第4話 過ぎてしまった話②

彼女が言いたくないわけだ。

でも話はこれで終わらなかった。彼女の過去を話す口は止まらない。




「酷い、話ね」


私はなんとかそう声を出した。その人は頷いて、「でも」と続けた。


「でも、これには続きがあったの」


聞いてはいけない秘密が語られ始めた。

しかも、よりによって彼女本人じゃなくて今は他人になってしまった元カノの口から。


「身内が、それが弟でもね、人を殺した人と付き合いたくないって人は少なくないわ。でも大丈夫。自分の愛はそんなにやすいものじゃない。

そう思っていたの。

その時までは」


その人は踏み込んでしまった。その事件を詳しく調べるうちに、犯人である彼女の弟と面会するまで近くへいってしまった。

その人が彼と初めて会った時の言葉は、傷つけられた彼の心にどんな影響を与えたんだろう。


「初めまして。貴方のお姉さんの彼女です。こう言えば解る、かな?」


自分は貴方と同じ世界を見ています。貴方を理解することができます。

貴方の姉の、パートナーです。


その人は彼に初見からいきなりそう示した。

自分は味方なんだ。信じていいんだ。信じて欲しいんだ。

その人は彼にそう示した。

だから彼女の弟は姉の秘密を喋ったの。喋って、しまったの。


彼はその人に話し始めた。

当時のことは本当に頭がぐちゃぐちゃしていて、特に「その」直前と直後のことなんかは曖昧な部分が多い。だから正確なことじゃない、かもしれない。


あの日には続きがあった。




後日警察の人に聞いた話なんだけど。


両親の遺体の一部が家の何処を探しても見つからない。


どうしても、見つからない。


バラバラにしたわけじゃない。だからその一部は体に繋がっているはずの部分なんだ。


でも、見つからない。


警察の人は自分に何かしたのかと尋ねた。自分はやったけどやっていない。そんな細かいことなんて、あの精神状態じゃできっこない。

警察もそこは納得した。じゃあ何処に?


見つからなかったのは、母の耳と、父の目だった。


いつも自分の声と言葉を聞いてくれていたはずの母の耳。

いつも自分を見守ってくれていたはずの父の目。


自分はそれを壊したんだ。


彼は言った。


結局見つからなかったそれらのことは伏せて、あの事件の内容は公開された。

でも、今思い出すと、もしかしたら、いや、確かにあの時、でもそんな、そんなこと。


彼は混乱し始めた。その人の前で何かを思い出してしまった。







あの時、姉さんも自分と同じだった。




彼はそう言った。







同じって何が?

性嗜好が? 彼らは同性愛者。

心が? 彼らはとても傷つけられた。

行動が? 彼らは、共犯者?


彼は、彼女の弟は言った。


自分は、両親のことが嫌いだった。嫌で嫌で、嫌いで嫌いで、だから殺してしまった。

でも姉さんは逆だった。逆だったけど、多分ある意味同じだった。




私には意味がわからなかった。その人も意味がわかっていなかった。

そうじゃなくて。

解ろうとしなかったの。私とその人は似ていた。彼女に向ける好意が。同じものを持っていたから、その話を理解したくなかった。頭がわかってくれようとしなかった。


知りたくなかった。

でも、目の前には知ってしまった人がいる。その人は私に何かを望んでいた。


私は続きを促した。


「それで?」




彼女は両親と弟を愛していた。家族として。

好きで好きで、愛していた。

だから否定されたことがショックで悲しくて、異常な本能の欲望に屈してしまった。

彼女の弟は両親が嫌で嫌で嫌いだったから離れたかった。だから殺した。じゃあ、その姉は?

好きで好きで愛していたから離れたくなかった。ずっと一緒にいたかった。




ずっと、ずっと、一緒に、いたかった。

ひとつに、なりたかった。




彼女の弟が混乱している頭で彼女を、姉を見た。

彼が殺した両親たちの側に踞っていた。

姉はそんなに悲しいのか。あんな親たちのために泣いたりして。

泣いたりして?

彼女は泣いていなかった。

彼女の手には、弟が放り出した血に濡れた包丁が握られていた。その包丁は。その、包丁は。




ゆっくりと、母の目を抉った。

ゆっくりと、父の耳を切り落とした。




ねえさん、それを、どうするの?




彼は声が出せないまま、それを、見てしまった。







彼女の口にそれらが呑み込まれていく様子を。










「あの子は両親を食べたのよ。人が人を食べるなんて、そんなの」


きもちわるいじゃない




その人は「その」言葉を私の前では言わなかった。だって、彼女と弟をそこまで傷つけた言葉だから。本心では思ってても言えなかったんだろう。


「すぐに彼女と別れたわ。だってそうじゃない。好きだから食べちゃうなんて、怖すぎるわ。

どんなに好きでも、私は食べられたくない」


私は何も言えなかった。

恋人でも家族でも何でもない私には、何も言えない。


「貴女もすぐに離れなさい。死にたくないでしょ? 食べられたくなんて、ないでしょ? それだけ言いたかったの」




その人は最後に私へそう言い残して去っていった。

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