師匠
「うん、解体の方も合格。最初の時とは比べ物にならねぇな」
「あ、あはは……」
あれは自分でもひどかった。
籠の中に入ったネズミ型の魔物(実は式神と幻術の合わせ技だと後でネタ晴らしされた)を両手でつかみ、頚椎を脱臼させた後に解剖する、というのが師匠から出された最初の試練だったのだが……
何分虫以外の生き物を殺したことが、もっと言うならば生き物に直に触れた記憶がない俺からしてみれば心理的なハードルが非常に高く、指先で触れては避け、触れては避けを繰り返すばかりで一向に進まなかった。
やっと捕まえられたかと思えば、脱臼の際の力加減が弱すぎて暴れまわられ、思わず悲鳴を上げてしまった。
もう無理だと、修行を始めた目的を忘れかけて師匠に訴えてしまうということまでやらかしてしまったのだが……
___平和になった表世界でならともかく、この世界でそんなメンタルじゃ死ぬぞ。
と有無を言わさぬ口調で諭され、何も言えなくなってしまった。
それからも何度か小動物や小型の魔物を解体し、それに慣れれば中型、大型と慣らしていった。
おかげで今では御覧の通り。本職の肉屋にはさすがに負けるが、自分でさばいた肉を売りに出すことだって可能だ。……ハンターや、探索者の資格を有していないと安値で買い叩かれるが。
ともあれ、討伐、解体、いずれも師匠から合格をもらえたので、無事三級探索者試験に受験できるようになった。
探索者というのはラノベでよく登場する冒険者のようなものだと考えていい。
三級、二級、一級の三つの免許資格が存在し、それぞれが同じ等級のハンター免許を取得しているものとしてみなされ、受験料に余裕があるものはハンター試験よりも探索者試験を受けることがおすすめされている。
この免許を持っていないと未知の遺跡やダンジョンに入ったときに最悪刑罰の対象になりかねない。
俺の目的のためにも最終的には一級を目指したいところだ。
× ×
夜、蘆屋道満の庵にて
「申込用紙に記入漏れなし、受験料も過不足なし。この世界の文字も少しずつ覚えられてるようだな」
「師匠が教え上手なおかげです」
「ハッ、褒めても何も出ねーぞ」
これに関しては本当に師匠がすごい。毎日出される宿題で適切に苦手な部分を突いてきたり、やる気を継続的に引き出させてくれたりしてきたおかげで半年経った今ではもう簡単な日常会話ならほぼマスターしたと言っても良い。
裏世界に来た当初は現地の言葉がまったくわからず、日本からこっちに移住してきた師匠と出会えていなければ確実に数日以内に死に絶えていた。
俺の体内に潜むバケモノを封じてくれたのも師匠なので本当に感謝してもし足りない程の恩ができてしまっている。ちゃんと返せる日が来るのだろうか?
創作において蘆屋道満というキャラはよく悪役として登場することが多いのだが、過去の文献を見る限り、地元の人々にはよく慕われていたらしい。
なるほど、納得する他ない。
ただ。
自分が女の子の体であることを利用して、時々からかってくるのだけは本当に勘弁してほしい。
いくら元が男とは言え、見た目は10代後半の少女なので心臓に悪い。
着崩した法衣から生足が見えた時はドキドキしぱなしだった。
男同士なんだから気にすんな、と言われても無理なものは無理だ。
晴明さんもそうだが、そもそもどうして2人とも性別を変えているんだ?
晴明さんに聞いたら
「こっちの方が受けがいいんだ♪」
と冗談めかして答えられたが本当だろうか。
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