第17話 side Nico

ちょっとした失恋から2週間ほど経った。

しばらくは気持ちが落ちていたけど、自分に催眠術かけるくらい碧生くんへの気持ちは何にもなかったと思い込むようにした。

碧生くんはよく話しかけてくれたり飲み物くれたりするけど、なるべく自分からは最低限接するようにして、なんとか気持ちにブレーキをかけた。

碧生くんをはっきり好きになる前で良かった。


9月上旬、なんとか集中して昇格レポート作りは終わりまで辿り着き、真波さんにも見てもらってあとは宇佐美のチェックか。

ヤダなぁ。あいつはどうでもいいことにケチつけてくる、絶対。


宇佐美へメールでチェックをお願いした。そしたらその日の午後に現れて、プリントされたわたしのレポートを机に投げつけ、

「なんなんだ、この小学生みたいなレポートは。」とパワハラ上司のような態度を取られた。

「人材育成なんて当たり前のこと書くな。それより売り上げをあげることだろう。」と机をバンバン叩きながら言う。宇佐美の人となりを知っているからただただその姿に冷める。あなた、このテーマでいいと言ったじゃないですか。

「え、中身ちゃんと読んでくれました?」

これからの会社のこと考えて書いた。売り上げは今のところ心配はないはず。それよりこの会社の離職率を問題視したほうがいいと思ったからそれをテーマにしたのに。

「中身なんか見なくてもタイトル見ればたかが知れてるだろ。」

「タイトル…。」

「タイトルをもっと派手にしろ。」

え、見た目の話?

「色を変えて、なんなら虹色とか。」

虹色?!話が聞こえてた真波さんが笑いを堪えてる。信じられない、どうしたらそんなセンスになるわけ。ダサすぎて力が抜ける。こんなやつに判断してもらうとかもうありえない。

「じゃあ、マネージャーの昇格時のレポート見せてくださいよ。参考にするから。その虹色とやらも。」

むかついてわたしも応戦する。

「お、俺?」

宇佐美がマネージャーに昇格したとき、「試験は大変だった」とみんなに触れ回ってた。だけど、親のコネで実際試験を受けていないってことくらい社内では周知の事実。でも、このくらいの意地悪やってやらないと気が済まない。

「朱生くん。そろそろニコちゃん離してもらっていい?忙しいんだけど。」

「すんません。とりあえずもう1回見直せ。」

真波さんの一声ですぐに解放された。

宇佐美とのやり取りがしんどくて天井を仰ぐ。

「あ、日比野。」

「なに?」

もうしんどすぎて敬語も出てこない。この状況でまたモジモジしだしたよ。

「あ、も…もし今晩時間あるなら仕事の後食事しながら一緒に手直ししよっか?」

どういうメンタルしてるんだよ。

「あんたと一緒に食事してもおいしくないし楽しくないわ!」

と言いたいのを抑えて、

「いや。結構です。」と被せ気味に無表情で断り、事務所を出る。

そもそも、花束注文が入っててこんな茶番に付き合ってるヒマはないのに。急いで店に戻ると碧生くんが花束に使う花や葉物を用意してくれていた。

「わぁ、助かる。」

「花の種類はこれでいいですか?」

「うん。バッチリだよ。」

碧生くんのセンスに脱帽する。お客様が一つの花だけ指定してあとはおまかせということだった。前々から思ってたけど色のセンスが抜群にいい。留学でこういうことも身につけられるもんなのかなぁ。

それにしても、宇佐美のことがイライラしすぎて、上手に花がまとまらない。

「ぼくがしてもいいですか?」

隣で手伝ってくれている碧生くんが聞いてきた。今日はうまくできる気がしない。

「うん。おねがい。」

助言しながら碧生くんに花束を作ってもらう。ペーパーの巻き方が上手になっている。でも、リボンがまだ苦手なようで綺麗な形ができない。

「YouTubeで研究してるんすけどね、リボンが全然上手にならなくて。」

「リボンはわたしがやろうかな。」

「ありがとうございます。珍しいっすね、調子良くないんすか?」

「ん?マネージャーにダメ出しされた。ってかさぁ、タイトルを虹色ってなんなの。もうわけわかなさすぎてストレス溜まる。って、ダメね、後輩に上司の文句言うのは。」

反省反省。

「夜予定ないなら仕事終わりに飲みにいきません?美味しいご飯とお酒で発散しませんか?」

たしかに真っ直ぐ家に帰る気分じゃない。聞いてほしい…。

けど、2人で?せっかく気持ち封印しかけていたのに楽しくなったら復活する恐れがある。

それに実花ちゃんに見られでもしたらまた厄介だ。

あれこれ悩んでいたら、

「わたしも久しぶりに行きたい。旦那が家にいるから今日なら行ける。」

真波さんが手を上げた。

「行きましょ行きましょ。」

碧生くんが言う。2人がこっちを見て返事待ちしているようだ。

3人ならいっか。万が一見られても真波さんも一緒なら大丈夫なはず。

「うん、行こう。」

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