第7話


 翌日。

 俺は朝奈の病室にいた。

 今度はお土産を持って。

 朝奈に喜んで貰いたかったから。


「朝奈~。今度はお土産買って来たぞー」


「あ、ゆうくん......ありがとう!」


「あの時のチーズケーキ覚えてるか? テイクアウト出来たから、久しぶりにどうかと思ってな」


「懐かしいね。初めてのデートの時だよね?」


「そうそう。あの頃はめっちゃ緊張してさ~」


 あれはまだ付き合ったばかりの頃だった。


 ****


「おはよう月見里やまなし君。もしかして結構待たせちゃったりしてた?」


「オハヨウ橘さん。全然マッテナイヨ。本当ゼンゼン」


 本当はかなり待った。しかし、現在時刻は待ち合わせ5分前。橘さんは時間通りに来たため遅れていない。


 そう。

 俺が早く来すぎただけだ。

 初めてのデートでガチガチに緊張していた俺は、相手を待たせる訳には行かないと思い、早めに来た。それも1時間以上も早く。完全に俺が悪い。


「そっか。じゃあ、行こっか」


「ハイ」


 橘さんと昼食を済ませた後、映画を見に行った。

 流行りの恋愛もので評価も良かったため、楽しみにしていたのだが、緊張し過ぎて全く内容が頭に入って来なかった。

 因みに昼食で何を食べたのかさえ覚えていない。


「面白かったね!」


「ウン」


「ちょっとカフェで話そっか」


「ハイ」


 カフェに着いた俺たちは映画の感想を語りあった。


「あそこでヒロインに告白するシーンがさ、キュンキュンしたんだよね」


「ソウダネ」


 ヤバい全く話についていけてない。本当に同じ映画を見たのだろうか?

 橘さんは楽しんでくれているのか......?

 そんな不安を抱えている時―─


「お待たせいたしました」


 注文していたチーズケーキが届いた。

 特に何の変哲もない普通のチーズケーキに見えた。


「美味しそ~いただきます」


 俺も橘さんにつられてチーズケーキを口に運んだ。


「あっ美味しい......!」


 昼食で何を食べたのかさえ覚えていないのに、このチーズケーキは美味しく感じた。

 この緊張の中で美味しいと感じる程絶品であったのだ。


「ぷっ! ふふふ......」


 橘さんが笑いだした。


「ど、ど、どうしたの?」


「いや、月見里くん今日初めて笑ったなと思って」


「あ......」


「今日ずっと緊張してたでしょ? ずっとカタコトでね。それが可笑しくって可笑しくってずっと我慢してたの」


「ご、ごめん」


 そうか、俺笑ってなかったんだな。


「全然大丈夫だよ。でもね、このチーズケーキを食べた瞬間表情が柔らかくなってね。あっ緊張してたんだなって」


「初めてのデートだったからさ......」


「ふふふ。じゃあこれは魔法のチーズケーキだね」


 魔法のチーズケーキ。

 比喩なく俺を笑顔にしてくれたこのチーズケーキは、そう呼ぶに相応しいな。

 そう思ったら、自然と力が抜けて、笑いが込み上げてきた。


「ふふ、何でこんなに緊張してたんだろ」


「可笑しいね。でもそっちの方が好きかな」


 彼女は笑いながら答えた。


「そうかな?」


「そうだよ、ゆうくん」


 ふと違和感を感じた。その違和感は嫌なものではなく、とても心地良いものだった。


「今俺の事下の名前で......」


「ごめん、嫌だった?」


「全然! 嫌じゃないよ!!」


「そう? じゃあ私の事も下の名前で呼んでくれないかな?」


「朝奈......さん?」


「何で疑問系なの?」


「な、何でだろ?」


「ふふふ......やっぱり......可笑しいって!」


 彼女の満面の笑顔は、日を浴びたアサガオの様にとても眩しかった。

 きっと、人生で最高の瞬間が更新された時だったのだろう。

 俺はこの笑顔を大切にしたい。

 そう心に誓ったんだ。



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