第34話 隙間時間
「ボイル、建築関係で何かないか?」
「唐突だな」
「鉄鉱石を入手してきたのだ。儂の知らない情報もあるかもしれないだろ」
「悪いな。建築関係は全く知らない。こっちが聞きたいくらいだ」
「なら情報量は一万Sでどうだ?」
ストックは不敵に笑いボイルに吹っ掛ける。
「いいぞ。それで知っている情報はなんだ?」
即、金額を投げ渡す。
「おいおい。お主も冗談くらいわかるだろ。聞きたいのは儂だぞ」
「だからこそ乗ってみた。掘り出し物があるかもしれないだろ」
「なかなか食えないやつだ」
「嫌いか?」
「いいや、気軽に付き合えそうだ」
ストックは冗談に乗る人物だと思って投げかけたところもある。もちろんボイルはそれに薄々気づいていた。
「ハハハッ」
「フフフッ」
男二人は含みながらも豪快に笑い合う。
「それで何が聞きたい?」
「養殖、畜産、栽培ができる場所にホームを建てたい。その場所に心当たりはあるか?」
「……だいたいは海岸沿いの場所だろ? 畜産や栽培は……農場だろうな」
「農場か……」
南にある住民の大規模農場集合地ではなく、プレイヤーが買えるやつだ。畜産や栽培スキルがあれば生産できる場所だ。無論、ホームを建てることもできる。
「一〇〇万Sがあれば建てられるはずだな」
「それは上だけだな。土地代は含まれていないぞ」
「いくらだ?」
土地の売却は五坪からで、一坪七〇〇〇。エットタウンで所有できる広さは五〇〇坪まで。
一反は二〇〇万。四〇〇坪は二七〇万。五〇〇坪は三三〇万。まとめて買う方が少しだけ安くなる。三〇〇坪以下は安くならない。
「高くないか? 現実の二倍はあるぞ」
この時代は昔の土地価格ではない。空き家問題の解決や外国人購買制限などのおかげで土地価格が落ち着いている。VRの普及で製造業以外では通勤時間を気にしないでよくなったのも大きな一因だ。
「フィールドに建てることができれば土地代が掛からないのか?」
「建てられても、維持は難しいだろ。それに近場の街には申請が必要だろしな」
「なるほど。普通に買うほうが楽か」
しみじみ思うボイルにストックは少し大げさに言い切る。
「そうは問屋が卸さないぞ」
「いきなりなんだ」
「買うにはハーフェンかシャールに赴く必要がある。それにホームを建てるには最低三〇坪がいる」
「メインクエストを最低一回は終わらせないといけないのか。坪制限は分からななくもない」
「家を建てるのにもある程度の広さがいるからな。運営は生産職のプレイヤーにも、エリアに出てほしいってことだな」
ボイルはふと思ったことを口に出した。
「生産職なら戦闘は厳しいだろ」
「そうでもないぞ。俺やアネモネでも二、三回攻撃すれば倒せるからな」
戦闘特化ではないボイルでも、第一エリアは余裕を持って倒せた。生産職も初期から取らされる武器スキルで戦闘は可能。攻撃回数が増えても危なげなく倒せる。それくらいの調整をしていたのだ。
「そういうものか。夜が明け、防具ができたら向かってみる。いい情報をありがとう」
「随分と意欲的だな」
「家を建てるのも目標の一つだからな」
ボイルは不敵に笑い、ストックは営業スマイルで答える。
「ご利用を待ちしています」
「そのときは勉強してくれ」
「まあ、そのときにな」
「フフッ」
「ハハッ」
二人は唐突に拳を作り、打ち合わせる。
「エリナ、俺はそろそろお暇させてもらう」
「わかりました! 完成したらチャット送りましょうか?」
「どれくらいかかりそうだ?」
それに答えたのはアネモネだ。
「デザインの基本は他から流用できるからね。スクショを見ながらイメージに一致するように手直しするくらいだよ。服は多いから二時間くらいかかるね」
「私は製作だけなので、一時間もあれば二着できます」
三時間もあれば十分ということだ。流石はゲーム。
「急ぎで悪いな」
「今は予約を受け付けていませんから、何から作るかは私の気持ち次第です」
「ありがとう」
「気にしないでください」
二人は笑い合う。
「チャット頼むな。俺は少し外にでてくる」
「わかりました。それでは後ほど」
エリナは小さく手を振るう。ボイルは三人に軽く手を振るってからアトリエを出る。
「さてと、料理製作で時間をつぶすか」
ボイルはアークたち二人を呼びに行こうかと思ったが、寝息をたてているディノスをイメージしてやめた。ボイルは借主としてアトリエに入る。
「量が量だしな、手っ取り早くアーツで終わらすか」
まずは大きな魚を三枚おろしにする。カツオ、鰆、鯛、チヌ、マカレイ、マタイだ。料理は刺身から始まり、炙りや煮つけ、塩焼などなど。アーツを使いながら完成させた。メバルは前回と同じ。
「イワシとキスは揚げだな」
フライに天ぷら。卵はネスの所で買っている。他にもイワシにはつみれがある。それを丸めて揚げたり焼いたり汁物と活用方法は沢山だ。イワシの煮物もあるが、佃煮のほうが酒には合う。キスは天ぷら。これが一番美味い。それにキスの骨煎餅はかなりの美味だ。
「貝類は焼きと汁物だな」
ホタテとサザエは焼き。オオアサリは焼きに酒蒸し、そして味噌汁。シジミはみんな大好きな味噌汁としぐれ煮に調理した。
「イカと海老は楽しみだ」
ホクホクのイカの天ぷら。それは冷酒で冷めた胃に染み渡る。それだけで十分美味い。そこにイカの食感に噛むたびに感じる旨味。ボイルの好物でもある。イカリングフライ、イカの刺身、炒め物などなど。
海老はイカと同じような調理方法になる。ただ縞海老は小さい。海老天よりかは、かき揚げが合う。味噌汁も海老の濃厚な旨味が溶け込み美味い。
「イカは小さく切って、海老と一緒に揚げる!」
海老とイカのかき揚げだ。天つゆも美味いが抹茶塩で食べるのもまた美味い。だが今は塩一択である。
「残ったアラは骨煎餅と味噌汁だな。エラやヒレ、頭は塩焼だな」
ボイルは大量のアラにアーツを使用して調理する。
「まあ、これで一段落。次はディノスのための肉料理だな。まずはポッロの肉からだ」
見た目も味も鶏肉。今の調味料だけでも料理の種類は多い。まずは塩胡椒で焼く。照り焼きも可能だ。片栗粉で
「鶏肉は貧乏学生の救世主!」
市販のタレともやし、そして鶏肉を一緒に炒めるだけの安上がり料理。タレを変えれば飽きもこない。本当にヤバイときは、もやしだけになる。
アルミホイルの上にパンの耳を置き砂糖をふりかける。そして魚焼きグリルで焼くだけでも、美味しいお菓子になる。これも救世主の一つだ。
「あの頃はどんなことでも楽しかったな。貧乏料理も今ではいい思い出だ」
ボイルはアーツを使用しながら大量生産する。
「ジャダの肉はどんなものか」
とりあえず一つを焼き試食する。
「これは……ラム肉だな」
味が濃い肉だ。ただ焼くだけでも酒に合う。メジャーなのはジンギスカン。それに焼き串。ステーキのように焼き加減を調節してもいい。一口サイズに切って炒め、卵黄と絡めても美味い。オーブンで調理すればフランス料理でよく見られるアレができる。といっても見た目だけで味は雲泥の差だ。
「うーん。バフは牛肉だな」
野菜がない牛肉料理は限られる。ボイルが思いついたのはステーキに牛肉の角煮、ローストビーフとビーフジャーキー。ジャーキーは冷蔵庫などで水分を飛ばしオーブンで焼けば簡単できる。
「アーツ様様だな」
次に取り掛かったのは卵料理だ。卵と牛乳で、プリンや具なし茶碗蒸し。卵焼きにスクランブルエッグ。薄力粉にベーキングパウダー、砂糖と塩少々でホットケーキミックスが出来上がる。卵と牛乳を入れて焼けばホットケーキの完成だ。
「しまった! パンがあればフレンチトーストができたのに! まあ今日はここまでだ」
購入した大量の食材は、アーツの使用もあり全て調理し終えた。作業時間は二時間半と少し。ゲームならではの作業時間だ。調理終了後ボイルは掃除をしだす。少ししたらチャットが届いた。
『依頼品ができました! デザインが凄くいいですよ!!』
『わかった。すぐに向かう』
ボイルは片づけを手早く済ませ、一旦扉から出る。
「はーーい! ボイルさんどうぞ」
「さっきぶり。邪魔する」
部屋の中に入ると、夫婦の二人は椅子に座り寛いでいた。ボイルと目が合ったストックが冗談を投げかける。
「邪魔するんやったら帰ってー」
関西出身者ならキレるレベルの似非関西弁。ボイルは声色を低く、感情を込めずに言い返す。
「なあ、これは怒っていいのか?」
「まさか関西出身だったとは。すまん。このとおりだ」
ストックは椅子に座ったまま頭を下げる。
「ハハハッ! これこそ冗談だ」
「おいおいそれはないぜ」
今度こそ男二人は純粋に笑い合う。
「はいはい。男にしか伝わらないロマンは置いといて、本題の鎧と服はエリナさんに渡しているよ」
「お預かりしています。すぐにお渡ししますね」
ボイルはトレード申請を許可する。二種類の防具とインナー扱いの服が枠内に現れる。インナーは数も種類も多い。しかもインナーのアイテム名には、ご丁寧に個人名まで書かれていた。
革系はジャケットや鞄や靴が多い。部屋服や普段着は布系で過ごしやすそうだ。ボイルが渡した素材には布はなかった。それなのに布服が多い。ボイルは心からのお礼を伝える。
「ありがとうな」
「ちゃんと依頼料は頂いていますので。ただ……」
「どうした?」
「出来栄えを確認したいのよ。装備した際にはスクショを送ってほしいわ……」
「それくらいならいいぞ。ただ、日が昇ってからになるがいいか?」
「はい! 私は大丈夫です!」
エリナはいい笑顔で言い切る。
「私も明日の朝でいいよ。そのかわり服のスクショもよろしくね」
「わかった。いきなりな依頼に応えてくれてありがとうな」
「いい経験になったわね。次も依頼して頂戴」
アネモネ手首だけで手を振り、気にするなと示す。
「私も次の依頼を待っています! もちろん買い取りもしますからね!」
「二人とも、これからもよろしくな」
「こちらこそ、何卒御贔屓に」
「はい! こちらこそです!」
蚊帳の外のストックは投げやり気味に催促する。
「速く土地を購入しろよ」
「言われなくてもそのつもりだ」
ボイルは三人と軽く雑談を交わしてからオベールに帰った。案の定、ディノスは寝息たてていた。
「カタ」
アークは窓辺の椅子に座り海を眺めていた。
「何か見えたか?」
「カタカタ」
首を横に振る。
「そうか。明日はシャールに向けて立つ。二、三泊するかもしれないが、テントなどの準備は問題ない。行く前にオベールで飲み水を買うくらいだ。アークもいいな?」
「カタ」
「よし、俺は少し寝る。朝でも少し遅い時間に起きると思う。それまでは好きにしていてくれ」
ゲーム内時刻は二一時を少し回ったくらいだ。リアルでの睡眠時間は十分に取れる。
「アーク、おやすみ」
「カタ」
ボイルは布団の中に入りログアウトを選択した。
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