第29話 side Nico
目が腫れたままコンビニでおにぎりとホットのほうじ茶を買い、車の中で食べて、もうすぐ出社時間になるから職場へ向かう。
昨日の夜中から何も食べてなかったからお腹に入れたらちょっと落ち着いた。
碧生くんからの着信やメッセージはブロックした。
仕事行きたくないなと、大きく息を吐く。
ただただ碧生くんに会いたくない。
大人を装って普通に接するか存在を無視するか、方向性が決まらないまま職場に着いてしまった。
最近職場に着くと必ずチェックしてた碧生くんの自転車。
癖になって無意識にその場所を見る。
自転車がない。
そういえばさっき走ってきてたっけ。
なんでだろう…。
「まぁ、わたしには関係ない。」
と碧生くんへの興味に蓋をする。
「おはようございます。」
どうか会いませんようにと願いながら事務所に入ると、
「あ、ニコちゃん。昨日はお疲れ様。大変だったんでしょ?」
真波さんがわたしの顔を見るや否や苦笑いしながら話しかけてきた。
「聞いてくださいよ!」
と昨日の宇佐美とのことを思い出したら怒りが沸き、ひとしきり話した。
「それはひどい。なんかさ、朱生くん全部仕組んだんじゃないの?」
「え?」
仕組むってどういうこと。
「そんな仕事はもともとなくてただニコちゃんと一緒にいたくて。」
「えー…。」
昨晩のこととか今朝抱きしめられたことを思い出したら無意識に
「ヤダ。」
と口をついて出ていた。
そういえば車の中で「彼女になって」とか言ってたのを思い出してまた
「ヤダ。」
と漏れた。
よく考えればあれは告白だったのか。
碧生くんのせいでそんなことすっかり忘れていた。
真波さんがまた苦笑いし、
「朱生くんも報われないわね。朱生くんが他店舗からヘルプ入れるからニコちゃんを今日は休ませてあげてってさ。こっちの人員もみてから言って欲しいんだけどさ。碧生くんは装花の総入れ替えの依頼があってそっちに行ってるから帰ってくるまでは申し訳ないけどお店に入って。」
「あ、はい。」
宇佐美ってそういう気遣いできる人だったんだ。
でも全然嬉しくない。今回のことで嫌いさが増した。
碧生くんは自転車はないけど出社しているようだ。
外回りならなんとかヘルプの人が先に来てくれたら顔を合わせなくて済むと胸を撫で下ろす。
仕事に没頭していても昨日今日のいろんな出来事、主に2人のキスシーンがポンと頭に浮かび、悲しさやイライラを感じちゃうわけで、それが仕事にも出てしまう。
「日比野さん、なんかイガイガしてるお花だらけだわ。お疲れじゃない?」
花びらや葉っぱが鋭いものばかりの花束を作って常連のマダムに心配されたり、
はたまた
「にこちゃん、なんでこんなにダークなの?」
と濃く暗めの色の花束作ってお店の近所に住むおば様から驚かれた。
「あっ、碧生くんお疲れ様。おかえり。早かったね。」
花束30束の注文をこなし無心で作業台を片付けしているところに真波さんの話し声でハッとした。
碧生くんが戻ってきた。
心臓がバクバクしてきた。
ヘルプの人のがすぐ来てくれるのかと思ってたのに、それより早く碧生くんが帰ってきてしまった。
「ニコちゃん、ヘルプの久保田さんきてくれたから上がって。」
真波さんが久保田さんといっしょに店に入ってきて言う。
「はい。」
碧生くんが店内にはいってくる前にここを出たい。
「今日はこれで失礼します。久保田さんお疲れ様です。お忙しいところすみません。よろしくお願いします。」
久保田さんに挨拶をしてすぐさま事務所に戻り、帰り支度を始める。
急がなくちゃとエプロンを外して、ハンガーに掛ける時間なんてないからロッカーに放り投げて扉を閉じる。
「ふぅ。」
どうか碧生くんに会いませんようにと祈りながら扉に手をついて大きく息をする。
「ニコさん。」
はっ。碧生くんがわたしの背後に立っているようだ。
振り返れない。顔なんか見れない。見たくない。
だって絶対泣いちゃう。今だって涙目になってるのがわかる。
30手前で本当無様だよ。ここで泣いたらもっと無様だ。
下を向きながら無視して碧生くんの横をすり抜けて会社を出た。
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