半年後
妖幻交錯帝国ヤム
ある農村地帯に接する森林にて
俺の前には今、人の背丈ほどもあろうかというでっかいカブトムシがいる。流石異世界。夏でもないのに甲虫を間近で見ることができる。最も、あれは魔物なので、通常の昆虫とは生態がまるっきり違うのだが。
カブトムシの魔物、通称人喰いビートルは顎をカチカチと鳴らせる。高速移動で動物、特に人間を角で串刺しにし、その血を樹液のように啜る村人への危険度が高い存在だ。
あれを4匹討伐するのが今回の試練だ。
両手の甲に護符を貼り付け、ガントレットに変形させる。
「スウゥ……」
構えを取り、息を深く吸い込む。闘気を循環させるイメージでグッと力を込める。
一瞬眼を閉じ、再度開け、
カブトの外骨格に覆われている内臓、筋肉が透け透けに見える。
そして……
(見えた!あれが魔石だ!)
魔物の力の源であり、弱点でもある青色の結晶を発見する。
輝きが鈍く、濁っている。大きさの割に質はそれほどでもないようだ。
なら、壊しても何ら問題はない。
人喰いビートルが痺れを切らし突進する。
ギリギリのラインを見極め、直前で躱す。
そのまま勢いを殺さずにガラ空きの横っ腹をぶん殴る。
半年前までの自分にはできなかった動きだ。師匠との特訓の成果は確実に出ているらしい。思わずヨシッと叫びそうになるが、今はまだ戦闘中だ。
うまい具合に甲殻に覆われていない柔い部分を狙えていたようで勢いが弱まり、ふらついている。
この一瞬の隙を見逃すわけにはいかないので最大の武器である角を左手で掴み、右手で素早く胸のある一点を目掛けて突きを行う。
鈍い音と共に、カブトが痙攣し始める。
内部を見ると、魔石にひびが入っていた。さらに魔石目掛けて突きを放ち、トドメを刺す。
念の為心臓も確認するとしっかりと動きを止めていた。
「まずは1匹」
後3匹を探さなければならないのだが……。
突如風切り音が背後から聞こえ、咄嗟に身を翻そうとし……、
(えっ、まさかの3匹同時突撃⁉︎)
人喰いビートルが綺麗に横一列に並び、突進してくる姿はさながら訓練兵を連想させるものだった。
咄嗟に地面に背中から倒れ、3匹が通り過ぎた瞬間にガバリと臨戦体勢に移る。直線行動が得意な分、急降下は難しかったようだ。
グルリと向きを変えた両端の魔物達の動きから、トライアングル状に俺を囲ってくる可能性があったので、ベルトに収納していた短剣を抜き放ち、斜め左右に順に投げ放つ。
予想通り背後に回り込もうと散開し始めた2匹は牽制用の短剣が体に僅かに刺さり……。
「悪りぃな。麻痺毒だ。そっちは3匹なんだから卑怯だなんて思うなよ?」
両隣の個体を一度無視し、加速を付けて今度は自分が中央の個体に突進する。
横に避けようとするとまだ隠し持っている毒塗りの短剣が刺さると本能か経験則で理解したのかあちらも突進のスピードを緩めない。
そして……。
がっしりとカブトの体を抱え込んだ俺はジタバタともがくのをどうにか無視して片手で慎重になおかつ素早く抱え直し、短剣を突き刺した。
「師匠の式神のタックル、何度も受けててよかった……」
残りの2匹も刺し直し、無事討伐を成功させた。
「……あの、どうでしたか師匠。合格ですよね?」
「んー、まぁ及第点だな」
俺が問いかけると、何もない空間から突如人体模型が…あっ、ヤッベ。
慌てて眼を瞬いて視界を再度切り替える。
目の前には人体模型ではなく俺の師匠、蘆屋道満さんが式神の童子と一緒に魔物の遺骸を眺めていた。
「じゃあ敬和。次は魔物の解体だ。上手くできたらお前の三級探索者試験の受験を認めてやる。最後まで気を抜くなよ」
「はい師匠!」
俺、影山敬和は毒の付いていない解体用のナイフで人喰いビートルに切り込みを入れ始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます