第29話 お魚三昧
ボイルはアトリエに入ると料理スキルをセットし、メバルを取り出す。
「やっぱり煮付けだな」
基本レシピの最初の工程はメバルの鱗や内臓を取り水洗いをするだ。次に臭みなどを取るために軽くお湯に潜らせてまた水洗い。この下処理で味がかなり変わる。
続いて、鍋で水を沸かしている最中に生姜などの薬味を切るのだがボイルは持っていない。その工程を飛ばし、湯に料理酒やみりん、醤油や砂糖などを入れ煮汁を作り沸騰させる。そして少し切れ目を付けた魚を入れ落し蓋をする。これはアルミホイルなどでも可能だ。ない場合は平べったい蓋で代用できる。そしてお好みの時間で煮詰める。魚の煮物は基本はこれだけだ。
「カレイは煮物と素揚げだな」
メバルに比べると身が崩れやすいため、煮る時間には注意が必要だ。素揚げは下処理した魚に片栗粉を軽くまぶし油で揚げるだけ。大きなサイズなら三枚おろしに、片面を三頭分から五頭分に切り分けて揚げることもある。ボイルが釣ったカレイは三頭分で揚げる。
「中骨もいい感じで取れたな。次は大物のチヌだな」
チヌは臭みがある魚として有名だが臭みの元は皮だ。鱗取りのときに流水にさらしながら、しっかり剥ぐだけで結構とれる。また軽く塩もみするのもオススメだ。ボイルは二匹とも三枚におろし、中骨を纏めて脇に置く。
刺身も美味いが、チヌの身には油が合う。一品は刺身。二品目は定番の塩焼。三品目はフライ。四品目はカルパッチョだ。四品目の薬味はオリーブオイルに黒コショウのみ。現実ではネギやニンニクを載せても美味しい。
「次はメインの骨料理だ! 今ある材料なら骨湯か骨煎餅だが、アークアは骨だけしか食べないからな。作るなら煎餅だな」
チヌなどの大物の中骨をそのまま揚げても、食べられる固さにならない。故に一夜干しや電子レンジで乾燥させるといい。だがここはゲーム。そんな手間は基本ない。中骨を適度な大きさに切り分け、じっくり揚げる。適度に塩をまぶすだけ。
「これで渡せるな。喜びようによっては魚市場で買う量が増えるな」
魚丸ごと一匹が普通だが、買うときに三枚おろしや刺身にしてくれるところも多々ある。店によってはアラだけを売ってくれるところもある。骨煎餅は日本酒に最適なお摘み。ボイルも備蓄していたい食べ物だ。
「次は魔石だな。ささっと終わらすか」
ゴーレム狩りで得た魔石の欠片は二七個。ランクはEだ。欠片一〇個を入れ回し始める。今回は一〇秒間に一二回すことだった。
「うおおぉ! まあ、こんなものだよな。次も終わらすか」
雄叫びを上げるが簡単に回し終える。ボイルはもう一回まわし、Eランクの魔石二個を作り終えた。ランクが変わっても大きさは変わらない。強いて言えば色合いが強くなったような、輝いているような、そんな曖昧さだ。
「今日はこれまでだな」
作業時間は一時間と少しだ。ボイルは片づけをしてオベールに帰る。帰りはエリナに会うこともなく、寄り道もせずまっすぐに帰った。フロントで一〇泊追加してから部屋に向かう。軽くノックするとアークが出迎えた。
「ただいま」
「カタカタ」
アークはアンデット。睡眠の必要はない。意識を低下させることはできても睡眠はできない。
「この音は……ディノスか」
ぐぅぐぅと大きな寝息をたてながら熟睡している。布団からお腹が出ているのがディノスらしい。
「とりあえず、できたててホヤホヤの骨煎餅だ。好きなときに食べてくれ」
「カタカタ!! カタ!!」
「この喜びようは初めて見るな」
「カタカタ!?」
「今食べてもいいぞ」
アークは早速食べ始める。
「カタ!! カタカタ!!」
「そうか。そんなに美味しいのか……これは大量にいるな」
「カタカタ!!」
一口一口噛みしめながらアークはそのつど喜んでいる。骨煎餅一個は何気に量がある。完食はかなり後になりそうだ。
「俺は先に寝るな」
「カタ!! カタカタ!!」
「俺の話なんて聞いていないな」
ボイルはベッドに入り、ログアウトを選択する。
《ログアウトを開始します。お疲れ様でした。またの探検をお待ちしております》
ボイルは現実世界に戻り、コーヒーを頼みログイン時間をセットする。
「これで魚市場に遅れることはないな」
ガチ勢は夜も狩りに生産にと励むだろうが、ボイルは唯我独尊のマイペースだ。
「やっぱり、まだまだ足りていないな。これなら明日の売却値も下がることはないな」
掲示板では、鉄製武器を購入できた人の喜びと購入できなかった人の悲しみで賑わっていた。エリナが作った武器だけではプレイヤーの需要は全然満たせていない。ゲーム内時間の明日は、トリスとゴーレム狩りだ。
「ハヤトも情報を漏らしてないってことは、まだまだ儲けるつもりだな」
ボイルはこの後も掲示板である程度の情報収集をする。
「もうログインの時間か」
魚市場の朝は速い。地域によるが大抵四時から開く。現実での休憩は二時間もたっていない。ボイルはログイン準備を済まし、再びゲームの世界にダイブした。
「おはよう」
「カタカタ」
「ディノスは……まあ寝ているわな」
いまだ大きな音を出し、腹をかきながら寝ている。
「このまま寝かしとくか。アークも行くか?」
アークは首を横に振り、そしてディノスを指さす。
「心配なのか?」
今度は縦に振るう。
「そっか。俺は魚市場に行ってくる。その後の予定はトリスとゴーレム狩りだ」
「カタカタ」
ボイル市場に向かうためオベールを後にする。魚市場はなにげにここから近い。通りを二つほど抜ければそこが目的地だ。
「ここはゲームでもリアルでも同じだな。独特の匂いと活気がある」
外はまだ暗いが、ここの人たちは今が商売どきだ。
「いらっしゃい! いいのが入っているよ!!」
「お安くしとくよ!」
「こっちはおまけもたっぷりだよ!!」
店先で店員たちがこぞって売り込みしている。
「こういうのは、仲卸に話を聞くのがベストだな」
一軒一軒小売店を訪れるのも一つの楽しみ方だが、仲卸に話をしたほうが手っ取り早い。ただ、現実ではある程度の
「すまない。おすすめの魚とアラを買いたい」
「ここは仲卸だ。個人客には売らないんだ。悪いな」
日焼けした肌に捩り鉢巻き、ゴム製のような前掛けと長靴。細身なのに筋肉質。ボイルと同年代にも関わらず活々とした雰囲気。この人も海の漢。
「俺は探検者で、まだこのあたりのことは分かっていない。こちらこそすまない」
「お前さんが噂の探検者か! 売りはしないが、小売店を紹介してやるよ」
「欲しいのはといっても、旬の魚が何か分からないからな。強いて言うなら、いろんな種類の魚をそれなりに買いたい。あとは大量のアラ、それも中骨がほしい」
現実ではイカやエビ、ホタテやシジミ、初ガツオや鰆、アジにキスなど沢山の旬な生き物がいる。だが、ゲームではそれが正解かはまだわからない。
「それなりってどれくらいだ?」
「値段にもよるが一種類につき、最低でも一五匹から二〇匹は欲しい。中骨はかなり大量にほしい」
「……それは小売店では難しいな。ちょっと待っていろ」
店員は店の奥に向かい。少ししてから、さらに年上の男を連れてきた。雰囲気的には料理人に見えなくもない。
「私はここの現場を任されている者です。お話は伺いました。全てお買い上げすると高額になりますが。大丈夫ですか?」
「五〇万までは出せるぞ」
「そ、そんなにですか。わかりました。私どもの店で対応させていただきます。少しのお時間をもらいます」
「わかった。端で待たせてもらう」
店員はさっそく他の従業員にも指示を出し魚を準備させる。ボイルはそれを見ながら店の雰囲気を感じ取る。
「ここはいいな」
指示を出す店員も従業員も明るく笑顔がある。間違いがあっても感情のまま怒るのではなく、諭すように導くように注意をしている。直接客に見せるものや手に取ってもらう製品を扱っている場所で、怒りや悲しみなどはよくない。それらのよくない感情は製品に移る。料理を作るときに、イライラしながら作っても美味しくならない。それと同じだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます