第28話 side Nico

「まだ7時なのに、もう店にいいのか?」

「うん。車置いてるから。」

朝は道が空いていた上に宇佐美が車をとばしたから1時間で戻ってこれた。

お店がある商店街に車が入り、しばらくすると六反田さんちがあり無意識に確認しちゃう。

お店の前に人影が見える。

そして、車が近づくにつれ誰かはっきりわかる。

碧生くんと制服姿の実花ちゃん。

まだ朝の7時すぎ。こんな朝から何してるんだろう。

胸がざわついて知りたくないけど2人から目が離せない。

手をつないでいるように見える。心がザワザワする。

見ちゃダメかもとあたまが警告を出すんだけど、逸らすことができない。

目の前を通ったそのとき。

2人はキスしていた。

あまりのことに動けず凝視してたら碧生くんと目が合った。

宇佐美は2人に気付いてないようで、なにか話し続けてる。

こんな朝早くから家の前でキスするとか、付き合ってないとおかしいじゃん。

付き合ってないんじゃなかったの?

昨日からずっと浮かれていた自分が急に恥ずかしくなった。

わたしはただただ碧生くんに手のひらで転がされたのか。真に受けたわたしがバカだったのか。

ショックと怒りで感情がぐちゃぐちゃだ。

窓の外を眺めたまま頬を伝う涙を指でそっと拭った。


「なんか振り回してごめんな。」

「宇佐美のせいじゃないでしょ。」

店の駐車場に着いたから、シートベルトを外して降りようとドアノブに手をかけたら、

「あのさ、お前ってあお…小田桐さんと付き合ってるのか?」

「えっ…。」

なんでこのタイミングで碧生くん?

胸の動悸が激しくなる。

宇佐美はさっきのこと気付いてないと思ってたんだけど、実はわたしが泣いてることに気付いてたの?

いくらなんでもそれだけでは付き合ってるとは思わないよね。

「付き合ってないよ。なんで?」

名前が出てきただけで涙が溢れそうになるから宇佐美を見ずに答える。

「いや、昨日小田桐さんのマンションからお前が出てくるの見かけたから。」

あそこを見られるとは想定外であわあわなった。社員の家を把握してるのにも驚いた。

「碧生くんもあのマンションなんだ。へぇ、知らなかった。友だちが住んでるんだ。」

としどろもどろにウソを並べる。宇佐美はその言葉に疑いもせず

「あ、そうなんだ。」

となぜかホッとした表情をする。

昨日のこと思い出すと、涙が抑えきれない。なんで思い出させるのよ。涙がまた溢れそうで早く1人になりたかったから

「じゃあ、行くね。」

と急いでドアを開けようとした瞬間、

「日比野、俺の彼女になってよ。」

と後ろから宇佐美に抱きしめられた。

なにコレ。イヤイヤイヤ…。

「イヤッ!」

反射的にカラダが拒絶して突き放し、宇佐美は運転席のドアに激突。

「いって。」

痛がる宇佐美を残し黙って車を下りると、

「今何された?」

実花ちゃんのところから走ってきたのか息をきらした碧生くんが泣きそうだけど怒ってるような表情で立っていた。

たぶん抱きしめられたところを見られた。

「兄ちゃ…マネージャーに…。」

「バカにしないでよ!」

碧生くんが言おうとしてるところに被せるように言い捨てた。

「ニコさん…。」

顔なんて見たくない。

泣いてる自分がイヤだ。

碧生くんのせいで泣いてるとか思われたくないし、さっきまで他の女とキスしてた人にとやかく言われたくない。

下を向いたまま無視して、事務所に入る気にもならず、停めておいた自分の車に乗り込みあてもなく出した。

近くの駅の駐車場に停めてひとしきり泣いた。

碧生くんからメッセージは届くし着信もあるけど話すことなんてない。

もうヤダ。振り回さないでよ。

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