第3話 私、悪女になる!
あのあと、なにをして二人で過ごしていたのかよく覚えていない。
帰りの馬車では大粒の涙をこぼして護衛たちに心配かけてしまったことくらいは記憶にあるが。
食事もまともに摂れず、自室で一人声に出しながら考え事をしていた。
自分でも整理がついていないため、こういう場合は声に出して耳で聞いていたほうが効率が良いと聞いたことがあったからである。
「レインハルト様は私たちの関係性まで上手くいかないだろうと断言してきた……。しかも、シャーリャ王女様のことを大好きだと」
今までレインハルト様と関わってきて、まさかそんなことはないだろうと思っていたが、現実はそうではなかったらしい。
政略的なものだったために、婚約して会ったばかりのころこそ、見た目はカッコいいとは思ったがそこまで意識するようなお相手ではなかった。
だが、レインハルト様のことを知れば知るほど、私の中ではかけがえのない存在へと変わっていった。
「今ではレインハルト様の幸せが私の幸せなんだよな……。だとしたら、やっぱり彼が本当に望みたい方向へと導いてあげないと……」
政略結婚を壊すためには、私が動くしか今のところ方向性が見えない。
しかも、私が原因でレインハルト様から婚約破棄をしてもらうのが最善策だろう。
そうすれば、レインハルト様の汚名もごく僅かで済む。
もちろん、私やフランフール伯爵家にはとんでもない汚名が振りかぶってしまうが……。
だが、今の私にとっては彼が全てになってしまっている。
レインハルト様が幸せになってくれれば私はこの先どうなっても構わないというほどだ。
「よし……! 決めた!!」
そうとなれば、早速レインハルト様から嫌われる作戦をしなければ。
心苦しいが、彼の本当の恋愛を成就させるためにはシャーリャ王女の提案に乗っかるしかないだろう。
「私はレインハルト様の前では悪女になる!」
幸い、恋愛小説で悪役令嬢系の本を読んだりしていたこともあるし、演じることくらいなら私にもできるだろう。
かなり心苦しいし、この先の私の人生は崩壊まっしぐらだとは思う。
でも、なによりレインハルト様の幸せのためだ。
このあと、ベッドで横になってなかなか寝付けずにうなされてしまった。
♢
さっそく今日から、婚約破棄してもらう作戦を実行する。
私は悪女になったのだ。
いつもどおりに公爵邸に馬車で向かい、いつもどおりに庭園で待つことにした。
だが、今日に限ってなぜかレインハルト様が先に待っててくれていたのだ。
「来たか」
「おはようございます。今日は早かったのですね……」
「あぁ、やはり昨日の件は謝ろうと思ってな」
今更謝ってもらっても、本音を聞いてしまっているし……。
このまま我慢して私と一緒にいてもらってもレインハルト様の幸せはやってくるはずもない。
「気にしていませんから、どうか謝らないでください」
「わかった」
ここで仲直りのようなことをしてしまえば、婚約破棄どころかズルズルと入籍になってしまうかもしれない。
決してレインハルト様に謝罪させてはならなかったのだ。
「……どうしたのだ?」
「いえ、別に」
誤算が……。
悪女になりたいのに、レインハルト様の顔を見た途端にそれを拒んでしまうのだ。
それでも覚悟を決めて勇気を出した。
「レインハルト様は一段とひどい顔ですね! え……と、ヤバすぎですよ」
悪女というよりも最低な発言だ……。
だが、これでレインハルト様は私のことに愛想をつかして堂々と婚約破棄をしてくれる傾向に進むだろう。
「ミリアナよ……」
「は、はい?」
「実はそのとおりなのだ。ありがとう」
「はぁぁぁいいい!?」
一体どうなってんの!?
私は今まで発言したこともないような暴言を言ったのだ。
ただ、言ってから思ったこととしては、確かに普段のレインハルト様と様子が違う感じで少し疲れているような表情も見えたような気はした。
だが、それと暴言は別。
それなのに……、『ありがとう』って言われてしまった。
なんでこんなことになってしまったのだろう……。
「ミリアナ?」
私はまたしても婚約……じゃなくて困惑してしまい、思考回路がメチャクチャになってしまった。
今日の作戦は大失敗と言っていいだろう。
作戦を練り直さなければ。
「ミリアナ?」
「あ、はい?」
「何度も言うがありがとう」
「あ、はいどうも」
このあと、前回同様なにをして過ごしたのかよくわからなくなったままだった。
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