第30話 下準備
「お待たせしました。こちらへどうぞ」
ボイルは店員に先導されて店の奥に向かう。
「こちらの魚たちをどうぞ。頭と尾のアラは一箱分。中骨は小売店にも頼んでかき集めました。五箱分はあります。魚の説明をしましょうか?」
「頼む」
一箱の大きさは横五〇〇、縦三〇〇、高さ二〇〇で木製。単位はミリだ。大抵の魚は現実と同じ名前で同じ姿をしていた。トロ箱に入っている貝はホタテから始まりシジミ、サザエやオオアサリの四種類。アオリイカに縞海老の二種類。初ガツオに鰆、メバルにイワシ、キスに鯛、チヌもある。計七種類だ。
「次がマカレイとマタイです」
「初めて聞く名前だ」
「簡単に説明します。魔石があるかないかです。無論味もいいです。サイズはかなり大きいですが」
「モンスターということか?」
「そうですね。分類学上はモンスターです」
動物とモンスターの違いは魔石があるかないかだけだ。ただ、弱いゴブリンと巨体な熊なら後者が勝つ。魔石があるから絶対の強さがあるというわけではない。
マカレイやマタイの場合は、カレイやタイが年と共に大きく成長すると、体内に魔石が精製される。それでも強さは変わらない。身体能力も上がらず、魔法も使えない。ただ単に魔石ができただけだ。そのおかげで味が良くなるのはプレイヤーとしては嬉しいことでもある。
ただ住人の中にはモンスターというだけで敬遠する人も少数いる。現実に例えるなら天然物しか食べない偏屈者だ。
「なるほど。魔石もとれるのか?」
「取れますが、利用方法はありません」
「ないのか!?」
「砂利程度の大きさですから……」
利用できる最低限の大きさは、ボイルが持っているような大きさからだ。
「まあ、味がいいなら問題ないぞ」
「ありがとうございます。お値段ですが本当に五〇万Sで大丈夫ですか?」
「問題ないぞ」
「確認してまいります。配達場所はどこでしょうか?」
「いやこれがあるから大丈夫だ」
ボイルは小袋を渡す。ポーチを軽く数度叩く。
「それは……わかりました。裏で会計してきます」
「箱ごと仕舞うがいいか?」
「問題ありません」
店員は丁寧なお辞儀をして裏に行く。ボイルは他の店員たちから物珍しく見られながら、片っ端から箱ごとインベントリーに入れる。ここにはまだ探検者は来ていないのだろう。先ほどの店員が奥から戻ってくる。手にはセンリが入っていた小袋が、畳まれた状態である。
「ちょうどいただきました。この度は当店を選んでいただきありがとうございます」
「こちらも助かった。量が量だからな」
「これは私ども仲卸くらいでしか捌けないでしょう。次回もお待ちしています」
「まあ、当分は今日のでもつからな。具体的にいつかは言えないな」
全てを料理してもインベントリーなら腐らない。プレイヤーならではだ。
「三日前に注文して頂くと、こちらも十分な商品を揃えられるのですが」
「わかった。そう言うことなら事前に注文を入れる。俺はボイルだ。よろしく頼む」
「まことにありがとうございます。改めて、私はこの仲卸の現場を任されているマーサというものです」
簡単に言い換えるなら現場監督だ。
「了解した。次回も頼む」
「お待ちしております」
お辞儀をされながらボイルは魚市場を後にする。外はもう太陽の姿が完全に見えている。
「ネスとの時間には間に合うな」
遅刻はしないが余裕があるわけではない。行きとは違い帰りは通行人が増え、街が徐々に目を覚ましていく。
「リアルでもゲームでも、この時間帯が一番好きだな」
黄昏とは少し違うが想う気持ちは同系統だ。ゆっくりな足取りが体が目を覚ますかの如く、徐々に速くなっていく。ボイルは気持ち良くオベールに到着した。ロビーにはまだ人が少ないが、約束した人物はすでにいた。
「遅くなって済まない」
「俺が少し早く来ただけだ。気にするな。ほら、これが約束の品だ」
ネスの後ろには台車に積まれた数々の品が見受けられる。骨は樽に無造作に入っている。ウールや革はそのままに、肉類は小袋に、卵と乳は専用の容器に入っていた。
「配達ありがとう」
「代金は昨日受け取っているからな。それにオベールには毎日納品しているから気にするな」
「ついでってことか」
「まあ、そういうことだ。俺は注文品を収めてくる。すまないがこのあたりで」
「それなら仕方ない。またな」
「おうよ!」
ボイルは全てをインベントリーに入れる。台車もサービスでもらえた。部屋に戻ると案の定アークに出迎えられる。ディノスはまだ眠ったままだった。
「ちゃんと買ってきたぞ」
「カタ?」
「骨料理の材料は、魚の中骨だ」
「カタカタ!!」
アークは骨煎餅の材料が分からなかったらしい。人間らしい味覚があれば、魚の味を感じ取れるのだが、アンデットなら致し方ない。
「ほら、ディノスを起こして飯を食べるぞ」
「カタカタ」
アークはディノスを揺さぶるが、起きる気配はない。何度繰り返しても起きない。
「……カタ!」
ベッドから突き落とす。
「ゴブ! ……ゴブ」
「カタカタ!」
ディノスは文句を言おうと口を開くが、少し怒っているアークと目が合うと静かに閉じた。
「起きたなら飯だ。この後はゴーレム狩りだぞ」
「ゴブ」
ディノスは焼肉。アークは骨煎餅。ボイルは魚の煮つけ。各自取り出し食べ始める。
「ゴブゴブ!」
「カタカタ!!」
「うーん、美味いが……米が恋しくなる。それに薬味がない分、味が深くないな。まあ、それでも十分食べられる」
手早くパパっと食べ終え三人はロビーに向かう。そこにはモンスターにちょっかいを出しているトリスがいた。
「なるほどなるほど。やっぱりモンスターはいいですね。とくに水生の生物は種類ごとの個性がはっきりとでています。とてもいいですねー常に触れ合っていたいです」
ボイルはアークに問いかける。
「なあ、アレに声を掛けるのやめにしないか?」
「カタカタ」
首を横に振り、早く声をかけろと身振りで示す。ボイルは意気込み声をかける。
「トリス。調子が良さそうだな」
「これはこれはボイルさん。おはようございます」
「ああ、おはよう。さっそく狩りに行くか?」
「ぜひ行きましょう。特別な個体を観察できることはとてもいいことです」
四人はディアン山に向けて動き出す。前と同じように門からは馬車だ。道中は適度に談笑したり水を飲んだり間食したり。
「今日も前回と同じくらいの討伐数を目指すぞ」
「ちゃんと休憩もとりましょうね」
「今日はちゃんと水も用意している。それに、火を通した食事も準備しているぞ」
「ボイルさんも成長していますね」
そして洞窟の前にたどり着いた。
「もしかしたら、今回の狩りでアークたちが進化するかもな」
システム的根拠は何もない。ただ、トリスのモチベーションを上げるためだけに言った。
「それはそれは、とても楽しみです」
「よしっ! さっそく狩りの開始だ!!」
そしてときは過ぎ去り、今は帰りの馬車の上だ。隣には異常にテンションが高いトリスがアークたちにちょっかいをかけている。周りには同じように馬車に乗り、帰路についている冒険者パーティーが複数いる。
狩りは前と同じ要領で行った。休憩もトリスの忠告を聞きながら取った。問題は狩りの終盤に訪れた。嘘から出た
進化先はハイスケルトンにハイゴブリンの一種類だけだった。進化する条件はレベルや経験値のほかに、モンスターの討伐数が必要だった。ちょうど一〇〇体目を倒し終えるとアークが、次にディノスが進化した。
《モンスター一〇〇体の討伐達成。進化条件を満たしました》
この通知後、進化先が現れた。狩りの成果は鉄鉱石が五九七個。石材は一四二個。前回よりも鉄鉱石は少し多い。石材はその分少なくなった。今回もパイルバンカーのおかげた。
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