第37話 イケオジパーティー

「はい。何でしょうか?」


 業務的な敬語に、ボイルは条件反射でつい同じように返してしまう。


「実は……召し上がっている料理を購入できないかと思いまして、可能でしょうか?」

「数はある。いいぞ」

「口調が安定しませんね」

「すまん。一種のロールプレイだ」

「なるほど。販売ありがとうございます」


 ボイルは老婆心ながら、一つ提案する。


「そっちのパーティーには後二人の男がいたと思うが、こんなに少なくていいのか?」

「といいますと?」


 質問に質問を返すなと言われるが、この場合お互いの前提が皆目見当つかない。突発的にする業務など総じて前提が未知数だ。


「食材は少ないが料理なら種類がそれなりにあるぞ。数もそれなりに提供できる」

「とても有難い提案ですが、一つお幾らでしょうか?」

「一品一〇〇〇S。いや、そうだな……」


 ボイルからしたら儲けるために調理した料理ではない。自分や仲間内で楽しめればそれだけでいいのだ。


「もしよかったら、いろいろな話を聞かせてくれるか?」

「私たちは攻略組ではありませんし、今日始めたばかりですよ」

「ゲームのこともそうだが、人生経験も話してほしいな。居酒屋で話すような軽い感じでだ。もちろん特定できるリアル情報は言わなくていい。年の功を聞きたいだけだ」


 男の顔に警戒色がチラッと一瞬浮かびすぐ消えた。営業に付き添い、納期交渉をするボイルはそれを見逃さない。


「それらを踏まえて、一品一〇〇Sでどうだ。いい値引き材料だと思うが?」

「確かに、私たちは過度な若作りはしていません。わかりました。二人にも聞いてきます」


 男は一礼し、しっかりした足取りで仲間の元へ戻る。


「アークたちを見ても普通だったし、問題ないだろ」

「カタ?」

「今日は賑やかな食事になりそうだなと、そう思ってな」


 ディノスは食事に夢中で我関せずだ。


「こういうときに酒があれば、もっと楽しいのに。ッチ、次からはある程度備蓄してやる」


 呑兵衛は不純な動機から新たな決意を定めた。


「とりあえず食べかけは、さっさと食べ終えるぞ。俺たちは招く側だからな」


 食べかけの料理をボイルは掻き込み、予備のテーブルを人数分取り出す。飲み会の主宰者なら、最初にテーブルや椅子に気を使う。


「すみません。他の二人も連れてきました」

「適当に座ってくれ」

「おもてなしの用意ありがとうございます」


 ボイルは全員と握手を交わし、食べたい献立を聞く。


「肉系と魚介類は出せる。ただ薬味がない。それを踏まえて言ってくれ」

「俺は魚介系で脂っこいのがほしい! 現実なら明日は胃もたれだな。ガッハッハッ」

「厚かましいようだがせっかくだ。俺は貝料理を頼む。お招きありがとうな。ほらお前もちゃんと言えよ」

「おう。そうだったな! 料理のいい匂いが! 保存食だけでは辛かったぞ! 料理、ありがとうな!」


 最後は交渉してきた優男だ。


「それでは失礼して。私はも肉料理をお願いします。品数は一人三個です」

「了解した」


 ボイルはカツオの竜田揚げ、鰆フライ、キスの天ぷら。次にホタテ焼き、ホタテのソテー、サザエのつぼ焼き。さらにジャダの串焼き、ローストバブ、バフジャーキーを各自の前に取り出し、自分用にはプリンを用意する。


「食べながらで悪いが、自己紹介をさせてもらう。俺はボイル。見ての通りテイマー系だ。テイムモンスターのスケルトンはアーク。ゴブリンはディノスという名前だ。よろしく頼む。気軽に呼び捨てで頼む。ただ、こちらはさん付けで呼ばせてもらう。どうみてそっちが年上だからな」


 ゲームでは外見から年や性格などは推測しづらい。それでも優男は、過度な若作りはしていないといった。なら年相応だ。


「私はキアスンです。この度の交渉、お受けいただきありがとうございます。こちらは料金です。呼び方はボイルが呼びやすい敬称で構いません」

「三人分丁度頂いた」


 優男に似合うキアスンの笑顔は、まさに腹黒の営業さん。ボイルは胡散臭さを感じた。


「次は俺だな。俺はシームスだ! よろしくな!! 飯もいいが酒はないの? 買うぞ! 俺たち三人はリアルでは飲み仲間だしな!」

「酒はすまない。まだ用意できない。酒造したら飲み会でもしよう」

「おうよ!」


 日焼けサロンで作ったような肌色に、ホワイトニングした真っ白な歯。この四人の中で一番の長身で、鍛えられた筋肉が初期インナーの上からでも分かる。といってもボディービルダーのように肥大した筋肉ではなく、アスリートのような肉体美だ。髪色は銀に近い白だ。シームスは自己紹介を簡潔に終わらすと、即座に食事を開始した。


「最後の俺はサクスク。どの料理も美味い。また機会があれば買わせてくれ」

「またと言わず今でもいいぞ」

「始めたばかりでセンリが心許無いんだ。許してくれ」

「わかった」


 二人は微笑みながら軽口を言う。サクスクは短い髪をオールバックにしている。親しみがありながらも締めるところはしっかり締める。芯が強靭でしなやかな印象を受ける。


 生徒のことをちゃんと見て考える先生のようだ。年相応な柔らかい笑みはボイルの警戒心を和らげる。深いワインレッドが少し尖った大人の色気を醸し出す。三人とも平均より高い身長。まさにイケオジパーティーだ。


「そう言えば、ポータルのところにいた他のプレイヤーたちは来ないな」

「彼らはボイルがポータルを解放したあと、すぐに転移でどこかいきましたよ」

「エットタウンに戻ったのかもな」

「そうかもしれません。さて簡易な自己紹介も終わりましたが、何をお聞きに?」


 どこか業務的な問いかけに、ボイルは少しだけ姿勢を正す。


「まずはゲームのことについてだ。ここに到達するまでの道のりや敵を教えてくれ」

「私たち三人はエットタウンから来ました。道のりは――敵は――」

「敵は俺も倒したことがあるやつだな。にしても街道を一切通らず森の中を横断とは、見かけによらないな」


 ラビット、コボルト、ゴブリン、ファンゴ、イーグル、スライム。昼に出会えるモンスターはこの六種類のようだ。


「それを提案したのは俺だ!」

「なるほど。見かけによるな」

「なに!?」

「ハハハッ」

「ガッハッハッ」


 互いに冗談と分かる掛け合いは場を温める。それからはボイルが聞き、三人が答える。内容はゲームから、ちょっとした愚痴まで。まさに中年が居酒屋で飲みながら話をするような内容だ。


「テイムモンスターも愛嬌がありますね」

「ゴブゴブ」

「こういう素直な人物なら、学歴やスキルがなくても採用したいものだな!」

「カタカタ」

「手がかかる子ほど可愛いこともあるぞ」

「それはサクスクの職業柄だろ」


 最後はボイルが突っ込みを入れる。どこの誰それなど特定できる情報はお互いに話していないが、社会人同士で話し出すと職業は言わずとも伝わってしまう。これは人生経験からくるものでもある。


「三人はエットタウンに戻らないのか?」

「私たちは、このまま進みますよ」

「保存食やポーション類、テント類まで準備したからな」

「ゲームだ! 無茶するのも一興だろ。もちろん提案者は俺だ!」


 三人は同時に食後の挨拶を言い、立ち上げる。


「ごちそうさまでした。それでは私たちはこの辺りでお暇します」

「おう! ゴチになった。また食わしてくれよな!」

「美味しかった。ありがとうな。」

「夜は敵が強くなるぞ」

「それも楽しみの一つだ」


 シームスは獰猛に笑いボイルに言い切り。そしてそれを皮切りに二人も追随する。


「その通りです。ゲームですからね。無茶も強敵も楽しみかたの一つです」

「リアルでできないことを、人に迷惑をかけない程度にするのもゲームプレイの一つだ。ボイルもだろ?」

「……そうだな。俺もそんな感じだ」


 三人の行動にボイルは納得した。ボイルは三人とフレンド登録を済ませる。


「三人ともまたな!」

「はい。またお会いしましょう」

「じゃーな」

「またな」


 ボイルたちはお互いに手を振り合う。アークやディノスもだ。それは三人が茂みや暗さで見えなくなるまで続いた。


「いい人たちだったな」

「カタ」

「ゴブ」

「ハヤトも誘って五人で飲みたいな。それには酒だ! 多めに用意するか」


 ゲーム内なら余っても消費期限切れにはならない。

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