出立
あれから1ヶ月が過ぎ、いよいよ帝都にある試験会場まで出かける時がやってきた。
解体の腕も語学力もさらに伸びた。もちろん戦闘技術も。
残念ながら陰陽術は初歩の初歩すらマスターできていないが。
師匠曰く、魔術にカテゴライズされるような技術は余程の天才でもない限り1年経ってようやく階段を一段登れるような難解なもの。
そこまで気にすることはないとのことだが……異世界に来たからにはやはり魔法とかは使ってみたかった。
幸い護符や呪符の駆使は一応できるようになったが、ぶっちゃけ貼ったら誰にでも使えるようなものなので別に俺が凄い訳ではない。
それにあくまで使えるだけで符の力をフルパワーで活用できる訳ではない。よくて本来の3割、といったところか。
なんてことを考えている内に駅の近くまで来ていた。
「本当に馬車が停まってる……」
「そういや馬を見るのも初めてなんだったか?」
「はい。写真でなら何回かあるんですけど」
帝都行きのは……あった。真ん中の奴だ。
くるりと身体ごと後ろを向き、師匠と向き合う。
背筋をただし、大きく深呼吸をして気持ちを落ち着ける。
「それでは師匠、行って参ります」
「おう、気を付けてな」
帝都に向かうのは俺だけだ。
最初はてっきり付いてきてくれるのかと勘違いしていたが、
―――アホか。いつ急患が出るかわかんねぇのに遠出なんてできるか。
と呆れられてしまった。
それはそうだ。
陰陽師は術使いなだけでなく優れた医者でもあるのだ。
実際、荷物持ちとして患者の元に連れてこられたことは週に一回以上ある。
弟子の為だけに四日間も庵を離れられるわけがなかった。
つまり、今からは自分の力だけで頑張らなければならない。
今でも不安はある。
それでも。
やれることはやってきた。
だから大丈夫だと自分に言い聞かせた。
「……敬和。一つ覚えておけ」
「は、はい!」
「
「はい。もちろんです。例え相手がどのような魔物であろうと慎重に行動します」
「……」
そもそも過信できるほど強くなれた気がしないけれど。
「紅の怪物」が体内に棲み着いた影響なのか、生物の構造と弱点が視えるようになった。
でも、弱点が視えても当たらなかったら意味がない。
あの時のカブトムシぐらいなら問題ないんだけど。
師匠との別れを済ませた俺は前払いで料金を支払い、馬車に乗り込んだ。
時間に余裕を持って来たのだが、既に座席の半分以上が埋まっていた。
10分後には満席となっていたので、結構危なかったかもしれない。
いよいよ出発の時刻となった。
『帝都行き発車しまーす!』
御者の若い男の声が駅に響き渡る。
パン、という音がした直後、馬車に繋がれた馬達が走り出す。
窓から外を確認すると、師匠と目が合った。
こっちが手を振ると向こうも振り返してくれた。
師匠の姿が見えなくなったところでようやく手を止める。
少し子供っぽかっただろうか?
周りを見回してみたが、特に奇異な目で見られることはなかった。
なら問題ないのかもしれない。
それよりも、折角窓際の席に座れたのだから景色を楽しまなければ勿体無い。
そうして、帝都に着くまでの間、次々と変わっていく風景を眺めることにした。
「……」
こうして元いた世界との違いを比べると、改めて実感できる。
俺が今いるのは間違いなく異世界なのだと。
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