第8話


「ふふふ、あの時は本当に可笑しかった」


「だから、緊張してたんだって!」


 口元に手を添えて彼女は笑った。

 今じゃあんなカタコトのしゃべり方なんて考えられないな。

 思い返しても恥ずかしい。

 それだけ彼女と親密になったということだ。


「あれから色々あったね」


「そうだなぁ。どれも大切な想い出だよ」


 思い返せばどれも充実した日々だった。

 最初は緊張する事もあったが、段々と慣れてきて朝奈の事がどんどん好きになった。

 一度、喧嘩した事もあったが、それすらも愛おしい掛け替えのない思い出だ。


「そうだね。本当に今まで楽しかった」


 今までって。

 これからも楽しいことが沢山あるはずだ。

 それじゃまるで......


「早く治してまた行こうぜ」


「それはもう出来ないよ」


 彼女は冷たく答えた。


「何で? 体調が良くなったらまた遊びにいけ──」


「私たち別れよっか」


 突然の彼女の言葉に耳を疑った。

 その言葉に身体が拒絶反応を示した。


 何を言って......別れる?

 何の話をしているんだ?


「そんな冗談俺には通用しないぞ?」


「冗談じゃないよ」


 いつもの明るい表情と打って変わり、真剣な表情の彼女を見た。

 彼女はこんな嘘をつく人間では無いことは俺が一番分かっている。


「本気なのか」


「本気だよ」


「何でいきなり別れるなんて言うんだ?」


「もうゆうくんの事好きじゃなくなったから」


「そんなの納得できないだろ!」


「納得なんかしなくても良い!!」


 彼女の声が響き渡った。

 今までこんな声を荒げる事なんてなかった。

 心臓がバクバクし、視界が遠くなる。

 彼女の言葉を咀嚼出来ず、病室を沈黙が支配した。


「もしさ。もしもの話だけどさ。自分の彼女がもう長く生きられないなんて言われたら、別れるでしょ?」


「そんな事あるわけ──」


「あるんだよ」


 絞り出すような声だった。


「あたし余命宣告されたの。もう長くは生きられないんだって。だからさ、私たち──別れよう」


 暗い暗い谷底に突き落とされるような感覚が身体中に駆け巡る。

 病室に鎮座するオレンジ色の花だけが、風にあおられ静かに揺れた。

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