小さな一歩 転
第35話 始まりの森
ボイルはセーフティーエリア内で椅子に座り、エリナとチャットをしていた。
『すごいです! 思った以上に騎士って感じです! この楽しさはヤバいです! これからは私も、少しはデザインに気を使います!』
『熱は十分伝わった。俺たちは今、シャールに向かっている途中だ。新素材は期待しないでくれ』
『わかりました! この気持ちは他の装備依頼にぶつけてきます!』
『了解した。またの機会に』
『はい! またです!』
ボイルは一つ大きなため息をつき、不安を口にする。
「デザインの凝った装備は不特定多数向きではないだろう。いや、ゲームならあまり気にしないか」
そして自ら納得する。ボイルたちはシャールに向かう途中のセーフティーエリア内だ。周りは整備されていない森で、慣れていないと少し心細くなる。変な独り言が多くなるのも仕方がない。
「カタカタ」
「ゴブゴブ」
テイムモンスターの二体は初めての場所にも関わらず、楽しそうに遊んでいる。
「服のときも反応が凄かったな」
思い返すのは、アネモネに服を着たアークたちのスクショを送ったときだ。
「まあ、ゲームプレイの目的の一つなら仕方ないが、あのやり取りは年上に向ける尊敬の念が薄れたぞ」
推しがどうたら、デュフフ、飼いたいなどなど。そんなテンションに慣れていないボイルには少し辛かった。
「カタカタ?」
「ゴブゴブ?」
二体は心配そうにボイルを覗き込む
「大丈夫だ。よしっ、休憩は終わりだ! 狩りながら進むぞ」
「カタ」
「ゴブゴブ」
ボイルたちは装備を身に付け、セーフティーエリアから出る。アークとディノスの防具はとても似合っている。前、装備していた革防具はボイルに戻った。
「まさかアークたちが馬に乗れないなんてな」
レンタル馬は、プレイヤーにとってはシステム的な移動手段だが、アークたちには違った。【乗馬】スキルが必要だった。更に獣型のテイムモンスターは馬に乗れない。故にボイルはレンタルを諦め、仲良く徒歩でシャールに向かっている。
「街道から少し外れるぞ。そのほうがモンスターも採取場所もありそうだ」
「カタ」
「ゴブ」
朝早くオベールで樽三個分の水を購入したボイルは、エットタウンからシャールやディアン山に伸びている街道を数時間ほど進んだ位置にいる。しかし街道では、モンスターとのエンカウントや採取ポイントが全くなかった。
街道を少し外れて進むと、踏み固められた地面から色濃く柔らかい足元に変わる。雑草や落葉、落枝など手付かずの自然だ。
「やっぱり、自然の中にいるのはいいな。いい癒し効果だ」
足元が悪いためペースは遅いが、ボイルの心はワクワクしてきていた。幼少期、友達といろいろな場所を探検したような気持ちにボイルはなる。突如として、前方の茂みがガサガサと音を立てる。かき分けて現れたのは三体のゴブリンだ。
「ゴブ!」
「ゴブゴブ」
「ゴブ」
斧とぼろ腰巻だけのテンプレートなゴブリンたち。ディノスとは違い、知性は伺えない。
「ディノス。一人で戦ってみるか?」
「ゴブ! ゴブゴブ」
意気揚々と声を上げる。
「安心しろ。危なくなったら助ける。自分がどこまで成長したか確かめたくないのか?」
ディノスはよくわかっていないようだ。ただ、助けてくれるならいいかなーっと軽い感じでボイルたちより前に出て、ゴブリン三体と対峙する。選んだ獲物は槍だ。
「ゴブ!」
先手はディノスのファイヤーボム。三体の真ん中に着弾した魔法は、ダメージと少しのノックバック効果を全員に与える。
「ゴブ!」
次はスピードの速いファイヤースピア。一体に当たり、そのまま敵はポリゴン化していく。ディノスはもう一体に距離を詰め、パワースピアをお見舞いする。
「ゴブゴブ!」
消えていく敵を見てディノスのテンションはさらに上がる。ラスト一体にはファイヤーで倒しきる。
「ゴブゴブ! ゴブ!」
ディノスは同族との初勝利に歓喜していた。だがボイルとアークはどことなく飽きれ顔だ。
「よく倒した。よくやったな」
「ゴブゴブ!」
ボイルはまず褒める。そして悪い所を言う。
「といってもやりすぎだ。オーバーキルだぞ」
「ゴブ?」
「パワースピアでなく、刺突で十分だ。範囲攻撃も気持ち的には分かるが、消費の割に合っていない。ディノスのスピードなら通常攻撃でも、十分立ち回れるぞ。敵はストーンゴーレムではない」
格下にアーツ連発。ゴブリン相手なのにMPの消費が多すぎる。
「カタカタ」
アークは身振り手振りも含めて、ディノスに伝えている。まるでボイルの言葉を補足しているようだ。
「いきなり言われても理解はできないか……。次はアークが戦ってみるか? といっても同数の敵と遭遇するとも限らないが……」
「カタカタ!」
「そうか。なら次は頼むな」
「カタ」
進化した二体なら第一エリアの敵程度、余裕を持って対処できるとボイルは考えている。現に、ディノスのアーツはオーバーキルだった。
「よし進むぞ」
一〇分ほど進むと今度はコボルト四体と遭遇した。
「数が多いがどうする?」
敵を前にして悠長に話せるのも、ノンアクティブだからだ。アークは剣を抜き、ボイルたちの前に出る。
「カタ」
「一番右側にいる奴は合図するまで、倒さないでくれ」
「カタ!」
駆け足で一体に接近し首目掛け斬りかかる。そして続けざまにもう一体を斬り上げる。攻撃を受けたコボルトはポリゴン化していく。ボイルはストーンゴーレムにした魔石探査をコボルトにしてみた。残りの二体は同時に短剣をアークに向けて振り下ろす。
「カタ!」
「グワァ」
アークは一体の敵に向けて、一歩大きく前に出る。そして冷静にパリィを発動させ、一体の攻撃を弾き返す。体格差もあり、相手は軽々とノックバックする。
「グァ!」
「グ」
弾かれた相手は味方に当たり、二体とも体制を崩す。
「倒していいぞ!」
「カタ!」
アークは剣を大きく振り下ろし一体を倒しきる。その間にもう一体は体勢を立て直しアークに斬りかかる。アークはそれを見越していた。
「カタ!」
素早い突きを繰り出すアーツ―刺撃―で相手を攻撃する。最後の敵がポリゴン化していく。
魔石探査はゴーレムのときのような効果は得られなかった。ゴーレムの場合は魔石の部分だけが光るが、生物系は身体全体が光った。方向性は間違っていないが何かが足りない。アークは勝利を噛みしめていた。
「カタカタ」
「流石だな。どこで覚えた?」
アークはもともと知性や戦闘センスは高い。それでも適切なアーツの使い方は分かっていなかった。ボイルと戦ったとき、攻撃を弾くためにパディとシールドバッシュを同時に使うくらいだ。今回のように弾き先のことまで、考えてはいなかった。それが成長していた。
「カタカタ。カタ。カタカタ」
身振り手振りで説明しだす。それは見慣れないポーズをしたり儀礼をしたりといろいろだ。
「もしかして、騎士団の訓練か?」
「カタ」
正解のようだ。同じ訓練をしたはずのディノスができないのは、知性が低く理解力が足りないからだろう。こういうところにも、種族の特徴が表れている。
「なるほど。ディノス。今の戦い方を目指せ」
「ゴブ? ゴブ!」
「まあ、数をこなせば理解できるか」
分かったような、分からないような微妙な受け答えだ。ゴーレム狩りも最初はもたついていた。だが、数をこなすにつれ連携もアーツ使用も洗礼されていった。
「よし、進むぞ」
「カタ」
「ゴブ」
ボイルたちは歩く。ラビットやファンゴ、スライムを倒しながら。ベチュライーグルの進化前も討伐した。名前はイーグル。何の捻りもない。
「おっ! 採取ポイントだ。少し待っていてくれ」
「カタ」
「ゴブ」
採取ポイントには、タンポポのような花が数本自生していた。
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