第36話 簡易セーフ―ティーエリア
「とりあえず根っこから抜くか」
タンポポは、花も葉も根も体にいい。どこも使い道がある。
「名前はオオバスか。テキストは、デトックス採用がある薬草。女性の味方で古くから親しまれている。どこでも栽培され安価に手に入れることができるか……。まんまタンポポだな」
現実のタンポポにはむくみや便秘の解消、血行改善や母乳の出をよくする効果などがあり、古くから親しまれている。
「品質が分からないってことは、料理以外で加工するのか」
愚痴りながらも数本あったオオバスをすべて抜く。
「またせたな」
再び歩き出すが、また茂みの中にポイントを見つけた。距離にしてほんの数十歩。
「悪いな。今度は……紫色の花か」
名前はグラトリグサ。外見はオオバスのように小さいが、葉っぱがジャガイモのように広い。茎は細い。それが茂みのいたるところに咲いていた。
フレーバーテキストは、料理や酒造に使える薬草。痺れを和らげる作用がある。ジャダにとっては元気の源。畜産農家では必ず栽培しているとのこと。ボイルはオオバスと同じように引っこ抜いた。
「品質は低か。これは適切な採取方法があるな」
各薬草にも適した採取方法があるようだ。アークは周囲を警戒し、ディノスは何をしているかよくわからないが楽しそうに走り回っている。
「合計一二個か。酒を造るのには二個必要。まだまだ欲しいな」
一人で楽しむならまだしも、何人かで飲むには量が心許無い。ボイルたちはシャールへ向けて北上する。モンスターとの遭遇も初めの頃より頻度が多くなり、採取ポイントもよく目にする。といっても目新しいものはない。
「もう夕方か。セーフティーエリアを探さないとな」
ログアウトするにも一夜過ごすにもセーフティーエリアは必要だ。さらにエリア内に設置されているポータルからエットタウンに戻ることもできる。
そして朝はエットタウンから解放したポータルに飛んでもいい。探し出して小一時間。辺りはすっかり逢魔時。
「やっと見つけた。探しだすと、なかなか見つからないな」
人はそれを物欲センサーという。セーフティーエリアは深みのある青い線で囲われていた。線は光り、少し浮き出ている。プレイヤーにとってはとても分かりやすい。ボイルは寄り道をせず向かおうと思ったが、ある一団を見つけた。
「ディノス。一人であいつらと戦ってみるか?」
指さすほうにはゴブリン三体が歩いていた。
「ゴブ? ゴブ!」
「どれだけ成長したか見せてくれ」
「ゴブ!」
ディノスは大きく頷く。獲物は槍。そして駆け寄る。敵はそれに気づき構える。ゴブリンはノンアクティブモンスター。先手はディノスだ。
「ゴブ」
助走の勢いを利用し、一体の頭部目掛けて刺突きを繰り出す。即座に槍を手放し、もう一体には斧で首を叩き切る。斧は槍より攻撃力が高い。成長していなくても、通常攻撃一、二発で敵を倒せる。そして残り一体とは目を合わせて対峙する。
「ゴブ」
「ゴブ!」
どうやら敵は、ディノスの出方を伺っているようだ。間合いは二、三歩。
「ゴブ。ゴブ!」
ディノスは地面を蹴り、相手の懐に飛び込む。そして斧を振り上げる。相手は気づくだけで、何もできない。
「よくやったな!」
「カタカタ」
ボイルはディノスの頭を撫で、アークは背中を軽く叩き褒めたたえる。ポリゴンがこのやり取りに花を添える。
「ゴブゴブ」
スキルは成長しなくても、実体験の経験値は積み重なる。
「これで飯がさらに美味くなるな」
「ゴブ!」
「よし、エリア内に入ったら何よりもテントの設置だ」
「カタ」
ゴブリンのドロップアイテムはない。それはコボルトも同じ。第一エリアの亜人モンスターはないようだ。
ボイルたちは心嬉しいまま青い線の中に入る。途端に景色が変わるようなこともなくエリア内は森のままだ。ただ所々雑草が取り除かれ、地面がむき出しになっている。焚き火もテントも張れる。
ミニマップには詳細なエリアが映し出されている。ポータルは真ん中にある。テントの下が生草だと、草の水分で何となく湿りを感じてしまう。人によっては気持ち悪さや寒さに感じてしまう。敷物を敷けば解決できる程度だが、初めての人はよく陥る事柄だ。
「ここにテントを張るぞ」
ボイルはインベントリーからキャンプ道具一式を取り出す。テントから椅子や机、焚き火セットなどいろいろだ。薪は買うこともできる。だが、落ちた枝を拾えば薪の代わりにできる。これは石材と同じで誰でも拾える。ただ、その用途は薪にしか使えない。装備は解除済みである。
「お前たちも手伝ってく……いや、面倒を見ていてくれ」
「カタ」
アークとボイルは、楽しそうにはしゃぐディノスを見た。止めさせてまで手伝わすのもなんだかなーという、親目線のような気持になった。
「これが父性ってか。まあ俺もそんな年だもんな」
ボイルの同世代には、子供がいる夫婦のほうが多い。取り出したキャンプ用具を使いやすいようにセットし、ライターのような道具で薪に火を点ける。
「ぎりぎり間に合ったな。二人は好きに過ごしてくれ。俺はポータルを解放してくる」
日は沈み辺りは薄暗い。明かりなしに歩くのは少し怖い。そんな中でもボイルは【夜目】の効果で安全に歩ける。
「他の人は見当たらないな」
ポータルから街に戻るプレイヤーが大半だ。キャンプ用具も要らず節約できる。ただ、このゲームらしさを体験したいなら、それは少し勿体ない。ボイルは腰ほどの茂みと木々を迂回し、やっとポータルが視認できる位置まで来た。意外にエリア内は広い。
「おっ。俺ら以外にもいたか」
ボイルは少し嬉しくなった。ポータルの側には何組かのプレイヤーがテントを張って思い思いなことをしていた。若い男女や年配なグループ、若い女性だけのパーティーなどがいた。年配グループだけがインナーで他のパーティーは武器防具を装備している。
ボイルはそんな人たちに、チラ見されながらポータルを解放する。解放の方法は手に触れるだけ。現状ボイルが選べる転移先はエットタウンと、今解放した二つのみ。用事が済んだボイルはそそくさとその場を後にし、自らのテントにもどった。
「テントの場所は正解だったな」
テントを張った場所は、他のプレイヤーがいた時のために、エリアでも隅っこだ。テイマーなら大なり小なりしているマナーの一つだ。特にスケルトンをテイムしているボイルなら尚更気を遣う。もしホラー嫌いな人がいたら、結果は容易に想像つく。
気を使えるときには使うのがテイマーのルールでもある。ただ、エットタウンの中など、使いたくても使えないような状況は必ずあるため、結構緩いマナーだ。
「カタ?」
「いやなんでもない。よし、飯にするか」
焚き火もいい感じに燃え盛り、冷える夜にはもってこいだ。ボイルたちはそれらを囲み、椅子に座る。簡易な机も各自の前にある。
「カタ!」
「ゴブゴブ!」
アークはいつも通りの骨煎餅。ディノスはバフのステーキだ。大量に調理した肉料理の数々はディノスにも分けている。アークには骨煎餅を分けている。
「今日はちゃんと食べるか」
自然の中で食べるご飯は普段より数倍美味しい。ただし保存食は例外だ。取り出した料理はバフの角煮、イカの天ぷら、縞海老の味噌汁の三点。
「いただきます。白米か日本酒のどっちかが欲しくなる」
「カタ」
「ゴブ」
アークたちもボイルに倣って手を合わせる。
「うめぇ! 久しぶりの料理はいいな! それに自然の中なのも最高だ」
味の奥深さは足りないが、角煮特有の蕩ける油に醤油ベースの出汁が口の中に広がり、噛むたびに肉の旨味が溢れてくる。呑み込めば、風味が鼻を突き抜けてくる。
「次はイカだな」
衣はサクッ。イカはプリッ。噛めばジュワーっと熱と共に味が広がる。
「この歯ごたえがマジで美味いな」
「ゴブゴブ!」
「ディノスも美味いか! 明日もあるからな、今日は好きなだけ食べていいぞ」
「ゴブ!!」
呼ばれなかったもう一体は、驚愕の雰囲気でボイルを見る。
「カタッ!?」
「もちろんアークもだ」
「カタ!」
アークは骨煎餅を追加し、ディノスは新たにジャダのステーキ串、ポッロの唐揚げを取り出し食べ始める。辺りには料理の匂いが漂う。それがまた、ボイルたちの食欲を刺激する。ボイルの満腹度は最大まで回復しているがまだ食べる。システムとしての食事だったのが、今ではその影はない。
「次は味噌汁だ」
まずは汁だけで一口。
「あぁ、体に染み渡る。海老の旨味が凄いな。それにしても、味噌と海老は合う」
ボイルの口の中に残っていた油が、海老と味噌の風味で一新する。
「海老にも出汁がよく染みている。本当に酒が飲みたくなる」
ディノスは水を飲んでいるが、プレイヤーは必要ない。
「どうせ飲むなら酒がいいな。帰ったら酒造するぞ」
グラトリグサで出来上がる酒に思いを馳せながら、ボイルは味を楽しむ。
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