼ばれてるのは、どちらかと言うと今回の事情聴取の意味合いが強いと思う。安心していいよ亜久里」

「そっか……そうだよね。ちゃんと話せば分かってくれるよね?」

「ああ。嘘を吐いたり、逆切れしたり、開き直ったりしなければ問題ない。ちゃんと事実と自分の気持ちを述べて、反省の気持ちを伝えれば大丈夫だ」


 丞はとりあえず今思いつくだけのアドバイスを亜久里に授けた。


「……うん、わかった。ありがとう丞。コウ君も」

「ワハハ! 気にすんな、さっさと終わらせて、帰りにラーメンでも食いに行こうぜ!」

「聴取が終わるまで待ってるから、安心して行ってくるといい」


 陽気に話す二人に、亜久里もすっかり元気を取り戻した。

 それじゃあ行ってくる、と手を振り、亜久里は教室を出て多目的室に向かっていった。

 それを見送ってから、丞は綱一郎の方へ向き直った。


「綱一郎、悪いけどちょっと付き合ってくれるか?」

「そう言うと思ったぜ。もちろんいいぜ、どこに行く?」

「パソコン室だ。もう一度亜久里の動画を検証したい」




 パソコン室や図書室は放課後も解放されており、丞達以外にも数名の学生が何かの作業を行っていた。

 丞は奥のパソコンを立ち上げると、インターネットブラウザを起動して検索をかけた。


『愛♡アグリーチャンネル 学校 淫行 映り込み』


 これだけドンピシャなワードを打ち込めば、しっかり目当てのページがヒットした。

 今回の事件の記事をまとめた、いわゆる『まとめサイト』がいくつも検索ページに表示される。


「なんか、この前よりも増えてねえか?」

「……未だに炎上は続いてるようだな。まったく……」


 ――事の発端は約一週間前。

 亜久里がチャンネルにフェアリーリングのダンス動画をアップした数日後にまで遡る。

 動画にこんなコメントが書き込まれた。


『4:18 校舎の中でヤッてる学生映ってて草』


 このコメントに瞬く間に『いいね』が押され、情報は各所に拡散されてしまった。

 4:18とは、野球部によって校舎の窓ガラスが割られ、亜久里がそれをスマホのカメラで撮影したタイミングのタイムスタンプだ。


 そのとき、亜久里も含めほとんどの者は気づいていなかったのだが、実は同じ画角に入っていた校舎……その空き教室の一つで、どうやらとあるカップルが情事を盛っていたらしい。


 亜久里はそれを偶然撮影してしまい、しかも気づかないままチャンネルにアップしてしまった。

 しばらくして亜久里が騒動に気づき、すぐに動画を非公開にするが時すでに遅し。

 動画はネットの住民に保存され、もうネットから消去することはできなくなっていた。


「映ってた映像ってのが、これか」


 綱一郎がまとめサイトに張られている、問題のシーンを抜粋した動画を再生する。

 屋上からグラウンドが一望でき、右手にL字型に折れた校舎が見える。

 その校舎の三階の一番奥の教室。そこはもう使われなくなった空き教室だ。


 まとめサイトには、その空き教室がズームされた状態の動画がアップされており、それを見ると確かに教室の窓から二人の男女らしき人影が重なり合っているのが見える。

 男子生徒の後ろ姿と、それを正面から抱きしめる女子生徒。

 かなり距離があるので画質が相当荒く、女子生徒の顔までは分からないが……二つの影の動きを見ると、確かにをしているように見える。


「しっかし、こんなのよく見つけるよなあ」

 感心の度合いが強めの綱一郎と違って、丞は目に見えて不愉快そうだった。


「こんなものをわざわざ記事として取り上げて……娯楽として消費するなんて」

「今回は学校名まで堂々と載せてんのがまずかったよなあ。騒ぎを聞いた学校側も無視できなくなったし」

「保護者からの苦情や問い合わせが結構あったらしいな。このカップル……特に顔をカメラに向けてる女子生徒の特定がされてないのが不幸中の幸いか」


 保護者だけでなく、当然この一件は校内の生徒の間でも持ち切りのニュースだ。

 放課後の空き教室でヤッていたカップルは誰なのか。

 保護者も、学校も、生徒も、みなそれぞれの事情と興味から知りたがっていた。

 騒ぎが大きくなってきたため学校側も何らかの対応を取る必要に迫られ、ちょうど今日の放課後に、亜久里から直接事情を聴くために多目的室に呼び出しをかけた、というのがここまでの流れだ。


「乾のチャンネルが半端に登録者多かったのもマイナスに働いちまったな。変に注目を集めちまって。それに乾は……あー……」

「……『登録者の割にアンチが多い』、だろ?」

「そうなんだよなあ……」


 これは綱一郎や、他の友人、あとは亜久里の親友である舞原瑠美からもこっそりと言われていたことだ。

 丞はMeTubeにはあまり詳しくないが、普段からそういうのをよく見る者達や、特にアイドル系の配信によく顔を出す綱一郎の主観によると、そういう気配は以前からあったらしい。


 亜久里は非常に仲間意識が強く、自分を認めてくれるファン達への愛情はかなり深い。

 コメントも丁寧に拾っているのを丞もよく見かけていた。

 なので亜久里に認められ、迎え入れられたリスナーにとっては亜久里と強く繋がっている感覚を味わえるだろうし、それが亜久里の人気の一つでもあった。


 ……だが逆に、亜久里と正面からぶつかってしまうようなリスナーに関しては、亜久里はかなり手厳しい態度を取ることが多かった。

 何か嫌なことがあって、それを配信で愚痴ったときに『それはお前が悪いんだろ』なんて言われた日には、そのリスナーとレスバに発展した挙句にブロックする、ということも頻繁に行っているらしい。

 それがコメントの空気に悪影響を及ぼせば亜久里も焦ってまだ反省する余地があったかもしれないが、実際には逆のことが起こっていた。


 亜久里に賛同する他のリスナー達は亜久里と一緒になってアンチ(?)を非難し、ブロックされるという対処法は一般リスナーに反対意見を書き込むことを躊躇させる抑止になった。

 そんな空気が長い時間をかけ醸成され、亜久里のチャンネルのコメント欄はかなり亜久里に対して賛同的な意見ばかりが流れるような場所になった。

 当の亜久里はその状況に満足しているし、実際にチャンネルは成長を続けているため顧みる機会もなかった。


 丞はMeTubeに詳しくない上に、亜久里の配信はあまり見ていないということになっているため助言することもできなかった。

 何か目に見えるトラブルが発生しているわけでもないし、別に問題ないだろうと思っていたが……実際にはブロックされた者達や、そんな亜久里に対して悪感情を持っていたリスナーは密かに数を増やしていた。

 それがこの事件を機に可視化された、ということのようだ。


「炎上してるって言っても、別に乾を叩いたり非難するような炎上の仕方じゃないんだろ?」

「そういうのもチラホラ見るけど、基本は別の部分で騒がれてるみたいだな」


 亜久里のプロ意識やチェックの甘さを指摘する声もちらほらあったが、全体としては少数だ。

 話題の多くは、やはり映っていた謎のカップルの正体について。

 それを面白おかしく騒いだり煽ったりからかったりする内容がほとんど。

 次いで昴ヶ咲高校そのものへの、風紀が乱れているなどの批判もそれなりの数見かけた。


「問題のシーンの直前に窓ガラスが割れたのもよくなかったよなあ」

「実際は野球部の送球ミスなんだがな。日頃から治安の悪い学校だと邪推されたり、いじめもあるんじゃないかとか憶測で語られてたりな」


 だからこそ学校側も今回の件を無視できなかったというのもある。


「でも、乾と舞原のチャンネルは登録者かなり増えたらしいな」

「そこが本当に不思議だよネット文化ってやつは」


 丞はやれやれと肩をすくめた。

 ネットの記事には問題のシーンだけが切り抜かれていることが多いが、その元動画として紹介されている亜久里の動画にも人は流れ、そこで紹介されていたフェアリーリングのチャンネルも、この一週間で二百人以上も登録者を伸ばしたと聞く。

 もう動画は非公開にされているが、今でも登録者は伸び続けているらしい。


「こういうの、怪我の功名っていうのか?」

「よせよ。一番怪我をしたのは、ネットに晒されてしまったこのカップル達と、評判に傷をつけられた学校側だ」

「乾はむしろ加害者側ってことになるのか今回。でもこんなの事故だろ? そんなに大事にはならないよな?」

「……そう願いたいな。学校側にしてもこういうケースは初めてだろうから、まずはしっかり話し合ってから結論を出すと思う」


 この一件はおそらく昴ヶ咲高校にとって重要な前例となる。

 この件が今後の基準として用いられるだろう。その初回でいきなり厳罰を課すのは教員達も躊躇するはず。

 亜久里に悪意はなかったし、故意でもなかった。映り込みもあれだけ小さければチェックの杜撰さを問われることもないだろう。騒動の後の対応も決して悪くはなかったはずだ。

 情状酌量の余地はある、そう判断してもらえる可能性はかなり高いと丞も踏んでいた。


 ただ、今後しばらくは亜久里のSNSの利用に制限というか、慎重な配慮を求められるかもしれない。そのときは丞も微力ながら亜久里に協力しようと考えていた。

 ……一番重い処分としては、内申点に傷が付いたり、進学の際に学校から推薦を受けられなくなったり、というようなペナルティが考えられる。

 どういう処分が下されるのか、亜久里だけでなく丞もかなり緊張していた。

 どんな事態になろうとももちろん亜久里をサポートするつもりだが、穏便に済むに越したことはない。


 ――そのとき、丞のスマホに通知が届く。亜久里からだった。


「終わったらしい。迎えに行こう」

「結果は書いてないのか?」

「……書いてないな。それに……やけに長い事情聴取だったな」


 不穏な気配に顔を見合わせる二人。

 亜久里の性格を考えれば、良い結果に終わったならそれを真っ先に丞に知らせようとしそうなものだが……。


「……ま、まあとにかく行ってみよう」

 杞憂であってほしいと願いながら、二人はパソコン室を後にした。




 多目的室に向かうと、亜久里が部屋の前で佇んで二人を待っていた。

 暗い表情で俯く亜久里……その佇まいを一目見ただけで、彼女が落ち込んでいるのを二人は察した。

 どうやら彼らの予想よりもよくない処分を言い渡されたようだ。


「亜久里」

 声をかけると、亜久里は顔をパッとあげて駆け寄ってきた。

 そのまま勢いよく丞の胸の中に飛び込むと、今にも泣きそうな声で丞の名前を何度も呼んだ。


「大丈夫、落ち着いて亜久里。……何があった? 先生にはなんて言われた?」

 亜久里がこんなに取り乱す程の重い処分だったのだろうかと、丞も前もって身構える。

 ――だが亜久里の返答は、丞の予想を更に上回っていた。



「――丞。うち、停学になるかも」


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