第4話 side Aoi

普段ゆっくり話できないパートさんたちともいろいろ話していると、

「碧生くん楽しんでる?」

いつもよりテンション高めのニコさんが隣に座る。

「酔っ払ってません?」

「ううん。普通だよ。」

いや、絶対これは酔っ払ってる。

頬がピンク色になってずっとニコニコ笑ってる。


実は、俺はニコさん目当てでこの会社に入社した。

だから、一果おばさんが「たまたま?」と聞いてきたのには焦った。

ある日、ニコさんの装花に一目惚れしてしまった。

言っておくけど、ニコさん本人じゃない。


まだ高校生だった7年前。

親が離婚してから母が長期出張の時は近くに住む伯母に預けられ、月に1〜2回は一果おばさんのお世話になっていた。俺が高校生になってからは一通り家事を自分でするようになり母・伯母が不在でも困ることはなく、おばさんちのお世話になることはなくなった。

たまには会いに行こうとおばさんのお店に顔を出したとき、飾られていた花を見て、一瞬で惹きつけられた。花って「かわいい」とか「綺麗」だけじゃない。「かっこいい」という言葉もハマるのかと驚いた。

母親がそういう仕事しているのに植物とか全然興味なくてまったく知識もなかったけど、これを俗にいう一目惚れというのかもと高校生ながらに感じた。そのとき装花をこっそりスマホで撮っていたら

「とうとう碧生も目覚めちゃったか。」

と一果おばさんに見つかってしまった。

「い、いや。そういうわけじゃない。」

見られたのが恥ずかしくてごまかしたけどきかなかった。

「いいじゃんいいじゃん。あの2人の子どもだもん。紗耶も喜ぶよ。」

紗耶というのは母のことだ。余談だけど、伯母と一果おばさんは中学のときに同じクラスになってからの付き合いで、そこに母が加わって学生のときは3人でよく遊びまわってたとか。

話は戻って、ちょうどそのころ俺は進路に悩んでたけど、目標ができて大学に進学し、母さんの伝手で留学もした。

留学前は花を見る目的で一果おばさんちに行くことが増えた。ある日、たまたまニコさんが装花を新しくしに来ていて、この人があの花を手がけた人なのかとまじまじと見ていたら、「こんにちわ」と挨拶されニッコリ笑ってくれたのがずっと忘れられなかった。

宇佐美コーポレーションに就職がきまり、新人は10店舗あるなかのどこかに配属されるのだけれど選べない。だからあのニコさんがいる店舗に配属されたのには偶然でホント驚いたしすごく嬉しかった。


歓迎会のお店を出て、パートさんは塾のお迎えがあるからと帰り、アルバイトさんはこの後予定があるということでいなくなった。

そして店長も、

「碧生くん。ニコちゃんを駅までお願いしていい?ダンナから早く帰って来てって電話きちゃって。」

「わかりました。」

「ニコちゃん、ああ見えて結構酔っ払ってるから、申し訳ないけどよろしくね。」

コッソリ指南された。

「お疲れ様。」と手を振りながら店長は駅へ走っていった。

『申し訳ない』とはどういうことなのか。

「わたしなら大丈夫なのに。」

とそれを聞いていたニコさんがスマホを見て、

「まだ8時半…碧生くん。よし、飲み直そう」

俺の返事も聞かずに近くのバーに連れて行かれた。入ってみると少し薄暗くピアノの生演奏が流れてる。

「大人っすね。」

「真波さんとたまに仕事帰り来るんだ。」

雰囲気に飲まれ気後れしそう。

それでも、しばらくすると雰囲気になれて他愛ない話を楽しんだ。

すると、「おめでとう」とどこかの席でこの場に合わない拍手と歓声で盛り上がってる。

カウンターの店員が「賑やかになってしまってすみません。プロポーズが成功したみたいなんです。」

ニコさんと「ほう。」と軽く拍手しながら目をやる。

大喜びの男性と恥ずかしそうな女性、それに茶々を入れる友人たち。

「友だちに協力してもらってねぇ。」

とニコさんが一瞥し、

「プロポーズくらい自分の力でしてほしいなぁ。家とかでさ。」

「え?家でいいんですか?」

「え?あ、もし。結婚してくれる人がいたらね。」

アハハ、と言いながらニコさんは目の前のカクテルを飲み干し、同じものをお代わりした。

「碧生くん、恋人は?」

「1年半くらいフリーですよ。」

「えー、かっこいいのに。」

“かっこいい”

と不意にストレートな言葉で褒められて戸惑う。

ニコさんの声が頭の中で反芻する。

“かっこいい”

俺のことそんなふうにみててくれたのかと嬉しくて、こっそりニヤける。

「そ、そそそそういうニコさんは?」

「いないいない。3年くらいいないよ。」

いないことにホッとしている自分がいる。

「あっ。碧生くんには恋人候補がいるもんね。」

ん?恋人候補?…あっ。

「実花は違いますよ。妹みたいなもんです。」

なぜかニコさんにはそんな風に思ってほしくなくてムキになって言い訳のようなことを言ってしまった。

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