第47話 トリスの正体
「作業服を頼もうと思っている。農場や養殖所の管理や簡易な作業をしてもらうNPCを雇うつもりだ。ストックには、家の掃除兼必要なところのリホームをしてもらいたくてな。全体的に大きな修繕は不必要だが、細かいところがな」
実際住むのには問題ないが、中古物件故に経年劣化や汚れは気になる。ボイルはそれをストックに直してほしいのだ。雇えるシステム情報は掲示板で入手済みだ。
「共通の作業服。制服みたいな感じでいいわね!」
「それなら必要な木材も少ないし、ゲーム内の家を弄れるのは、いい経験になる。俺もその依頼受けるぞ」
意気揚々とボイルに賛同する夫妻。反対にエリナは思案顔で大げさに言う。
「新テイムモンスターは、養殖や栽培スキル持ちのを考えてですかー! でも、それならその子の装備を新調するはず……あれ?」
あからさまな物言いにボイルは誤魔化す。
「俺がそのスキルを持っているからな。だから問題ない」
後々分かることだ。隠すほどのことではない。
「了解です! 早くホームにお伺いしますね」
「三人ともフレンドだしな。ホームへの許可は出しておく」
「ありがとうございます! フレンドですもんね。水臭いのはなしですよね!」
ボイルは観念する。
「わかっていて言うあたり、エリナも大人だなー」
「新社会人でも一応社会人ですから。それに大人は意地が悪いですからねー」
「それを言われるとはな」
「お返しです」
苦笑いのボイルに、笑顔のエリナ。それを優しく見守る二人の老夫婦。
「若いころを思い出したわ」
「このまま思い出に浸るのもいいが……」
ストックはボイルに尋ねる。
「それで依頼するのか?」
「置いてけぼりにしてすまない。そしてもう一つすまない。依頼金を用意できない。だから、依頼は当分先になる」
「といっても少しくらいあるのだろ? それで依頼を受けてもいいぞ。まあ、借り一つってことだ」
ボイルは少し考える。
「とてもありがたいが、手持ちの金は使い道がある。本当にすまないが次回頼む」
「また豪遊ですかー」
「馬を借りてハーフェンに行こうと思っていてな」
「メインクエストですか」
「そういうことだ」
ストックは少し考えて、ボイルに提案する。
「ハーフェンとシャールのボス戦。俺たち三人のパーティーに入ってくれないか?」
「用心棒か」
「俺たちがホストになってクエストを受ける。それに同行だな。といっても戦ってもらうのはボイルだけになりそうだが」
「依頼料は? それにエットタウンから一緒か?」
チャット通知音がボイルだけに鳴る。チャット欄には目の前のストックからのメッセージが表示されていた。内容は、下心満載の輩からボス戦を無料で一緒に討伐してあげるよというお誘いが多いとのこと。それもストックたちがいる場所でエリナだけを誘う。その点、ボイルは安心して依頼できるとのこと。
話しながら全く別のことを打つストックは相当器用だ。
「ボス戦の前に落ち合う。ポータルがあるから問題ないだろ。依頼料はボイルの依頼を受けるでどうだ?」
女性二人は成り行きを見守っている。だが、その表情には否定的な感情は見受けられない。ボイルとしても、そこまで言われたら断れない。
「それは……俺によすぎないか?」
「私も作業服は楽しみだわ」
「俺もさっき言った通りだ。経験は積みたいからな」
「ありがとう」
ボイルから依頼されていないエリナは尋ねる。
「私に依頼はありませんか?」
「それなら、次にテイムしたモンスターの装備を頼む」
「材料費が別なら大丈夫です!」
「よし、それで頼む!」
「はい!」
エリナの笑顔はキラキラと輝いていた。ボイルは次回の依頼料が無料になった。
「俺たちはあまりエリアに出ていない。ボス戦は当分先だ。詳しい日時は俺たちがシャールやハーフェンに行ってからだな」
「なら最初はシャールにしてくれ」
「そうだな。それならボイルも焦ってハーフェンに行かなくてもいいな」
「すまない」
冒険や探検は自由気ままに。男だからこそ通じるロマン。男二人は不敵に笑い合う。アネモネは冷めた視線で、エリナは苦笑いでその光景を見守る。
「先にボイルの依頼を終わらす。ホームへの許可は忘れずに出してくれよ」
「わかった。今やる」
ボイルは後でするつもりだったが、そう言われれば今やらずにはいられない。許可の仕方はフレンドリストから一括または個別に与えられる。
「俺には工事許可もくれよ」
「もちろんだ。よしっ! 与えたぞ。さて俺はこの辺りでお暇させてもう。俺も早くホームに行きたいからな」
「宅飲み楽しみにしているぞ」
「お招き期待しちゃうわね」
流石年の功。老夫婦は冗談交じりで願望を伝える。
「気が向いたときにお願いします」
「お互いの依頼が終わったら宴会でもするか」
許可をもらった三人は嬉しそうに声をあげる。
「ではまたな」
「はい!」
「またねー」
「またな」
お互いに手を振り合い、ボイルはアトリエから出た。その足でオベールに向かいアークたちと合流する。
「二人とも家を買ったぞ!」
「カタッ!?」
「ゴブゴブ!」
アークは驚き、ディノスは大喜び。
「早速移動するぞ」
「カタ」
「ゴブ」
三人はロビーのカウンターに向かう。そこにいたのはベーラだ。
「数日残っているけど、本当にいいのかい?」
「ホームを買ったからな」
「承知したよ」
ボイルは対応してくれている間、世間話を振る。
「にしても、ここはテイマー御用達だな」
「錬金術師もさ」
広いロビーにはモンスターを引き連れたテイマーや、何かの器具を持って客を観察している錬金術師たちが散見している。
「錬金で思い出したが、トリスは元気に帰っていったか? 長い旅路も仕事も嫌そうにしていたが」
「……あんたとトリスさんの関係は?」
通常の声からワントーン下がり、睨み付けながら問いかける。最初から隠す気もないが、ボイルはその威圧に負ける。
「ストーンゴーレム狩りを一緒に
「あーなるほど。それに……スケルトン」
「それに俺は探検者だからな。トリスの興味をひいたみたいだ」
「そういえば、アンタ探検者だったわね……。はぁトリスさんの悪い癖が出たわね……」
ボイルはずっと気になっていたことを聞く。
「逆に尋ねるが、トリスは何者だ?」
「彼は王様お抱えの錬金術師さ。ここの空間を広げている魔道具制作者の血筋だよ。だからオベール経営者の私たちは、敬意を払っているのさ」
ボイルはトリスを思い返す。その性格や言動は、お抱えと言われても納得できない。それと同時に、知識量やモンスターへの熱意には説得力がある。そしてボイルは半信半疑で聞く。
「その割にはトリスを紹介した店員はそうでもなかったぞ」
「私たち経営家族だけしか知らないからさ」
パイルバンカーを作れる技術。ボイルはやっとその地位を納得した。
「そろそろ仕事に戻るさ。またのお越しをお待ちしているよ」
「また来てもいいのか?」
「トリスさんのことは特例としても、騒ぎも起こさなかったし、部屋の使い方も真面目だったからね。遊びに来るくらいいいさ」
「ありがとう」
「またさ」
「また」
ボイルたちは揃って頭を下げる。ベーラはそれを見て、軽く笑ってから書類整理を始めた。言葉はないが、心でのやり取りだ。
「よし。ホームに行くぞ」
「カタカタ」
「ゴブゴブ」
目的地はネスの牧場を超えた奥にある。といってもお隣さんというほど、ご近所さんではない。農場主は他にも沢山いる。
「やっとついた……ここが俺たちの家だ」
五〇〇坪の広大な土地。見渡せるほど近場には家などの人工物はない。浜辺もあり、規模の小さな雑木林もある。ただ畑は荒れ土も痩せていた。家の基礎や柱は石材で壁は木製。石製の煙突が長閑さを醸し出す。
「早速入るぞ」
「カタ!」
「ゴブ!」
内装は見た通り。汚れや劣化具合も同じ。
「とりあえず俺は二階の個室を一室使って寝る。敷地内なら俺がいなくても好きにしていいぞ」
「ゴブ!」
「あと騎士団の稽古に行ってもいい」
「カタカタ!!」
ボイルの視界にはヘルプマークが現れる。テイマーが初めて自分のホームに訪れることがトリガーのようだ。内容はログアウト中にテイムモンスターを派遣できるとのこと。
プレイヤーが一度訪れたことがあるエリアが条件だ。派遣できる最大人数は六人。パーティーの人数制限と同じだ。また派遣時間も選べる。
テイムモンスターが赴く場所は、それ専用に作られたフィールドだ。広さは二、三時間で端から端まで移動できる程度。ボイルたちが実際に探索した始まりの森ではない。ただ、エリア分けは通常のエリア名が使われている。派遣するとそのエリアのアイテムを持って帰るからだ。といっても持ち帰られるのは少しだけだ。
これはテイムモンスター限定なこともあり、収穫系スキルがなくともアイテムが得られる。スキル持ちなら個数や質が増加する。通常エリアで現れたモンスターも出現する。強さは同じである。また時間帯が逆になる。ゲーム内時刻が日中なら、派遣場所は夜中になる。
違うのはフィールドの広さと時間、専用ということだ。簡潔に言えば、プレイヤーがログアウトやパーティープレイ、生産などで時間が縛られたときに、その時間を有効活用するシステムでもある。ローグライク、ハンティングアクション、シミュレーションなどに多い仕組みだ。
「二人と始まりの森を選んで、時間は……ゲーム内とリアル時間の両方表記は何気にありがたいな」
ゲーム内時間の欄に一時間と入力すれば、自動的に現実時間は二時間になる。逆に現実時間を四時間と入力すれば、ゲーム時間が二時間になる。
「……もう一つあるのか」
二個目のヘルプ内容は転移先にホームを選べることだけだった。
「よし、俺は酒造してくる」
「カタ」
「ゴブ」
ボイルは目標に向けて、初めの一歩を踏み出した。
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