第33話 大人は意地が悪い
「で材料はどれくらいあるのかしら? 何着欲しいの?」
「エリナは何も話していないのか」
「はい。当事者で詰め合った方がより良い物が作れると思いましたので」
「ありがとうねエリナちゃん」
「えへへ」
傍から見るとおばあちゃんが孫を褒め、孫が嬉しがっている状況にしか見えない。ボイルは聞こえるように息を吸い話し出す意思を伝えた。
「材料はそれなりにある。制作料も材料で支払おうと思っている。足が出た分はセンリで。欲しい服は三つの系統の私服を三着ずつ。それに部屋着や寝間着なども欲しい」
「三種類?」
「俺はテイマーでな。三種類なのは俺を含めて、スケルトンとゴブリンのもあるからだ」
ボイルは時々撮っていた二体のスクショを数十枚見せる。一番に反応し納得したのはストックだった。
「そういう意味での三種類か」
ボイルは無反応なアネモネに問いかける。
「そうだ。頼めるか?」
「頼めるかですって……」
アネモネは顔をばっと上げ、舌を回す!
「こっちからお願いしたいわ! 具体的な材料の数は? はい、トレード許可してね」
勢いに負け許可を出す。
「全ての材料を提示してくださいな」
ボイルは今朝買った数量を、そのままトレード画面に出す。
「まあまあまあ! こんなに大量に! 三着と言わず五着でも可能ですわ」
「おい落ち着け。制作料のことも踏まえて、そこからちゃんと引いて何着制作できるかだろ? 一度深呼吸して落ち着け」
大事なことなのかストックは二回繰り返す。そのおかげか、アネモネの雰囲気も口調も元に戻った。
「大丈夫。悪い癖は出ていないよ」
「それならいいが……」
「一〇〇単位であるのよ」
「なっ! 本当か!?」
「後でちゃんとお見せしますね」
トレード画面は一対一の取引。いくら親しい間柄でも横から見ることはできない。
「ボイルさん、五着ずつ計一五着で大丈夫? デザインはゲームの時代に合うような服ね。布はこっちで用意するわ」
「ゲームの雰囲気にマッチする普段着なら、数も問題ない」
「ただ、依頼料も含めると材料全て頂くことになるのよね」
「それこそ気にしないでくれ。多少高くても、この縁を大切にしたい」
アネモイはボイルに向けて握手を求める。ボイルもそれに力強く答える。
「よろしく頼む」
「こちらこそ。良い取引をさせてもらいました」
二人は握手したまま笑顔で笑い、トレードを完了させる。
「わあ! アネモネさんおめでとうございます!」
「エリナちゃん仲介してくれて、本当にありがとうね!」
「いえいえ、私も服が楽しみです。ボイルさん私にも見せてくださいね!」
「もちろんだとも」
アネモネは真顔でエリナに尋ねる。
「エリナちゃん……今回の仲介料いくら?」
「えっ! いりませんよ! 友達の輪が広がるのはいいことじゃないですか! 私はそれで充分ですよ!」
「本当にいいの? この依頼だってエリナちゃんが受けることもできたはずよ」
「いえいえ、本当に大丈夫ですよ。私も防具の制作依頼を受けていますから!」
「そう? それなら本当にいいのね?」
エリナは満面の笑みで答える。
「はい。大丈夫です! それに相談に乗ってほしいので、私がお支払いしなくちゃって思っていたくらいです」
最後は少し遠慮がちだ。アネモネは、相談と聞いて表情が真剣になる。
「相談料はお互い様で気にしないでね。それで相談って何かしら? 通話にする? それとも男共には帰ってもらう?」
「あ、すいません。深刻な悩みじゃなくて。ボイルさんから受けた防具のデザインについてです」
今回も言葉足らずになっていたようだ。でも前と違い温かい言葉で心配され、エリナは少し嬉しそうだ。
「あら、それなら私も気になるね」
「ボイルさん、大丈夫ですか?」
「大丈夫だ」
ボイルは特に考えもせず許可を出す。
「実はスケルトンさんのデザインが聖属性と氷属性の騎士なんです。あ、お名前はアークライトさんです」
「騎士なら金属防具なのかしら。エリナちゃん材料はあるの?」
エリナはチラっとボイルを見る。意図に気づいたボイルは大きく頷き了承した。
「実は……あの鉄鉱石はボイルさんが売ってくださいました。アネモネさんたちが来る前にも、沢山の鉄鉱石の取引をしました。だから材料は気にしないでください!」
「本当に! そ、それなら私もその防具に携わらしてもらえる?」
「ボイルさん次第です」
話を振られたボイルは少し考えてからアネモネに提案する。
「普段着のデザインはそこまで気にしていないが、鎧となれば話が変わる。よかったら、デザインの原画や下書きがあれば見せてくれないか? もちろんイメージはなんでもいい」
「ちょっと待ってね。これとかなら騎士をイメージしてデザインした防具ね」
アネモネは誰でも見られるように画像を空中に映し出す。
「これは……本当にアネモネさんが?」
「……綺麗。なのにどことなく力強さを感じます」
ボイルたちが見た画像データーは数年前有名だったゲームのスクショだ。残念ながら現在はサービス終了している。だがそこには、細やかな模様や細工が施され、綺麗な曲線美と直線が持つ鋭さを意識して作られた防具。聖騎士のような銀色の鎧が映し出されていた。
一目惚れだった。
「他のゲームのときに作った防具ねー。正真正銘私が一から制作したよ」
「よかったらゴブリンの革鎧も頼みたい。イメージは野蛮な野性味。だが芯はしっかりしている。そんな感じだ。名前はディノス」
ボイルはディノスの鎧も新調することに決めた。
「もちろん、受注させていただきますね! 材料はありますか?」
「防具に使える材料はない。材料費や制作料も含めてセンリで払う。それと一つ頼みたいことがある」
「お伺いしますよ」
「アークの鎧と同じようにエリナが制作、アネモネがデザイン。合作で頼みたい。もちろん二人ずつに正規の値段を払う」
即座に反応したのはエリナだ。
「私はやってみたいです! 一人で作るより楽しそうです!」
「そうね。依頼料ももらえるわけですし、デザインも楽しそうね。エリナちゃん、よろしくね」
「はい! よろしくお願いします!」
エリナの喜び方は年相応というより、少し幼く見えてしまう。それほどまでに、アネモネと一緒に作るのが嬉しいのだろう。
「デザイン費や材料費その他諸々含めて、一人三五万で受けてくれるか?」
一体につき六個の装備が必要で、制作依頼料は装備一個に一万。それを二体分。最低でも二四万Sは必要だ。そしてデザイン料。金属防具の材料費は要らなくても、革鎧の材料は要る。
「それは高すぎます!」
「そうですね。もう少し低くても大丈夫よ」
「せっかくの縁だ。素材がアップグレードする度にお願いしたい。なら少し高くても俺にとっては十分な利益だ」
生産職と良好な関係を築くのはとても大切だ。ただ、悲しいことに、中にはそれを利用した下心満載な生産者もいる。その見極めの手間や裏切られたときや関わった時間を考えると、ボイルの提示した金額は妥当で納得できるものだ。
「聞こえは悪いが、先行投資だ」
「そこまで言ってもらえるなら、ありがたく受け取りますね」
アネモネは言葉通りに受け取り了承した。だが、付き合いがあるエリナは思うところがあった。
「同じようなやり取りを最近した覚えがあります! もしかして最初から合作を狙っていましたか?」
「大人は意地が悪いものだな」
「……。不利益があるわけじゃないので、納得しときます!」
「うふふっ、二人とも仲がいいのね」
年長者の言葉に二人は苦笑いを浮かべるだけだった。ボイルは三五万Sずつ渡す。
「確かに承りました。エリナちゃん、さっそく話し合いしましょ! 実用面でダメな要素を教えてほしいわ」
「わかりました! ボイルさん依頼料ありがとうございます」
女性二人は机を離れ、作業場にある炉に向かう。
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