無根拠な自信 〜後編〜

 筆記試験が終わり、午後からは面接が始まる。


 筆記で失敗したぶん、ここで挽回せねばと質疑応答の内容を思い付く限りシミュレートしていく。


 想定外の質問が出て言葉に詰まったら点が低くなる一方だ。


 脳みそをこれでもかとフル回転させる。


 そうこうしているうちに、いつの間にか自分の番になった。


 ドアを数度ノックして入室する。




 このとき、もっとリラックスしていれば結果はまた違ったものになっていたのかもしれない。


 少なくとも、聞き返す回数は減っていた。


 散々だった。


 既に話していたかもしれないが、日常会話レベルであればほぼ問題なく受け答えができる。


 だがしかし、専門的なものまでマスターできていたわけではなかった。


 現地人として普通の速度で流暢に質問をしてくるので聞きなれない言葉に「ん?」と首を傾げてしまう。


 そういえば師匠が俺に裏世界語で話しかけてくるときは割と聞き取りやすかったなと思い出した。




 意気消沈しながら宿に戻り、ベッドでうつ伏せになる。


 余程今回のことが心にきていたのか、一階で食事を注文をしたときも少し詰まってしまった。


「はぁー……」


 思わずため息が出ていた。


 もぞもぞと体を動かし、天井を眺める。


 そしてこれまでの自分の行動を振り返ってみる。


「……。」


 異世界、というか裏世界に来て、特殊な能力に目覚めた。


 師匠のもとで陰陽道を中心とした呪文についても学んだ。


 裏世界語や探索者として必須の知識も身につけたつもりでいた。



 口では自分は弱いと主張していた。


 だがしかし、心の奥底では自分もラノベの主人公のように上手くいくかもしれないと錯覚していた。


 そんなご都合主義な展開などあり得ないと頭では理解していながら。


 いや、理解しきっていなかったからこうなったのか。



 ようやく理解した。


 どれだけ環境が変わっても、俺は何一つとして変わっていなかったと。


 魔法のようにいきなり成功する、なんて甘い展開になど、なるわけがなかった。


 旅立ちの日に、師匠に言われたことを思い出す。


―――くれぐれも自分の能力を過信するなよ?


 あのとき言っていた能力とは『眼』のことだと勘違いしていたが、もっと広い意味だったのだとようやく悟った。



 もしもまた、怪物が肉体を食い破ろうとしたら今度こそ命がないかもしれないと知らされた。


 それ故に、自分自身が食われない程に強くなり、並行して、怪物を殺す方法を探し出さなければならないとも。


 当初は死にたくないという恐怖心でいっぱいだった。


 しかし、時間が経つにつれ、悪い意味で安心感が生まれ、師匠が施してくれた封印がある限りは大丈夫だろうといつしか思うようになった。


 ああ、なるほど。


 予定よりも早く試験を受けるように言われた理由がわかった。


 あの人は俺の性根をとっくの昔に、あるいは最初から見抜いていたのだろう。


 だからこそ、早いうちに一人で何かをさせることにしたのだ。


 鼻っ柱をへし折って、まだやり直せるうちに心を入れ替えさせるために。



 本当にあの師匠は人をよく見ている。



 俺は主人公なんかじゃない。


 だからコツコツと地道に努力するしかない。


 明日の討伐試験で好成績を残せたとしても、合格にはならないだろう。


 流石にそこまで楽天的ではない。


 それでも。


 今頑張らなければ、ずっと頑張れないままだ。


 なら、やるしかない。



 決意を胸に鞄の中の道具を一つ一つ、丁寧に磨いていく。


 心なしか、月がいつもよりも綺麗に見えた。

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蟷螂は祈らない Nemo @s54Gz0

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