第31話 side Aoi
店長におつかいを頼まれてニコさんの家の前にいる。
1時間前
「碧生くん、仕事のあと予定ある?」
「ないっす。」
「よかったっす。これね、ニコちゃんが明日参加するセミナーで必要な資料なんだけど、渡しそびれちゃって。わたし、今日は早く家に帰らないとだからニコちゃんに届けてもらえないかな?」
ニコさんに?
店長が俺とニコさんの今の状況に気付いてないわけないと躊躇していると、店長が耳もとで
「朱生くんに取られちゃうかもね。」
その言葉に目を丸くして店長を見る。
兄ちゃんに!?
それは絶対イヤ。ほかのヤツにニコさん取られるのだってイヤなのに兄ちゃんなんてもってのほかだ。
「行きます!」
と簡単に焚き付けられてしまった。
家の住所を教えてもらって地図アプリを頼ってここまで来た。
いや、しかし、このご時世に個人情報を勝手に知らされて嫌いな男が家まで来たら恐怖でしかないよな。
あぁ、決定的に嫌われる。
考えただけで落ち込んでしまう。
でも、資料がないとニコさんが困る。
ポストに入れようか。でも気付かないかもしれない。
あ〜仕方ない!これは店長からのおつかいだ。店長がちゃんとニコさんに連絡入れてくれるって言ってたし。
家の前の駐車場にニコさんの車を確認する。
車があるから帰ってきてるよな。
メッセージで呼び出そうか…。
「あっ…はぁ。」
アプリの画面で未読状態の履歴を見てブロックされてるんだったとため息をつく。
職場での態度考えると、さらにずんと気持ちが重くなるけど意を決してインターホンを押す。
「どちら様ですか?」
お母さんかな、女性の声。
「こんばんわ。ニコさんの同僚の小田桐と言います。」
「…小田桐さん!?」
インターホンの向こう側で奇声に近い声で名前を呼ばれ、『お待ちください』もなく切られた。一家で俺を拒否?
俺が家にまで来たらニコさんにどんな顔されるんだろう。
その表情次第でもう立ち直れないかも。
怖くなって帰ろうかと考えてたら、ドアが開いて家の人が顔を出してきた。
「姉になにか御用ですか?」
妹か、どことなくニコさんに似てる。
「明日のセミナーの資料を届けに。これがないと受けられないようでして。」
と言いながら手に持ってる封筒を見せる。
「えー、わざわざありがとうございます。ニコちゃんったら。あ、あたし、妹の寧々です。」
ニコニコと笑顔すぎる笑顔でまじまじと顔を見られてる…気がする。
「あ!良かったら上がっていきませんか?車ですか?」
と辺りを見回し、
「いや、自転車で…。」
「なら。我が家、今高級肉で焼き肉中なんです。さぁさぁ。」
「いやいや。」
「いやいやどうぞどうぞ。」
えーなんでこんなに強引なんだぁ。
腕を引っ張られ、家の中に入ると確かに焼き肉のいい匂い。
ニコさんのお父さんらしき人が肉を焼きながら飲んでるしお母さんらしき人が野菜をホットプレートに入れている。
「いや、家族団欒のところ申し訳ないです。」
やっぱり帰ろうと引き返そうとしたら、さっきよりも強引に妹に押されるがまま食卓へ連れていかれる。
「家族団欒だなんて。こんなの毎日のことなんで。遠慮しないでください。ニコちゃんの同僚のあおいくんでーす。忘れ物届けてくれたから焼き肉に招待しましたー。」
妹さんはなんで俺の下の名前知ってるんだ?
俺の話してるってことだよなぁ、どんな話を…。
「あなたがあおいくん。会ってみたかったの。娘がお世話になってます。」
お母さんが手を止めて俺の前にやってきて頭を下げる。
「小田桐です。僕の方こそニコさんにお世話になりっぱなしで…」
好きな人の家族に囲まれるとか、なんかの罰ゲーム?
しかも本人不在。
しかも本人と不仲。
「あ、ニコちゃんもうすぐ帰ってくると思います。今買い物に行ってて。」
ニコさん、すぐに戻って来てくれないかなぁ。
人の家の食卓に入るのは実花の家でしかなく、どうしたらいいかわからない。
「ここにどうぞ。」
お父さんの横を寧々さんにすすめられて座る。
「あおいくんと言ったっけ。若いな。」
「24歳です。」
ニコさんのお父さんが俺にグラスを渡し注いでくれる。
俺も注ぎ返す。
「あたしより年下じゃんねーならタメ口でいっか。あおいくんもタメ口でいいよ。」
あっははーと豪快に寧々さんが笑う。
「24か〜寧々の彼氏にどうだ?」
「もう。すぐそういうこと言う。わたしは恋人いるから。」
僕はニコさんが好きなんですよ、とは言えないから心の中で呟く。
ふと寧々さんに目をやるとこっちに不穏な笑みを向けてる。
え、なになに。
寧々さんにいろいろ見透かされてる気がする。
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