第39話 料理人に憧れて

「ゆっくりしてくれ。マナーのことだが、料理でも食べながら話そう」

「実は……アタシまだ料理していなくて……」

「安心しろ。俺が提供する。ほらこれに座ってくれ」


 サプリルは出された椅子に座り、文字通りふぅーっと一息つく。


「ボイルさんも料理スキル取得したんですかー? あっ……すみませんつい……」

「そういう見てわかるスキルは聞いても問題ないぞ。例えば、使っている武器や防具。魔法や採取系だってそうだ。俺みたいにテイムモンスターがいれば育成スキル持ちなのもわかる。隠そうと思っても隠せないものだしな。見てわかるものは雑談のネタにもなるから、特に問題ないぞ」

「……難しいですね」


 彼女の目線は斜め上で口元は湾曲させ考えている。どうやらサプリルは、人より感情が表情に出やすい性格のようだ。


「ゲームの中でも人と人のコミュケーションだ。選択肢のように一か〇ではないからな。難しいのは当たり前だ」

「そうですね」

「といっても最初だけだ。慣れれば無意識にできる」

「ほぇー」

「難しい話は一旦置いといて、どんな物が食べたい?」


 ボイルはイケオジパーティーに伝えたように、料理の種類を言っていく。


「お言葉に甘えて、シジミの味噌汁と鯛の塩焼をお願いします」

「普通の鯛よりマタイのほうが美味いぞ。遠慮するな」

「遠慮とかではなくて、知っている味を確かめたくて……」

「なるほど。ならじっくり召し上がれ」


 ゲームと現実の味の違いを体験するのも必要なことだ。とくに料理する人ならなおさら。インベントリーから料理を取り出しサプリルに手渡す。


「ありがとうございます! いただきます」


 ちゃんと手を合わせ、お辞儀しながら言う。その動作は堂に入っている。


「ゴブゴブ!」

「カタ!」

「わかった。わかった。お前たちもだな」


 アークには骨煎餅。ディノスには三種類の肉料理。そしてボイル自身は縞海老の味噌汁だ。満腹度の減り度合いからみても、一品で最大値まで回復する。


「テイムモンスターにもあげるんですね」

「二人にも満腹度が設定されているからな」

「そうですかー。それにしても皆さんお似合いの恰好ですね! それも手作りですか?」

「この服は、そういう生産職のプレイヤーに作ってもらった。欲しいなら紹介してもいいぞ」


 ボイルたちはエリア内ということもありインナー姿だ。


「ぜひお願いします。それでマナーですが、他にはどんなのがありますか?」


 ボイルは事前にアネモネに紹介していいかどうかを尋ねていた。アネモネ的には顧客は増えるのは大歓迎とのこと。そういうことならボイルも、何の憂いもなく紹介できる。


「プレイヤー名はアネモネという女性プレイヤーだ。マナーについてだが――」


 二人は基本的なマナーを話しつつ、食事を楽しむ。サプリルはボイルの説明にむむっやほぇーなどの相槌。詳しく聞きたいところではあのーと言いながら訪ねる。食事が進むにつれ、その頻度は多くなる。表情だけでなく動作やしぐさも他人より大きい。


 ふわふわとした裏表がない天然な性格。打算的な下心や手玉に取るような詐欺師的な感情は一切伺えない。それは目線や声の強弱で判断できる。簡易とはいえ、営業業務を熟すボイルにとっては無意識レベルで判別できる。ボイルはサプリルの人となりを、ある程度は理解した。


「ありがとうございます! なんとなくわかりました」

「いくら言葉で言っても体験しないと身に付かないぞ。まあ、これからゆっくり楽しみながら理解すれば大丈夫だ」

「はい! アネモネさんの紹介もありがとうございます」

「気にするな。材料費や依頼料はそっちもちだ。紹介くらいどうってことない」

「本当にありがとうございました」


 お辞儀などの礼儀作法は本当に堂に入っている。育ちの良さが伺える。一人称は少し残念だが。ボイルは老婆心ながら訪ねる。


「構やしない。それよりこの後の予定は? 進むのはオススメしないぞ」


 サプリルは胸の前で両拳を握り、やる気満々で話し出す。


「実はここでログアウトするつもりでした。けど、エットタウンに帰って汚れを落とします! リアル時間もまだ夕方前ですし、アネモネさんがよかったら依頼しようと思っています!」


 所々言いづらそうだ。


「少し前から気になっていたが、無理して敬語を使わなくてもいいぞ」

「えーっと、そんなに使いづらそうでしたか?」

「語尾はそうでもないが、接続詞に違和感があるぞ」

「それは、あのー……お言葉に甘えちゃいます」

「徐々にタメ口になればいいぞ」

「はい!」


 大学生くらいなら、年上相手でも許可さえもらえれば遠慮なくため口になるのが一般的だ。中には最初からため口を使う常識外れの人も残念ながらいる。サプリルはまだ良識があるほうだ。といってもゲーム内のことだ。細かく言う人のほうが少ない。最初からタメ口の人のほうが多いだろう。


「ごちそうさまでした」

「お粗末様でした」

「アタシはこの辺で失礼します!」

「了解だ。アネモネに会ったらよろしく言っといてくれ」

「ラジャ!」


 ビシッっと敬礼するが、容姿のせいかそれはかっこいいより可愛い。


「あっ! よかったらフレンド登録しませんか?」

「いいぞ。いつか俺に料理を振る舞ってくれ」

「うん!」


 二人は登録し合う。イケオジたちと違って握手はない。サプリルの言葉遣いも徐々に軽くなっていく。本人曰く、家族や親しい友人たちに使う口調と同じとのこと。


「ではまたな」

「うん。またね!」


 お互いに手を振り合い、ボイルはその場からサプリルを見送る。彼女はポータルに向かうようだ。


「……ゴブ……」

「ディノスはもう起きているのも限界のようだな」

「カタカタ」

「仕方ないか」


 ディノスは舟をこいでいる。ボイルはできるだけ振動を与えないようにディノスを抱え込み、テント内の布団まで運ぶ。横になれたのが気持ちいいのか、本格的に口を開け寝だした。


「ふっ。調子がいいやつだ」

「カタ」


 ボイルは微笑む。アークの雰囲気もボイルとよく似ている。そして二人は再び外の椅子に座る。来客用に出した机などは、すでにインベントリー内だ。


「さて、俺たちはどうするか?」

「カタカタ」


 ゲームプレイヤーであるボイルはディノスのように定期的な睡眠は必要ない。それはアンデットのアークも同じ。ただし現実での睡眠時間は必須だ。


「ディノスを置いて狩りには行けないしな。どうするか……」

「……カタカタ」


 携帯酒造道具でグラトリグサを酒にすることはできる。だが、酒に拘りがあるボイルとしては街で生産したい。


「悩ましいな」

「カタ」

「アークは鍛練とか好きにしていいぞ。それくらいの物音で起きるほど繊細ではないからな」

「カタ」


 ディノスは口を大きく開け寝ている。繊細とは真逆の立ち位置だ。


「カタカタ」

「しっかり励めよ」


 アークはテントから離れ、すぐに剣を振るう。


「我慢させていたみたいだな」


 アークの夜鍛練は日課と化している。習慣付いたことはしないとうずうずしてしっくりこない。


「俺はどうするか。夕飯には速い時間だしな。悩ましい」


 ゲーム内は深夜でも、現実はでまだ晩御飯には早い時間帯だ。こういう間も、時間速度加速システムの弊害だ。


 生物系モンスターのデメリットに思える睡眠時間はフルダイブの醍醐味でもある。画面越しのゲームならいざ知らず、これはNPCもプレイヤーのように柔軟な対応が可能なVRである。


 ゲーム的な設定や役割があっても、その人物、その生物、そのらしさをゲームだからと言って省くと、世界に奥行きがなくなる。このゲームタイトルはexplore online。深みがないと過大表現になる。

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