第40話 千客万来
「夜の自然も乙なものだ。暇だがこれはこれで楽しいな」
木々の間から見える星空。足元はむき出しのひんやりとした地面。周りを見渡せば、活々とした幹や植物が見受けられる。それらはボイルが到着した時より、どこか落ち着いて静かだ。空気も澄んでいる。悪い気持ちを追い出すかのように躰に溶け込む。
「といっても暇なことは変わりがない。とりあえず、掲示板でも見て潰すか」
ボイルは掲示板を開き、盛り上がっているスレをザッピングしていく。エリナの鉄製武器の販売が一番賑やかだ。買えた者の喜びと、購入できなかった者の嘆きが混在している。
次は始まりの森とムカーン草原のモンスターたちだ。それは戦闘行動や常時行動の報告や感想など。生態が設定されているなんて作りこまれている、という意見も多い。
料理に関するスレもそれなりに書き込みが速い。大多数が保存食の味に対する愚痴。中にはサプリルのような料理を専門にしたいプレイヤーの投稿もある。
パーティー募集板も賑やかだ。固定前提の募集だったり、その場限りだけの募集だったりと二極化の傾向がある。中には誰々が可愛いやかっこいい、逆に揶揄する書き込みもあるが、総じてその人たちはそれ以降見受けられない。マナー違反者には運営が即時に対応しているのだろう。
「カタカタ」
「満足したか?」
「カタ」
鍛練を終えたアークはボイルの近くの椅子に座り、おもむろに骨煎餅を取り出す。
「美味しいか?」
「カタ!」
ボイルの問いかけにアークは大きく頷き返す。スケルトンのデメリットでは骨系のアイテムを最低一日に一個与えること。ゴブリンも最低一日一食与えることだ。ディノスはそれが最低三食だ。二体は規定回数よりも多い。アークはおやつ感覚でよく食べている。ディノスと比べれば倍以上回数が多い。ただ、量が多いのはディノスだ。一度に最低三種類は食べている。
「バットの牙もいるか?」
「カタ!」
アークは嬉しそうに頷きボイルから牙をもらう。
「なら骨粉もいるか?」
「カタカタ……」
これも骨系のアイテムだが、アークは嫌そうに首を振るう。
「そういうものか」
「カタ」
ボイルは念のため許可を出す。
「遠慮なく好きなときに食べてくれ」
「カタカタ!」
それを聞いたアークは先ほどもらった牙を取りだし、煎餅と一緒に食べだす。ボイルにとってそれは、飼い犬におやつをあげる感情に近い。ついつい構いたくて、あげたくなるアレだ。
「カタカタ」
「おい、急にどうした?」
アークは勢いよく立ち上がり、エリアの外を注視しだす。ボイルも椅子から腰をあげ、同じ方向を見る。
「どうしたっていうんだ? いきなり」
「カタカタ。カタ」
主の問いかけにテイムモンスターはエリア外を指さし、そして足元を指すように移動させた。
「……外から誰かが来るってことか?」
「カタ」
「そういうことか」
二人は横並びで外を伺う。少しするとボイルの耳に、一定のリズムでドドッ、ドドッと重く速い音が聞こえてきた。それは時間と共にどんどん大きくなる。
「おいおい、これは何かのイベントか!? それとも新しいモンスターか!?」
ボイルは少しの不安とワクワクが混在している。安全だと思っていたエリア内での戦闘を考えているからだ。
「カタ!」
アークが大きく骨を鳴らす。するとボイルの視野でも少し暗い木々の間から、そのシルエットが確認できた。それを認識したときには、もう既に全体像がちゃんと見える位置まで来ていた。
「あれは……馬か!! おいバットに襲われているぞ」
栗毛した馬体の上のプレイヤーが数匹のバットに襲われていた。
「おい、魔法で援護するぞ」
「カタ」
二人は狙いをつけて魔法アーツを叫ぶ。
「バブルスフィア! って……ああ、そうだった!」
ボイルたちの魔法は不発に終わる。そして原因を思い出しボイルは自己完結した。ここはセーフティーエリア内。戦闘行動は行えない。ただしアークの鍛練のように戦意がない行動は問題なく行える。決闘も可能だ。トレインができないシステムの応用だ。
「ごめんー! そこの人どいてー!!」
声からして、鞍上のプレイヤーは女性のようだ。
「アーク!」
「カタ」
二人は即座に寝床を守るようにテントの前に移動し、場所を開ける。その空いた場所に、スピードの乗った状態で馬が駆け抜ける。
「うわぁ! 止まれ! もういいって!!」
女性は声を荒げながら、勢いよく手綱を引く。馬はそれに応え、徐々にスピードを落とした。停止位置はテントから数十メートル離れている。
「ふぅ……やっと逃げれた」
どこか八つ当たり的なセリフは声量が大きく、離れているボイルまで聞こえた。プレイヤーは馬から降り、馬を引き連れながらボイルたちに向かって歩く。女性はショートカットで濃い青色の髪だ。武器は木製の円月輪を腰に掲げ、防具は革だ。女性の中では高いくスラリとした印象を受ける。
「避けてくれてありがとう」
「困ったときはお互い様だ。気にするな」
全体的に薄く綺麗系だが、小顔で猫目な眼は小悪魔っぽい。ただ、ニヒーっと笑う笑顔からは、ある意味純粋な感情しかない。それは他意がまったくない一種類だけの感情からくる笑顔だ。
「テイマーなの?」
「そうだ。スケルトンのアークだ。もう一体はゴブリンのディノス。今はテントで寝ている。その馬はテイムモンスターか?」
「違うよ。これはレンタル馬。同じテイマーじゃなくてごめんね」
「それこそ気にしていない」
「そっかー」
サプリルもよく笑うが、目の前の女性はそれ以上によく笑う。とても個性的で印象に残りやすい笑顔だ。
「ポータルは向こうだぞ」
「ありがとう。解放したら、少し話しようよ」
「いいぞ」
「じゃーちょっと行ってくる」
女性は笑顔で軽く手を上げ勢いよく振ると、ポータルのほうへ駆け出した。
「今日は千客万来だな」
「カタカタ」
ボイルは椅子を再び用意し軽く場を整える。この騒動でもディノスはテントから出てこない。
「おまたせー。少し待ってね。馬に餌あげないとだから」
「終わったら、そこに座ってくれ」
「りょうーかーい」
彼女は近くの木に手綱を括りつけ、インベントリーから木箱に入った干し草と水を取り出し馬に与える。馬はそれを嬉しそうに咀嚼しだす。ボイルは女性が座るまで待ち、そして尋ねる。
「それで話は?」
「あ、満腹度がやばいから食べながらでもいい?」
彼女は保存食を取り出し許可を求める。
「目の前でそれを食べられるのは遠慮してほしい」
「そっか。ごめん。ちょっと離れて食べてくる」
「言い方が悪かった。座って食べてもいいが、保存食は不味くてな。目の前で食べられると味を思い出してしまう。だから、今から用意できる料理を言う。欲しいのがあったら遠慮なくいってくれ」
その感情はトリスが言っていたことだ。ボイルはこれまで通り手持ちの料理を大まかに伝える。
「プリン! プリンが食べたい! それとホットケーキも!」
「わかった。ほら、召し上がれ」
「いただきます!」
キラキラした笑顔は幼く見えてしまう。
彼女はスプーンを手に取り慎重に一口すくうと、勢いよく口に入れる。
「うーん!! 美味しい!」
「それはよかった」
「ホットケーキも美味しい!!」
「食べながらで悪いが話を聞かせてくれないか?」
パクパクと一口に切り分けて食べるさまは女子力の高さが伺える。彼女は大きく頷き、口の中の物を飲み込んでから話し出す。
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