第46話 ホーム購入

「探検者だが、土地と家を購入したい。手続きを頼む」

「わかりました。どうぞ座ってください」


 備え付けられ椅子に座り本格的な手続きを始める。


「家を建てるとなりますと、最低三〇坪の購入をお願いしています。活用方法は居住だけでしょうか? また、どれくらいの広さをお求めですか?」

「いや後々は畜産や栽培、養殖も始めたい。そういう場所の土地を五〇〇坪、お願いしたい。街に近いとなおいい」

「ご、ごひゃ!?……失礼いたしました。確認してきます。少々お待ちください」


 ボイルの所持金は八〇〇万Sと少しある。大人買いしても大丈夫だ。このような行いを人は成金と言う。プレイヤーが購入できる土地はエットタウンの外縁部地帯が基本。外縁部でも街側かエリア側かでは、かなりの距離が開いている。


 職員はカウンターから離れ、書類の束を素早く捲り要望の物件を探す。書類には農場や家を含む全体の風景写真と間取り図が記載されていた。確認し終えた女性は用紙を持ってカウンターに戻る。


「こちらの土地はどれも、街に近い場所です。養殖と栽培範囲は同じです。家族で住むのに適した家があります。価格は三五〇万Sです。次は、養殖の範囲が少し狭いですが、浜辺と岩場の両方あります。栽培範囲は先ほどの土地と同じです。少し建築年数が経っていますが、主屋や物置倉庫があります。倉庫には収穫物を一時的に保管できる場所もあります。お値段は七〇〇万Sです」

「な、七〇〇万!」


 今度はボイルが驚く。女性はそれを聞き流し次を紹介する。


「はい。次はもう少し価格が上がり一〇〇〇万Sですが。こちらは家などが新築です。栽培や養殖範囲などは先ほどと同じです。ご希望はありますか?」

「そうだな。……少し待ってくれ」


 ボイルは七〇〇万Sの内装ボタンを押す。するとボイルの周りはその物件に様変わりした。視界の右下には、少しだけ透けている物件の立体図がある。これは全体の間取りや現在位置が伺える。


 現実でもこの時代の賃貸は同じシステムだ。同じ部屋を仮想空間内で作り、その中を実際に見て動いて確認する。ひと昔でいうとパノラマ写真と同じ使い方。そして詳しく見たい場合は、実際に内見して契約という流れだ。


「ここが外と行き来する部屋で尚且つパーティールームか。暖炉もいい味を出している」


 この一階の部屋は四角く四〇坪くらいの広さ。床は板張りで壁は西洋漆喰。目に優しい白色だ。また、広く大きなガラス窓が二ヶ所取り付けられている。日の光がよく入るだろう。家具は六人掛けの木製机と人数分の椅子だけ。


「風が持ちいいだろうな。……中古なだけあって、床は新品とはいかないな」


 他には広いバスルーム。それとトイレ。無論別々だ。廊下には階段があり上に行けるようだ。


「二階は一階と同じ雰囲気の部屋が七個。どれも七坪くらいか。狭いな」


 個室には簡易な窓とベッド、椅子と机だけがある。三階は三〇坪の部屋一個。内装は二階の部屋と同じ。他の部分は屋上になっている。二坪ほどの物置もそこにはある。屋根には暖炉からの煙突が伸びている。


 物置倉庫は木製でガレージのような内装だ。四、五台の車を置けるくらいには広い。吹き抜けで二階部分もある。転落防止の柵も施されている。採取の鍬や鎌、養殖の網や浮、畜産の木杭や木箱のエサ入れなどが散見している。


「整理整頓しないとだが十分だな」


 ボイルは終了ボタンを押し、内見を終わらす。


「いかがでしょうか? こちらは昔、農場の従業員が寝泊りしていた施設です。台所などはありませんが、初級生産施設は一種類一〇万Sで増設できます。グレードアップや増設は後々でも可能です」

「買おう! 料理と酒造の初級施設の追加も頼む」


 ボイルが思う漢は決断速く。


「お買い上げありがとうございます! 料金は七二〇万Sです」

「確認してくれ」

「少しお待ちください」


 革袋に料金を入れボイルは渡す。女性はそれを持って裏に消える。それから数分後。店員は書類と鍵を持って戻ってきた。


「お待たせしました。こちらが鍵です。あとは書類にサインをお願いします」

「名前だけでいいのか?」

「はい」


 ボイルはサイン欄にプレイヤーネームを書き確認を求める。


「これでいいか?」

「ありがとうございます。後はこちらの事務処理だけです。今からあの土地は、ボイルさんの所有地です。おめでとうございます!」

「ありがとうな」

「またのお越しをお待ちしています」


 鍵を受け取ったボイルは、女性店員のお辞儀を受けながらカウンターを後にする。


《ホームの所有を確認しました》


 ヘルプ項目が新たに浮かび上がり、ボイルはそれを見る。


「なるほど。各部屋や生産地にアイテムボックスが配置できるのか」


 アイテムボックスとは、据え置き型のインベントリーのことだ。ホームのどのボックスから収納しても内容物は共有。また容量は土地の広さに比例する。


「明日からは家の準備と金策だな」


 ボイルは扉の前でエリナを呼び、中に招かれる。


「一時間ぶりですね。無事購入できました?」

「おかげで懐が寒いな」

「えっ!?」


 エリナが驚くも無理はない。彼女がボイルに支払ったセンリはかなりの額だ。


「五〇〇坪に中古物件と物置倉庫付きだ!」

「それ最大値ですよね! それに家まで!!」

「七二〇万Sしたが、いい買い物だった」

「……お金遣い荒い人ですかー。意外です」


 エリナはガッカリしながら想いを言う。


「現実では殆ど使わないが、ゲームではな」

「本当ですかー? ゲームも現実も行動は似るって言いますよ」

「現実でできないことをするのもゲームの醍醐味だろ」

「うーん。そういうことにしときます」


 会話の切れ目を察し、老夫婦がボイルたちに話しかける。


「メンテナンスに新しい革鎧。アクセサリーもできているわよ」

「家のことなら俺も混ぜてほしいぞ」


 エリナは苦笑いを浮かべながら謝罪を述べる。


「すみません。つい……」

「仕方ないわね。ほら装備を渡さないと」

「はい」


 まさに祖母と孫のやり取り。


「ボイルさん、これがお預かりした装備と新しい鎧です」


 メンテナンスでは汚れなどを落とし、耐久値を回復させる。新革鎧は前よりワイルドさと力強さが際立っている。元の素材の味を活かしている。


 染色したのか、色合いも随分と様変わりしている。装備者の地肌に当たらない場所には、ファーのように毛が施されている。チリチリ具合はそこまで軽減していない。


「ありがとうな。ディノスのイメージに合う。それに性能も段違いだな」

「ボスのレア素材ですからね!」

「アクセサリーは個々の特徴を取り入れて作ったわ」


 見た目は象牙細工のワンポイントネックレスだ。ぱっと見はお揃いに見えるが、各自の個性が施されていた。


「ありがとう。とてもいいできだ」

「猪のワイルドさを活かすのも、アクセサリーも楽しかったわ。次の依頼も、お待ちしています」

「実は、そのことだが……」


 ボイルは言いにくそうに夫婦を見る。


「なんだ。俺も関係するのか?」

「言葉を濁すなんて、珍しいわね」


 蚊帳の外のエリナは、どこかワクワクソワソワして成り行きを見守っている。それほどまでに珍しい光景だ。

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