第42話 採取

「敵はファトゥスだ。魔法でやるぞ」


 夜は昼より敵の数は少ない。群れるのはバットだけ。三人の移動距離は昼と比べると断然速い。そうこうしているうちにミニマップの表記が始まりの森・南部から北部に変わった。


「ということは距離的には残り半分か」


 ボイルが初めて話しかけたおばちゃん情報では、シャールは河口付近にある。その河向うはマルーン森林。目的地はフィールドの外縁部分にあることになる。半分という希望的観測はあながち間違っていない。それから数時間、日はまだ昇っていないが東の空が青みを帯びてくる。ボイルの鼻が森とは違う匂いを感じ取った。


「やっとたどり着いたか」

「ゴブ?」

「カタ?」

「もう少ししたら分かる」


 さらに数十分。ボイルたちはついに海岸にでた。


「綺麗だ」


 太陽はすでに半分ほど地平線から昇っている。太陽の輪郭線は陽炎を伴って、この幻想的な景色をさらに引き立てる。


「……カタ」

「ゴブ?」


 アークも感じるものがあった。だが、ディノスはよくわからないようだ。


「船や漁具、埠頭がない海がこれほどまでに綺麗だとは……やはり自らの足で赴かないと分からないな」


 ボイルは旅行系フルダイブで各地の名所に訪れたことはある。といってもサムネイルから行きたい場所を決め、その場所を散策する程度の物。もちろん時間帯も選択可能だ。


 実際の旅というのは、自らの足を使って乗り物を乗り継いで行くものである。各地の空気や景色といった自然を楽しむ。運転手などの働き方など、人の営みを、見て、感じ、同じ空間、同じ時間を共有することで、旅に深みを作り出してくれる。ファストトラベルでは味気ない。


「少し釣りをさせてくれ。二人は見える範囲なら好きにしていいぞ」

「ゴブ!」

「カタ!」


 二体は早速好き勝手動き始める。ボイルは少し気になりながらも釣り竿を振るう。仕掛けは前よりも重い錘と複数針。餌は前と同じだ。


「何が釣れるか楽しみだ」


 沖に向いている竿先を、上半身だけをゆっくり回すように体の斜め後ろまで移動させる。その距離だけ弛んだ糸を巻きながら体ごと戻す。当たりが来るまでこれを繰り返したり、適当なところで糸を止め、また少ししてから糸を巻いたりと、ボイルは投げ釣りを大いに楽しんでいた。二体は装備をしたまま浜辺を走り、時々武器を振るう。


「こんなときまで鍛練か……。現実ならうるさくて魚が寄ってこないが、釣れているからな。細かいことはいいか」


 現在の釣果はキスとカレイが数匹ずつ。現実と比べれば、よく釣れている。ボイルは再び仕掛けを沖に投げる。そして、それは唐突に起こった。


「ゴブー!?」

「カタカタ!」

「どうした!」


 ボイルが振り返り見たものは、ディノスがサラシェルに襲われているところだ。アークも驚いていたが即座に剣を抜き、貝の中に突き刺す。


「ゴブー」

「カタカタ」


 モンスターが消える。ボイルは二体に駆け寄り溜息をついてから、問いかける。


「いきなりで驚いたが、今のスキルや装備ならアークたちだけでも問題ないな?」

「ゴブ! ゴブ」

「カタカタ」


 ディノスは槍を振るい、アークは盾を構える。


「そうか。俺が駆け付けられる範囲なら、モンスターと好きに戦ってもいいぞ」

「ゴブ!」

「カタ!」


 飽き性のディノスは鍛練ばかりで少し退屈していた。アークは鍛練より実戦が好きだ。ボイルの申し出は二体とっては嬉しいことだ。


「カタカタ!」


 早速、アークが近くのサラシェルに剣を叩きつける。


「ゴブ!」


 続いてディノスが斧で貝殻を叩き割る。そして敵はポリゴンになる。


「少し寂しい気持ちが湧いてくるな。まあ二人が楽しいならいいけどさ!」


 ボイルはテイム主にも関わらず疎外感を感じた。口調が素に戻りかけるのも仕方がない。それを紛らわすために、いつも以上に力を込め、おもいっきり仕掛けを海に投げる。竿を動かし糸を巻く、さびきという動作も少し荒々しい。少し離れた場所ではアークたちが楽しそうにモンスターと戦闘をしている。


「当たりがきた! 獲物はなんだ」


 魚が吊り上がるまで、何が掛かっているか基本は分からない。それがワクワクと気持ちを高ぶらせてくれる。


「キスか。天ぷらだな」

「ゴブー!」

「カタカタ」

「……釣りはもういいな。アーク! ディノス! 俺も狩りに参加する。二、三戦したら北に向けて移動するぞ」


 疎外感に我慢できなかったボイルは釣りをやめ、テイムモンスターたちに混ざる。


「ゴブ」

「カタ」


 三人はシザーを二体、サラシェルを一体倒し、北に向けて移動を開始する。重たい鎧と武器を装備していても、現実の浜辺より歩きやすい。それでもしっかりした森の中よりかは歩きにくい。そうした理由から三人は海岸から少し入った森の中を進む。


 朝日を浴び木が活性化していく。それは森全体まで及び、地面も空気も夜とは比べ物にならない。活力が満ち溢れる。


「この時間は好きだ」

「カタ?」

「ゴブ?」

「なんでもない。気にするな」


 朝焼けに照らされ活力が湧き上がってくる様を飲み仲間に話しても、ボイルは共感を得られていない。なんだそれ、よくわからないな。それがお決まりの返しだ。だからこそ、この時間を密かに楽しむ。


「この時間からの敵は、ゴブリンたちが出てくるぞ。負けることはないと思うが油断せずに行くぞ」

「カタ!」

「ゴブ!」


 今ボイルたちがいる場所は北部である。夜とは違い、辺りを見渡せる。


「殆ど変わらないな」


 北部も南部も始まりの森の中だ。木々や風景に違いはない。ボイルは代り映えしない森の中を確認しながら北へ向けて進む。道中の戦闘は昨日と同じ敵で、真新しいものはない。


「採取するぞ。二人は周囲の警戒だ」


 北部に入って変わったものは採取素材だ。種類も場所も多い。オプケニにパエオニアなどの薬草から、ココイアやククミスラナといった木材まで幅広い。そしてボイルが待ち望んでいたオレンジリーフ。


 オプケニは花蕾と木、花の三種類がアイテム化した。木は採取用の斧があれば採取可能だ。フレーバーテキストからするに、花蕾は乾燥させ煎じて飲むことで鎮静作用がある。木は小物や扉、薪などの材料になる。庶民向けで使い勝手が良さそうだ。花は香料だけのようだ。


 パエオニアは根と鼻の二種類。根は目の症状を和らげる薬草。根の皮を剥き、細かく切り分ける。お茶のようにして服用する。味は少し甘く後味は苦いとのこと。花は花弁も大きく多いピンク色だ。これも香料だけのようだが、見栄えがとても良い。インテリアや浴槽に浮かべれば、ちょっとした御もてなしに最適だ。


「この花は飲み仲間を招いたときにあれば、内装のアクセントになりそうだ。風呂も試してみたいな」


 この時代の風呂は水面に映像を転写することも可能。もちろん壁にもだ。海の中や森の中、空中などいろいろ選べる。花を浮かべる知識は知っていても、ボイルにとっては未体験の領域だ。


 ココイアの木のテキストには、撥水性が良くしなやかで風や塩に強いが、樹洞が多いため柱などに向かないと書かれている。


「木はよくわからないが、実は速く食べたいな!」


 ココイアの実のテキストは皮が殻のように固く割ることは困難。果肉はオレンジレッドで、とても甘い。種が多く、繁殖や成長が速く強い。お酒の摘みとして種を炒める料理が有名とのこと。


 酒好きのボイルとしては、是非味わいたい食材の一つ。ククミスラナはどこにも生えている広葉樹林。実を成すと木の質が変わる。実を成す前の若い個体の材質は、柔らかく密度も低い。


「これが木製武器の新素材かー」


 ボイルが思い出すのは武器が新調されていたプレイヤーたちだ。この木材で武器を作ると、初期よりかは高い攻撃力がでるようだ。ボイルが入手したのは若木である。


「最後は待望のオレンジリーフ」


 フレーバーテキストはトリスが説明した通りの内容だった。ポーションの原料。生命力が強く、根っ子があれば日の出とともに成長を始め、夕方には膝ほどまで伸び採取可能。最長腰まで。モンスターの治癒力も高める。


「二人とも待たせたな」

「カタ」

「ゴブゴブ」

「そうか。ありがとうな」


 気にするなという風に二体は首や手を振るう。彼らは再び足を進める。セーフティーエリアも数個見つけ、その都度軽食を食べ休憩をはさむ。もちろんポータルも開放する。


 エリアにはボイル以外のプレイヤーもチラホラいた。だが、彼らはボイルと違い一度街に戻る。それが一般的なプレイヤーの行動だ。

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